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みなさんに会いたいです

 連れてこられた部屋は、書類仕事をこなす為の執務机と書棚、ベッドが置かれた簡易な個室であった。独房のような場所に閉じ込められていた私にとっては、それでも十分快適な空間である。そのこじんまりとした部屋の中には、明らかに今簡単に設置しただろうと思われる簡素なベッドがもう1つ置かれている。


「今日からここで生活してもらいます」

「ここって………」

「私の部屋です」


 私をここへ連れてきた藍原曹長の言葉に、やっぱり、とその予想は的中した。何人もの軍人たちがこの駐屯地で生活する中で、このように個室を分け与えてもらえるのは、階級がついた者のみ。それでも曹長クラスでは、まだまだこの程度の質素な部屋だ。階級のない一般兵たちは、大部屋に十数人で生活している。びっしりと並べられた二段ベッドで体を丸めながら眠り、私物の持ち込みも禁止な為ほとんど娯楽が無く、規律、号令、点呼、消灯時間が厳格に決まっているのだと、前に黒馬様が話していた気がする。


「何故私がここで藍原曹長と共に………」

「監視する為ですよ」


 その表情はとても嫌そうで、渋々と言った様子で私を部屋に招き入れたようだった。ここでしばらくは藍原曹長と共に生活する………、何だか息が詰まりそうだ。


 しかし、命令に逆らう訳にもいかない。私はここでは圧倒的に立場が弱く、いつ殺されたっておかしくない状況なのだ。従うしかない。


「今後しばらくは私の隊務に同行してもらいます。生活も、ここの規律に従って生活してもらいますよ」

「はい………」

「それから、この部屋にいる時は私の物を勝手に触ったりしないでくださいね」


 大人しくしていろ、というように、私が使うであろうベッドの方を指さしている。独房にいた時よりは随分と自由だ。わがままは言えない。私はコクンと頷いて、のそのそとベッドに歩み寄った。


 痛む私の体中には、医療班の方々が手当してくれた痕が残っていた。至るところに巻かれた包帯。腫れていた右目には眼帯をしてもらった。しっかりと治療を続ければ、体の傷も右目の視力も何も問題ないと言われたが、右目が見えないというのはなかなか不便である。左目だけの視力で、体を引きずりながらふらふらと歩いていたのだが、ちょっとした床の凹凸に躓き、ぐらりと体が傾いた。


 まずい、と慌ててバランスを取ろうとしたが、怪我の痛みでうまく取れない。そのまま床に倒れ込むかと思ったが、そうならなかったのは、咄嗟に藍原曹長が私の体を支えてくれたからだった。何も言わず、仏頂面で私を迷惑そうに見下ろしている。まさか支えてくれるなんて思っていなかったので、私は少し意外な様子で、ぽかんとその顔を見上げた。


「あ………、ありがとうございます………」

「面倒事を起こさないでください。転んでまた怪我でもされたら、責任を問われるのは私なのですよ」

「ご、ごめんなさい」


 頭上から降り注ぐ説教にとりあえず謝ったが、元はと言えばあなたたちが私に怪我を負わせたからなのでは………という言葉は飲み込んだ。きっと何かを言えば100倍になって返ってくる気がしたからだ。藍原曹長は、私を支えた腕を、まるで埃を払うかのようにパンパンと手で叩いている。………失礼な人だ。


「私は書類仕事が残っているので、先に寝ていてください」

「はい」


 ベッドに辿り着いた私は、その堅くて冷たい布団に腰かけながら、執務机に向かう藍原曹長を見つめた。外は既に真っ暗で、駐屯地は静まり返っている。一般兵は今日1日の疲れを休めるべく、とっくに眠りについている頃だろう。しかし藍原曹長は、こんな時間でもまだ仕事をしようと1人黙々と手元に目を落としている。曹長という肩書きも、決して楽ではない。


 執務机に設置されたランプをぼんやりと付けて目を伏せる彼を、ぼーっと眺める。黙々と筆を走らせるその横顔は、一切こちらを見ようとしない。静寂が流れるのと同時に、ようやく私に落ち着いて考えを巡らせる時間が訪れたせいだろうか。頭の中に、会いたい人たちの姿が浮かび上がった。謂わば懐郷病みたいなものだろうか。



 黒馬様だったら。きっと、自分の仕事を止めてまで、私の話し相手になってくれるだろう。「添い寝でもしてやろうか」と、私を揶揄いながら。


 白鹿様なら、「見惚れてた?」と悪戯気に笑うかもしれない。


 青兎様は、「眠れないの?」と私の身を案じてくれる。


 紫狐様は、きっと私の視線に恥ずかしくなって、「見てんじゃねえよ」と言いながらそっぽを向きそうだ。




 慣れない地、慣れない部屋。私を巫女としての利用価値でしか見ていない、ここの人たちの冷たい眼差し。改めて自分が置かれている状況と、黒馬様たちに会いたいという思いが溢れ出て、止まらなくなった。ずっと続いていた地獄のような拷問の時間が蘇って、今更体が震えだす。


 ふと、藍原曹長が横目でこちらを確認して、ギョッとした。私が静かにポロポロと涙を流しているからだ。流石に藍原曹長も無視できないのか、椅子から立ち上がり私に近付いてくる。


「な、何故今泣く…………?」

「黒馬様たちに会いたい」


 動揺する藍原曹長に、素直に気持ちを告げた自分に、私自身が驚いた。その発言に、藍原曹長はぴくりと眉間に皺を寄せ、理解できないといった表情を浮かべている。


「………アイツらのどこが良いのかさっぱり分かりませんね。ただの一般兵ですよ。ここで私や赤熊大佐の命令を素直に聞いている方が、よっぽど貴女にも得が多いと思いますが」

「階級なんて関係ありません」


 ーーー私を、巫女ではなく、1人の女として見てくれたのは、あの人たちだけなのだ。


「私は、黒馬様たちの人柄に触れて、変われたのです。死んだように生きる私に、生きる意味をくれた。私にとって、この世で誰よりも大切でかけがえのない人たち………」

「………………」

「信じているのです………あの方たちのことを」


 離れていても確かに繋がっているその信頼関係。藍原曹長は、静かに泣く私を、ただ無言で見下ろしていた。人柄?生きる意味をくれた?信じる?………くだらない。そう彼は考えていた。


 結局人間は、自分が1番可愛い生き物。簡単に裏切るし、利用し合う。けど、地位は違う。結果を残せば付いてくるそれらは、決して裏切ったりはしない。そして、地位が高くなればなるほど認められ、周りに人が集まってくる。


 結局人を繋ぎ止め、強固な信頼関係を生むのは、確固たる地位と結果のみ。尊敬する赤熊大佐に認められる為。信頼してもらう為。藍原という男もまた、歪んだ信頼関係を赤熊大佐に求めて、結果に固執しているのだ。

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