バラバラになってしまいました
菖蒲と紫狐が軍に追われている、同時刻。留守番をしていた黒馬たち3人にも、その手は忍び寄ってきていた。
「赤熊大佐…………」
「久しぶりだな、黒馬」
そこに立っていたのは、かつてここに訪れ、一悶着起こした赤熊大佐であった。黒馬の表情は強張ったものに変貌し、警戒するように相手を睨む。その形相は、とても同じ軍人に向けるものとは思えなかった。
「巫女はいるかね」
「………何の用で」
丁度菖蒲は、紫狐を連れて買い物に出ている。ここに居なくて良かった、と思いつつ、菖蒲と紫狐が無事かどうかが心配になった。赤熊が態々ここへやって来たということは、遂に軍が動き出したという事だ。
「質問しているのはこちらだ。巫女はいるかと聞いている」
「………今は留守にしています。菖蒲に何の用ですか」
赤熊の圧は、答えるまで逃さないとでもいうかのような迫力で、ここで変に隠したり抵抗する意味もないだろうと、黒馬は正直に菖蒲の不在を伝える。続けて、何故菖蒲を探しているのか、その理由を問い掛けた。
「保護命令が出された。本日より、巫女の身柄は我々が管理する」
「どういう事ですか。俺たちは何も聞いていませんが」
「上の命令だ。逆らうのなら、世継ぎの儀式の任を解く」
横暴な命令に、当然納得がいかない黒馬。良くない事が起こるかもしれないという予感はあったが、本当にその胸騒ぎが的中してしまった。知りたいのは、何故軍が菖蒲を連れ去ろうとしているのかだが、そこに関しては教えて貰えないらしい。
「巫女はどこにいる?」
「………答えるつもりはないね」
突然、黒馬に代わってきっぱりと拒否したのは、奥から出てきた白鹿であった。赤熊と黒馬のやり取りを聞いていたらしい。続けて青兎も姿を現し、赤熊と対立する。黒馬たちの覚悟は、とっくに決まっていた。
「ほう………。上の命令に背くというのか」
「元々嫌いだからさ、アンタたちのこと。自分たちの利権のことしか考えてない、私利私欲に塗れた連中なんて、反吐が出るよ」
「貴様っ、赤熊大佐になんて無礼な………っ!」
赤熊の背後に控えていた側近が、赤熊に代わって白鹿に怒りを向ける。しかし、それを赤熊が手で制した。挑発されても、赤熊は余裕綽々な様子でただ高圧的に黒馬たちを見下ろしている。まるで、下の人間が何と吠えようと、痛くも痒くもない、とでも言うかのように。
「お前たちは、あの考えの甘い黒馬大佐側の人間だったな」
黒馬たちを育てた先輩、黄鳥曹長。更にその上の上司が、黒馬の実の父親である、黒馬大佐だ。黒馬大佐と赤熊大佐は、考えや思想が大きく異なり、内部で対立していることは有名な話である。赤熊派か、黒馬派かで部下たちも目くじらを立てているのは、日常茶飯事であった。
「上が甘いから、下が育たない。このように立場を弁えずに噛み付いてくる」
そうして赤熊は突然、黒馬の胸倉を片手で掴み、壁に叩き付けた。その勢いで黒馬は背中を強打し、軍帽が宙を舞って床に落ちる。目の前で手を出されたことに、白鹿が「黒馬!」と反応し、赤熊を睨み付けた。
「黒馬から手を離せ!」
「下の失敗は、上が責任を持つものだ。世継ぎの儀式において、責任者に任命されていたのは黒馬だろう?」
ギリ、と手の力が込められて、黒馬は言葉を発する事が出来なかった。赤熊の眼光は、それだけで人を殺せるのではないかと思う程に鋭い。これは相当キレてるな、と黒馬はあくまで冷静だった。今にも殴りかかりそうな白鹿を横目で制する。
「赤熊大佐。俺たちに何の説明もなく、ただ巫女の身柄を引き渡せというのは、些か乱暴ではありませんか」
「……………」
「俺たちは巫女の儀式の相手です。知る権利がある筈でしょう」
青兎がそう問い掛ける。この場においても冷静さを欠かない青兎の、静かな抗議だ。しかし、赤熊はそれすらも、クックッと喉の奥を鳴らして笑うだけで、答えようとはしなかった。
「………権利?」
「………何がおかしい」
「下の人間が権利を主張するとは、面白いことを言うものだなと思ってね」
そうして赤熊は、黒馬、白鹿、青兎をそれぞれ見下ろして、愉快に目を細めた。
「お前たちのような薄汚いネズミに、権利があるとでも?」
「………何………」
「随分と勘違いしているようだ、私が教えてやろう」
赤熊は黒馬から手を離すと、今度はその手で乱暴に髪を掴んで引き寄せた。怯まずに眼の奥を光らせる黒馬を、赤熊が至近距離で睨む。
「お前たちは、我々軍の飼い犬だ」
「………………」
「言う事を聞かないのなら、処分するしかないな」
そして1発、赤熊は容赦無く黒馬を殴り飛ばした。吹っ飛ぶ黒馬の体を、白鹿が咄嗟に受け止める。しかし、黒馬が反撃することは一切ない。ここでまんまと手を出せば、自分の命も、隣にいる白鹿や青兎の命も、どうなるか分からないことを理解しているからだ。
(俺たちがここでやられたら、菖蒲を守れるヤツが居なくなる…………)
耐えて、耐えて、機会を窺うしかない。黒馬はそう判断していた。
やがて、赤熊の背後から、バタバタと数名の軍人がやって来た。びしっと敬礼のポーズを取りながら、威勢のいい声が響き渡る。
「報告です!巫女の身柄を確保しました!」
その報告に反応を示したのは、赤熊ではなく、黒馬たちの方である。紫狐も一緒だし、何とか逃げ切ってくれと無事を願っていたが、軍の手に捕まってしまったらしい。
「ご苦労。護送の準備を進めろ。巫女を連れて帰るぞ」
「待て………!菖蒲をどうする気だ!」
ここで初めて、取り乱した黒馬が赤熊の肩を掴んだ。殺気立つ黒馬の目を見て、赤熊は眉を顰める。
「………息子から報告は受けていたが、どうやらお前たち、儀式に要らぬ感情を持ち込んでいるというのは本当のようだな」
赤熊は背後に控える自分の部下たちに目配せをする。すると、ゾロゾロとその部下たちが黒馬たちを取り囲んだ。
「私への侮辱発言、上からの命令に背く反逆罪、儀式に個人的な感情を持ち込む。………充分罪は重いだろう」
赤熊が今度は容赦無く白鹿を殴り付ける。口内にジワリと広がる鉄の味に、白鹿はペッと血を吐き捨てた。力も、権力も、一方的である暴力行為に、黒馬たちはやり場の無い憤りを燻らせていく。
「コイツらも連れて行け。房にぶち込む。抵抗するなら手荒な事をしても構わん」
それは、「何をしてもいい」という合図であった。日頃の鬱憤を晴らそうと、楽しそうに笑みを浮かべる赤熊の部下たちが、近付いてくる。
「決して抵抗するなよ。少しでも抵抗すれば………、お前たちの大事なお姫様がどうなるか、私にも予想がつかないからな」
「…………!」
黒馬、白鹿、青兎は、抵抗する術を奪われ、されるがままに赤熊たちに連行されたのである。勿論、紫狐もまた、菖蒲が連れ去られた後、黒馬たちと同様の扱いを受けたのは、説明するまでもない。




