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盲目

「やめた方がよろしいのでは」


 私はただ淡々と、自分の上にいる藍原曹長に告げた。彼が今、私に対して何をしようとしているのかは大体予想がついている。しかし、ここで屈してはいけない。ちっぽけなプライドかもしれないが、彼らの手荒な手段に負け、弱音を吐くことは自分が許せない。


「私のような平凡な女を抱いたこと………、貴方の経歴の傷になります」

「……………」

「大事にされているのでしょう?経歴、勲章、肩書」


 ここへ連れ去られる前、紫狐様に聞いた、藍原曹長のちょっとした情報。それによれば、彼は自分の出世や肩書、経歴に異様に固執している完璧主義者というイメージを抱いた。まさに赤熊大佐の優秀な部下、とでもいうのだろうか。くだらない女を抱くことで、その完璧な経歴に傷がつくのは、誰よりも彼本人が嫌だろう。そうして、ただ無言で睨み合うこと数分。その内に、新たな人影がここへやってきて、藍原曹長の名を呼んだ。


「あ………、藍原曹長」


 控え目に、恥ずかしそうにおどおどと動揺しながらやってきたのは、医療道具を片手に持った数名の女性。私とそう歳の変わらない女の人たちだ。


「も、申し訳ありません、お邪魔してしまったでしょうか………」


 その女性たちは、頬を赤くして、まるで見てはいけないものを見てしまったかのような表情でペコリと頭を下げた。確かに、何も知らないままこの状況を見たら、そういう反応にもなるか。どうやら彼女たちは、藍原曹長が呼んだこの横浜駐屯地の医療班のようで、私の傷の手当てをしにやって来たようだ。藍原曹長も、流石にこんな人の目がある中で強行しようとは思わなかったらしい。ゆっくりと私の上から退くと、医療班の女性たちに「手当てを」と一言命令を残し、そのまま立ち去ってしまった。


「怪我の具合を見せてもらうわよ」


 残された私は、彼女たちに言われるがまま、体のあらゆる箇所を診療してもらい、そのまま治療を受けた。私に対する態度は藍原曹長へのそれとは打って変わり、まるで敵を見るような目で、あからさまに嫌々な様子で手当をしている。


「貴女みたいな女、巫女じゃなければ藍原曹長が相手する訳ないんだから」

「勘違いしないことね」


 刺々しい言葉を投げかけてくる医療班の面々を、ぼーっと見上げる。どうやら彼女たちは、あの藍原曹長に尊敬なのか、敬愛なのか、恋をしているのか、特別な感情を抱いているようだ。この敵意は、先程私が藍原曹長に押し倒されていたことが起因しているようである。心配しなくとも、私にはちっともその気はないし、藍原曹長はむしろ私のことを嫌いな筈だ。


(意外と人気なのかな、藍原って人)


 思い返してみると、男性の部下たちも藍原曹長に尊敬の眼差しを向けていたし、女性たちは皆藍原曹長に揃いも揃って頬を染めている。成果を上げた部下は正しく評価するという上司としての一面と、容姿端麗なあの姿が人気の秘訣なのだろうか。私にはさっぱり分からないが。


(でも………、やっぱりここの人たち、独特な雰囲気を感じる………)


 それは、私がまだここの人たちとの関係値が浅いから感じるのか。分からないが、居心地が悪いのは確かだ。絶対的な力を持つ赤熊大佐に対して、忠誠を誓う部下たち。最早恐怖すら感じる。言うなれば、赤熊大佐や藍原曹長の為なら、喜んで自分の命すら差し出してしまいそうな………、そんな盲目さすら感じる。


 黒馬様や白鹿様、紫狐様、青兎様は勿論、黒馬様のお父様である黒馬大佐、黄鳥曹長………、彼らが持つ雰囲気とは、まったく違ったものを肌で感じていた。















「………あの娘、口を割らなかったらしいな」

「………申し訳ありません、赤熊大佐」


 場所は変わって、赤熊大佐の部屋。煌びやかな家具や装飾が施されたその部屋は、いかにもである。そこに藍原曹長が姿を現し、結果の報告を行っていた。


「粘ったのですが………、口を割らないというよりは、本当に何も知らないといった様子でした」

「………ということは………、先代の独断でやったということか………?」


 少し前の話だ。先代、つまり菖蒲の母親が詠んだ預言が外れた。日本の政治に関わる部分が外れたのだ。その事実は軍を、そして日本を震わせていた。巫女の裏切り、報復なのではないかという線を疑った軍が、何か良からぬことを考えているのではないかと危惧し、菖蒲を捕え真実を吐かせろというのが、軍の意向である。


 しかし、実際こうして菖蒲をここへ連れてきて、激しい拷問にもかけたが、それらしい情報は何も掴めなかった。むしろ、菖蒲は何も知らない様子だ。隠している風にも見えなかった。となれば、疑わしいのは、既にこの世にはいない、菖蒲の母親である。


「先代の巫女のことはよく覚えている。小賢しく、鬱陶しい女だった」

「……………」

「あの女ならやりかねん」


 赤熊は、過去の自分が若かりし頃を思い返していた。菖蒲の母親。彼女を忘れたことはない。それもそのはずだ。何故なら赤熊は、その当時、世継ぎの儀式の相手役の1人だったのだ。


 女でありながら気高く、聡明で、しかしどこか儚い。そんな小賢しい女であった。自分の運命や軍の目的を知っても、あの女は決して折れることなく、むしろ立ち向かっていった。こちらの言うことなどいつも聞きやしない。そんな菖蒲の母親が、赤熊は当時から大嫌いだったのだ。


「………菖蒲という小娘。母親にそっくりだ」


 そして赤熊は徐に立ち上がると、頭を下げたままの藍原曹長の元へ歩み寄り、胸倉を掴んだ。至近距離まで顔を近づけて、鬼気迫る表情で静かに言い放つ。


「しばらくはお前が直々にあの娘を監視しろ」

「………承知しました」

「母親と同じように良からぬことを考えぬよう、”教育”をしろ。お前の得意分野だろう」

「………かしこまりました」

「あとは上の判断を仰ぐ。………私の息子がいなくなった今、お前が私の1番の弟子だ。期待しているぞ」

「光栄です」


 離された胸元を整えながら、藍原は再び深々と頭を下げ、その部屋を後にした。赤熊大佐は、自分ならできると信用してくれている。その信用と期待を裏切ってはならない。藍原は、そう自分に言い聞かせていた。

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