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軍の要求を呑むことにしました

 藍原、と部下たちに呼ばれているこの男を、紫狐は知っていた。というより、ここ近辺の駐屯地に滞在している部隊の曹長クラスとなれば、同じ軍人であれば誰でも名前と顔を知っているだろう。


 藍原あいはら曹長。その階級の通り、自分たちの上司である黄鳥曹長と同階級。確か、黄鳥曹長とはかつて同期の仲間だったと聞いている。加えて、彼は軍での自分の位や階級に固執し、とにかく成果を上げることや、自分より上の人間には従順な男であるとも聞いた。自分の信念や考え方を尊重する黄鳥曹長とは相反して、彼は上や国の命令は絶対。つまりは、今この状況においては確実に敵対する人物だということ。


 また、そういった人物でありながら、部下の働きを正当に評価する一面もあり、一部からは絶大な支持を得ている。まさしく、黄鳥曹長とは違った系統の上司という訳だ。確かに藍原曹長が引き連れる部隊の面々は恐ろしい程に統率が取れており、足並みすら揃っている。日頃の厳しい訓練の元、皆が藍原曹長に自ら望んで付き従っている事が窺えた。


「大人しく巫女の身柄を引き渡しなさい。そうすれば乱暴な手は使わないでおきましょう」

「断る」

「ほう………。軍の命令に背くのですか」

「お前は俺の上司じゃない。お前の命令に従う必要はない」

「やれやれ………。これだから頭の固い野蛮人は嫌いなのですよ」


 呆れたような溜息を吐いた藍原曹長は、何の躊躇いもなく、右手に握られていた拳銃の引き金を引いた。パン!と軽い破裂音を響かせて、紫狐様の足元に弾がぶつかる。煙を上げる地面を見つめて、私は恐怖に息を呑んだ。………威嚇射撃だ。従わなければ、次はお前を容赦無く撃つ、という意味だろう。


「腐ってるな………。お前らも、軍の連中も」

「腐ってるのはお前たちですよ。軍に逆らったらどうなるか………。それが分からない程お前も馬鹿ではないでしょう?」


 やりなさい、と片手を挙げる藍原曹長。それを合図に、黙って見ていた部下たちが一斉にこちらに襲い掛かってきた。幸い、部下たちは拳銃のような危険な凶器は持っていないようで、全員素手でこちらに向かってくる。数に不利はあれど、武術ならばこちらも対抗する術がある。私と紫狐様は背中合わせに立ちながら、向かってくる面々を見据えた。


「菖蒲!無理するなよ!」

「はい………!」


 1人、また1人と綺麗に返り討ちにしていく紫狐様の横で、私も必死に対抗した。まだまだ日の浅い新人たちばかりなのか、私の護身術もある程度は通用するようだ。時に紫狐様に横から手を貸して貰いながら、私も何とか軍人たちをいなしていく。そしてその光景を、感心するように藍原曹長が眺めていた。


「ほう………。噂には聞いていましたが、思っていた以上に鮮やかな手付き。女であることが惜しいですよ。男であれば、俺の部隊に迎え入れたというのに」


 そうして、どんどん数が減っていく己の部下たちを見下ろしながら、藍原曹長は再び拳銃を構えた。眼鏡をクイ、と左の指で押し上げるのと同時に、2発目の弾を発砲する。その軌道は、自分の部下たちを掻い潜り、器用に紫狐様の右太腿を貫通したのだった。ぐらりと傾く紫狐様の動きが、嫌にゆっくり流れていく。私は声にならない悲痛な叫びで、紫狐様の名を呼び、その体を慌てて支えた。


「紫狐様!!!」

「言ったでしょう。上から発砲許可が降りていると。巫女を捕らえられるのなら、下っ端1人の命は問わない………とね」

「紫狐様………!紫狐様!!」

「平気だ………、脚を撃たれただけだ」


 狼狽える私を安心させるように、紫狐様は平気だと言ったものの、その吐息は痛みを堪えるように苦し気に漏らされていた。命に関わることは無いだろうが、十分大怪我である。そしてこれもまた、私のせいで………という自責の念が、私の中で渦巻いていく。紫狐様がこんな怪我をする必要なんて、無かったのに。


「巫女様。貴女は賢明な方だと信じていますよ。軍の手は、コイツだけではなく、家でお留守番をしている番犬たちにも及んでいますからね」


 藍原曹長はそう言って、膝を付く紫狐様を支える私の元へ一歩近付いてきた。………黒馬様たちにも、何らかの危害が及んでいる。そう察するような意味深な言葉に、私は息を呑む。銃口は今も紫狐様に向けられていて、次にそれを発砲すれば、今度は紫狐様の頭を貫くだろう。藍原曹長は、行動で私に訴えているのだ。私の選択に、紫狐様や黒馬様たちの命が懸かっているということを。


 私はゆっくりと立ち上がった。藍原曹長の言う事を聞くしかない。そう悟る私の腕を、また引き止めるように紫狐様が掴む。


「行くな!」

「紫狐様………」

「俺なら平気だ………!こんな片足くらい………!」


 こんな状況になっても尚、自分を犠牲にして私を守ろうとする紫狐様に、更にもう1発の銃声が鳴り響く。銃弾は私を掴む紫狐様の腕を掠める程度で、空気を貫いていった。いよいよ私の顔面が蒼白になっていく。


「やめて下さい!!………私が、私が従いますから」

「菖蒲!!」


 最早それは、紫狐様を………彼らをこれ以上傷付けて欲しくないという、必死の懇願だった。みんなが無事なら、私の身はどうなってもいい。先程の藍原曹長の口振りだと、私も命までは取られないようだし、付き従うだけでいいのなら安いものだ。


「………巫女様が物分かりの良い方で安心しました。これ以上弾を無駄にしなくて済みそうです」

「菖蒲!ふざけんな!!戻ってこい!!」


 藍原曹長の元へ行く私の背中に、紫狐様の怒声が響いた。この場で納得がいっていないのは、紫狐様だけだ。私の背中に手を回して、紳士的に誘導しようとする藍原曹長の隣で、私はチラリと紫狐様を見つめる。怒りと絶望を交えた瞳は、私を真っ直ぐ捉えている。何と言われようと、何と思われようと、この私の選択によってみんなが助かるのなら、何の悔いもない。間違っているとも思わない。


「さあ、事情は全て駐屯地に送り届けてから説明しますよ。今は何も聞かず、ただ我々の指示に従って下さい」

「…………これで紫狐様や、黒馬様たちには手を出さないと約束してくれるのですね」

「ええ、勿論。彼らは私たちの大事な仲間ですから」


 何とも薄っぺらい仲間だと感じながらも、彼らが実際に黒馬様たちをどう思っていようが、この場においては関係ない。大事なのは、みんなが無事であるということだけ。


 そうして私は、藍原曹長の部隊と共に、この町を離れ、彼らの駐屯地へと送られることになった。目的を果たした軍はあっという間に町から撤退し、町にはいつもの光景が戻ってくる。ただ1つ、私がそこにいないという事実を除いては。

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