過保護すぎやしませんか
何だかみんなの様子が変だ、と気づいたのは、ここ数日のこと。私がちょっとした用事で出かけようとすると、必ず黒馬様、白鹿様、青兎様、紫狐様の誰かが付いてくる。それだけなら、前からあったことなのだが、一緒に外出している最中は頻りに辺りを警戒しているような素振りを見せる。彼らからどこか緊迫した雰囲気を感じてこちらも落ち着いていられず、「どうかしたのか」と問いかけても、「気にするな」の一点張り。これで気にしない方が難しい。そしてそれは、家の中でも変わらずで、私が家事をしようと部屋を移動するだけでも、誰かが必ず傍にいる。
「………白鹿様」
「んー?」
「何故、付いてくるのですか」
今も、台所の掃除をしようと、掃除用具片手に歩く私の後ろを、白鹿様がふんわりとした笑みを浮かべながら付いてくる。白鹿様は私の背後から覆いかぶさるように凭れ掛かってきて、誤魔化すように肩に顔を埋めた。
「一緒にいたいから」
「………嘘ですよね」
「なんで?」
だって、とてもそんな雰囲気じゃない。みんなから感じるのは、まるで何か外から来る脅威を警戒するような………、これから何か大きなことが起こるような、そんな緊迫感だ。いくら隠されたって、そんな雰囲気を感じ取れば、こちらも妙にそわそわしてしまう。私が知らない間に、大変なことが起ころうとしているのではないか。そしてその脅威から私を守ろうと、彼らが自分の身を犠牲にしてしまうのではないか。そんな心配と嫌な予感が胸をざわつかせる。
気付けば私は、とても不安げな顔をしていたのだろう。白鹿様はじっと私の顔を覗き込んだ後、ちゅ、と軽い音を立てて頬に口付けてきた。私は慌てて己の頬を手で押さえ、白鹿様から距離を取る。突然の行動に何も反応できなかった。バクバクと波立つ心臓が痛い。
「なな………、なに………っ!」
「大丈夫だよ」
しかし、慌てふためく私とは対照的に、白鹿様は妙に落ち着いていて、そしてどこか腹を決めたような表情でこちらを見つめていた。
「俺たちが守るから」
「は………はくしか………さま………?」
「絶対に」
この妙な胸騒ぎと、白鹿様たちの間に流れる緊迫した空気。どうか何事も起こりませんように。私はただそう、漠然とした嫌な予感が当たらないことを、願うしかなかった。
「町を見回ってきたが、軍の人間が増えてる」
「おそらく、俺たちを見張っているんだろうね」
菖蒲と白鹿が席を外す居間では、黒馬に対して、紫狐と青兎が町の様子を報告していた。菖蒲の護衛に付いていない者は、こまめに周囲の見回りと警戒をすることが、彼らの中で決まっていた。明らかに軍が動き出していることを察知した黒馬は、神妙な面持ちで紫狐たちの言葉を飲み込む。
「菖蒲を攫う機会を窺ってるのか何なのか………」
「中には町の人にあることないこと吹き込んでいる奴もいるみたいだよ」
巫女は大嘘つきだとか、力も無いのに軍や町の人から食べ物やお金を巻き上げている等………。元々この町の人たちが巫女に対して良い印象を持っていないことを利用して、更にその印象を操作しようとしている者もいるらしい。ここでの菖蒲の居場所を奪い、軍へ連れ去ろうとしているのか何なのか。その目的は不明だが、いい気分ではない。
「何にせよ、不気味で気持ち悪ぃな」
「何かしら企んでいるのは明白だが………。菖蒲には悪いが、今まで以上に見張る必要がありそうだ」
「けど………、菖蒲様もだいぶ俺たちの様子を怪しんでるみたいだよ。これ以上隠し通せるかどうか………」
事情を言うべきではないか、と表情を曇らせるのは青兎だ。流石にこれ以上、菖蒲の周りを付いて回れば、いい加減何か良くないことが起ころうとしていることがバレるのではないか。そもそも既にだいぶ怪しまれていることは黒馬も体感していて、それでも何とか言葉を濁して誤魔化してきた。それは全て、菖蒲にいらない心配をかけたくないことや、軍の勝手な都合に巻き込みたくないという彼らなりの優しさだった。それに、菖蒲は意外と無鉄砲なところがあるので、事実を知ったら先陣を切ってどうにかしようとする危うさも持っている。知らずに事が終わってくれれば、それが1番だ。
しかし、青兎の言う通り。これ以上隠し続けるのにも限界を感じていた。何かがあると分かった上で真実を隠されるのは、本人からしたら余計に不安になるし、心配になるだろう。かつて、菖蒲が自分自身のことや巫女の力を隠されていた時、とても悲しんでいたことが蘇る。やはり、言うべきだろうか。思わず「はぁー………」と大きなため息が黒馬の口から吐いて出た。
「………私にお任せください、とか言いそうで怖ぇんだよ………」
