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遠い地で想いを馳せる

 黒馬様たちと離れ離れになってからは、随分と長い時間、長い距離を移動した。軍の人たちに監視されながら、乱暴に馬車に押し込まれ町から離れた後、今度は軍用列車に乗せられて数時間揺られ続ける。どこに向かっているかなんて、当然教えてはもらえない。ただただ、敵を見るような冷ややかな監視の目が、私に降り注ぐ。


 そうして、列車がゆっくりとホームに滑り込み、木造の駅舎の前に降り立つ。「降りろ」とただ一言冷たく言い捨てられて、私はそこに降り立った。「横浜」と書かれた大きな木の看板が、日の光を受けて少し色あせて見えた。ホームには、荷物を抱えた人々や作業服姿の労働者たちが行き交う。


「ここが私の拠点、横浜だ。巫女様にはしばらく、私の管轄である横浜駐屯地で過ごしていただきますよ」

「横浜………」


 隣に立った赤熊大佐が、私にそう説明する。初めて訪れた横浜は蒸気機関車の煙と油の匂いが混ざった空気を感じた。見るからに、貿易がかなり盛んのようだ。傍にあった掲示板を見ると、「東京方面」と墨で記された文字が目に入り、改めて私は自分がいた町からかなり遠い場所へ連れてこられたことを実感する。


「大人しく着いて来い」


 先頭を歩く赤熊大佐の後ろに、藍原曹長が続く。茫然と立ち尽くす私を見かねて、藍原曹長は私を振り返り、乱暴に私の腕を掴んで歩き出した。私が逃げ出さないようにと、何人もの軍人たちが周りを囲むように列を作っている。周囲の労働者たちは、一体何事かと私たちの方を見ているが、誰も助けようとする人はいない。当然だ、私の事情を知る人なんて、ここには誰もいない。


(黒馬様………、みんな………)


 脳裏に浮かぶのは、黒馬様、白鹿様、紫狐様、青兎様の姿。みんな、無事だろうか。特に紫狐様は私のせいで怪我も負っていた。私が大人しく軍に連行されれば、それ以上の手出しはしないという約束だったので、きっと無事であると信じたい。世継ぎの儀式が始まってから、こうして離れ離れになることなんてなかったので、とてつもなく心細い。


(まだ数時間しか経ってないのに、もうこんなに会いたいだなんて………)


 それはきっと、これから自分の身に一体何が起こるのか分からない恐怖が、一層会いたいという気持ちを掻き立てているのだろう。帰りたい。黒馬様たちが待つあの場所へ、帰りたい。


 私はそのまま、藍原曹長に引きずられるようにして、彼らが活動の拠点にしているという、横浜駐屯地へと連行されたのだった。















「巫女様と黒馬たちが、赤熊大佐に連行されたようです」


 汚れ1つない、綺麗に掃除が行き届いた机に向かう影に、軍帽を取って報告をするのは、まだ記憶に新しい、黒馬たちの先輩である黄鳥曹長。その表情は、いつもの明るい天真爛漫なものではなく、深刻そうな険しい顔付きをしている。


 菖蒲が住む町で起こった例の騒動は、何の関係もない一般人をも巻き込んだ大きな事件となり、それらはすぐに黄鳥の耳にも入った。黒馬たちに「軍内部の雲行きが怪しい」と伝えたのはつい先日のことで、そこからのこの事態であった為、黄鳥にとっては嫌な予感しかしない。なのでこうして、自分の上司に報告し、判断を仰ごうとしたのだ。


 黄鳥の報告を静かに聞いていたその人………、上司は、しばらく考え込むように黙り込んだ後、ゆっくりと立ち上がった。その胸にある勲章が揺れて音を立てる。年齢を重ねても尚端正な顔立ちは、鋭い眼光を軍帽の下から覗かせている。


「………赤熊か。勝手なことを。巫女の件は私の管轄だった筈だが」

「いかがいたしますか」


 静かに怒りを露わにするその人………、黒馬の父親である黒馬大佐に、黄鳥は改めてそう問いかけた。ピンと伸びた背筋が横を通り過ぎていくのを、目線で追う。


「横浜へ向かうぞ。黄鳥、お前もついて来い」

「………承知しました、黒馬大佐」


 仰せのままに、と笑みを浮かべる黄鳥。やはり持つべきものは、話が分かる上司だ。


 そうして黒馬大佐と黄鳥曹長は、早急に横浜へと、赤熊大佐の後を追うようにして出発した。その目的は勿論、黒馬たちと菖蒲を取り戻す為だ。赤熊はきっとよからぬことを考えている。そして、巫女のことは自分の管轄だった筈なのに、何の報告もなく自分の知らないところで事態が動いていることに、黒馬大佐は憤りを感じていた。


「………上層部はよほど私のことを信用していないと見える」

「信用していないどころか、目の上のたん瘤くらいに思ってますよ」


 黄鳥の追い打ちに、フ、と鼻で笑いながら頬杖をつく黒馬大佐は、列車の窓から流れる景色を見つめていた。この腐りきった軍の体質には、黒馬大佐も色々と思うところがあるのだろうな、とその息子そっくりの横顔を、黄鳥はじっと見つめていた。

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