「私なら平気です、返り討ちにします、とか………」
「めっちゃ言いそう………」
3人はぼんやりと、真実を話した時の菖蒲の姿を想像していた。多少の武術の心得がある菖蒲。今までもそれが起因して、何度か無茶なことをしてきた彼女のことだ。言いかねない。確かに彼女の武術は、素人相手であれば例え男であろうと返り討ちにできる腕っぷしがある。最初その光景を初めて見た時は驚いたものだ。しかし、相手は軍人。ちゃんとした訓練と鍛錬を積んでいる男たちに、果たしてどれだけ通用するのか。しかも数も数だ。何人この町に送り込まれているのか分からない現状、黒馬たちですら、太刀打ちできるのか不安が残る。
「もう少し様子を見させてくれ。言うときは俺から言う」
「………黒馬がそう言うなら、俺たちは従うよ」
「分かった」
はっきりと、こうするべきだという答えが出ないまま、黒馬は結局、まだ言わないという選択を取った。青兎も紫狐も、黒馬がそう判断したならと、従う姿勢だ。そうして、菖蒲にはまだ事情を説明しないまま、今以上に菖蒲を護衛することと、周囲を監視することを強化する運びとなった。例えそれが、菖蒲の不信感をより一層募らせることになったとしても。
「あの………お風呂にまでついてこないでください………」
「まあまあ、俺のことはお気になさらず」
風呂の戸を挟んで、向こうの脱衣所にいるであろう気配に、私が声をかける。戸を背にして脱衣所で胡坐をかいているのは黒馬本人で、まさかの入浴中も、今後はこうして誰か1人が付き添うことになったと、衝撃的な決定を告げられたのだ。当然私も訳が分からないまま納得することなどできず、なぜ、とか、どうして、とか、あらゆる疑問をぶつけたのだが、彼らには「まあまあ」と笑顔で押し切られる形となった。
「こ、これでは落ち着いて湯浴みなどできません………!」
「なんで」
「なんでって………、黒馬様がそこにいるからです!」
表情は見えないが、どこか楽し気な声が向こうから帰ってくる。ああ、この感じ。こういう時の黒馬様は、私を揶揄って楽しんでいる時の黒馬様だ。彼はたまにこうして、私の気持ちを知ってか知らずか、敢えて心をかき乱すようなことを言ったり、言わせようとしたりする。彼の悪い癖だ。
「俺がここにいるのが、なんで落ち着いていられないんですかね」
「そ………、それは………」
「覗かれるかも、なんて期待してる?」
「期待なんか………!!!」
思わずばしゃっと湯舟から立ち上がって反論してしまったが、何故か見られてもいないのに恥ずかしくなって、おずおずと私は湯舟に浸かり直した。男性がすぐそこにいるのに、落ち着いて入浴できないといのは、女性であれば誰しもが普通のことなのではないだろうか。ましてやその相手が………。
「く、黒馬様は………」
「ん?」
「い………、意識、しないのですか」
「何が」
「戸の向こうで………、私が裸でいること………」
私ばかりがかき乱されているような気がして、ついそんなことを問いかける。すると、さっきまで茶化すような声が返ってきていたのに、しばらくシンと静まり返って返事が返ってこなくなった。途端に私は「何を言ってるんだろう」と自分の発言に恥ずかしくなる。全身が真っ赤に染まり、ふわふわと思考が覚束ないのは逆上せている訳ではなくて、黒馬様が傍にいるからなのだろうか。
「意識してないように見えるか?」
「………はい………」
「………ハズレ」
やっと返って来た言葉に、ドキドキと心臓が騒ぎ出す。思わず戸の方に視線を向けると、続けて黒馬様の低い声が反響してくる。
「俺も男なんで」
「そ、それって…………」
くらくらと歪む視界。それって、どういう意味?意識してるってこと?もしかして本当は黒馬様も、私と同じように、この状況にドキドキしてるってこと………?決して言葉が多くない黒馬様の発言に、いろんな意味を考えてしまって、頭が回る。ああ、ダメだ、私………。
「………菖蒲?」
妙に静まり返った浴室に、黒馬様が心配そうに名を呼んでくる。しかしいつまで待っても返ってこない返事。まさか、必然的に菖蒲が1人になる入浴時間を狙ったか、と軍の介入を怪しんだ黒馬様が、慌てて戸を開いた。その行動になんの躊躇いも無かった。
「菖蒲!!」
黒馬様の目に飛び込んできたのは、浴槽の縁に頭をぐったりと預けて気を失っている私の姿。私はすっかり逆上せてしまっていたようで、事に気付いた黒馬様に救助された。ちなみに、体にはしっかりと手ぬぐいを巻き付けていたので、すっぽんぽんを見られるという事態は何とか免れたのだった。




