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出発

「………よし………お前ら………準備はいいか…………」


 翌日の朝、響き渡るのはあまりにも覇気のない、弱々しい号令。そして帰ってくるのは、同じく死にそうな程か細い返事。号令の主、黄鳥曹長の顔色は真っ青で、昨日まで威厳たっぷりに伸びていたあの背筋は、今やご老人のように丸まっていた。そしてその後ろで隊列を作る部下の面々も、揃いも揃って死体のような顔をしており、完全に二日酔いであった。


「大丈夫かよ…………」


 その悲惨な様子を呆れたように見つめるのは、黒馬様。その隣で、同じように溜息を吐いているのが白鹿様と青兎様である。彼らは昨日、酒の席を共にしながらも、ちゃんと自制して飲んでいたようで、お酒の影響は受けていないようだった。しかし全員がそうとはいかなかったようで、4人の中では1番お酒が弱いらしい紫狐様だけが、少し離れたところで地面に胡座をかき、げんなりと項垂れている。紫狐様はこの後休めばいいのでまだいいが、黄鳥曹長たちは今から訓練という名の山登りをするのだ。こんな調子で大丈夫なのだろうか。


「黒馬………。俺たちが数日経っても帰って来なかったら察してくれ」

「曹長…………。上に怒られますよ………」


 行軍の後は、この町には寄らずにそのまま自分たちの駐屯地に帰るとのことで、実質ここでお別れである。まるで最期の別れかというような言葉を交わす2人に、白鹿様は再度、何度目か分からない、呆れた溜息を吐いて肩をすくめたのだった。


「そういえば巫女様は………?巫女様にも挨拶したかったんだけど…………」

「そういや、朝起きたらいなくなってたな………」

「青兎、知ってる?」

「いや…………」


 人知れず居なくなった私を案ずる4人に、遠くから当の本人が声を掛ける。


「みなさん!お待ちください!」


 普段私たちが生活している寺院の方から、パタパタと忙しなく走ってくる影が2つ。1つは勿論私のもの。そしてもう1つは、急遽私が人手が欲しくて助っ人をお願いした、霞様であった。それぞれの両手には、ほかほかと温かそうな湯気を立てたおにぎりと、豚汁が用意されていて、それを見るなり黄鳥隊の人たちが目を輝かせた。


「二日酔いが少しでも楽になるように………食べられる方は食べていって下さい」


 ドン、と彼らの前に置いた大きな鍋。給仕のように、1人1人にそれを配っていくと、皆生き返ったように血色が良くなっていった。おにぎりは、行軍の際のお弁当として、1つずつ配っていく。勝手な気遣いで行った行為ではあったが、みんなとても感謝して喜んでくれて、その光景を見ているとこちらまで嬉しくなる。


「朝早く起きて、1人で用意したのか」


 気付けば隣に来ていた黒馬様にそう問いかけられる。私はそれを否定するように首を左右に振り、くたびれたように肩を揉む霞様へ視線を移した。


「いえ、霞様にも手伝って頂きました」

「もー………人使いが荒いのよ。早朝に突然押しかけて来たと思ったら、十数人分のおにぎりを作れって」

「菖蒲も霞も、悪かったな」


 隊員たちを代表するように、黒馬様が謝る。けど、私も霞様も笑みを浮かべながら、改めて、元気を取り戻すみんなの姿を見渡した。町の人たちからは向けられない、平等な扱いと屈託の無い笑顔。隊員でも何でもない私のことを良くして頂いて、昨日は晩御飯の席まで呼んでくれたのだ。少しでもお返しがしたかったので、満足である。


「いやー、益々気に入っちゃったなぁ、巫女様のこと!」

「黄鳥曹長…………」


 先程まで元気がなかった黄鳥曹長も、少しだけ復活したのか、パッと明るい笑顔を浮かべながらこちらに近づいて来た。私はぺこりと頭を下げ、昨晩のお礼を告げる。すると黄鳥曹長はそんな私の手を取り、悪戯げに片目を閉じながら微笑んだ。


「なぁ、本気で俺の子供産まない?」

「は…………」

「世継ぎの儀式、まだ誰ともしてないんだろ?」


 昨日黒馬から聞いた、と言う黄鳥曹長の言葉が、どこまで本気なのかよく分からない。真面目に受け取って、真面目にお答えした方がいいのか。いやでも、お答えしたとして、もしこれが彼なりの交流の仕方だったら、「冗談なのになに真面目に受けてんの?」って事にも…………。


 どうしたらいいのか分からず固まっている私の傍では、その光景を無言で見つめる黒馬様と青兎様がいる。黒馬様は敢えて私たちの間に口を挟まず、隣にいる青兎様を横目で見つめた。


「………だってよ。どーすんの、青兎」

「………なんで俺に聞くの」

「さぁ。青兎はどう思ってんのかなぁって」

「…………………」


 黒馬様はきっと、青兎様がもっと自分の気持ちを表に出すことを促しているのだ。だから自分自身は敢えて何も言わずに静観を決め込み、青兎様にどうにかしてもらおうと思っている。そんな黒馬様の意図に気付いているのかいないのか、青兎様はしばらく考え込むように黙り込んだ後、私の手を握る黄鳥曹長の手を掴んだ。


「………曹長」

「青兎」

「菖蒲様が嫌がってますよ」

「えっ」「え?」


 突然私が嫌がっていることにされて、私と黄鳥曹長が同時に声を上げる。そして確認するような黄鳥曹長の目が私を覗き込み、「そうなの?」と問いかけてきた。私は決して嫌がっている訳ではなく、ただ黄鳥曹長のお気持ちには応えられないというだけだったので、否定するように首を左右に振ろうとしたのだが。


「俺たちじゃなきゃ嫌なんだよねー、菖蒲ちゃんは」


 いつの間にか横からヌッと出てきた白鹿様が悪戯げに笑いながら私を抱き締めてそう言葉を被せた。途端に顔が真っ赤になる私を、白鹿様と黒馬様がニヤニヤと意味深に見下ろしていて、青兎様は「えーそうなの?光栄だなぁ」と白々しく微笑んでいる。「違います!」とムキになって否定する私を、黄鳥曹長はポカンと見つめていたが、やがてふと笑った。


「でっかい番犬4匹に随分懐かれてるみたいだなー、巫女様」


 そして軍帽を取ると、私なんかに深々と頭を下げる。


「至らない奴らですが、今後も面倒見てやって下さい。根は良い奴らなんで。俺が保証します」

「黄鳥曹長…………」

「あと………青兎」


 黄鳥曹長の眼差しが、今度は青兎様を射抜く。何を言われるのかと身構える青兎様だったが、その頭にポン、と無骨な手が乗って、


「言いなりの人形じゃなくなったんだな」

「……………!」

「忘れんなよ、自分の気持ち」

「…………はい」


 そうして、黄鳥曹長率いる一行は、町から旅立っていった。とても賑やかで明るくて、でも黒馬様たちの先輩と聞くと納得するくらい、芯の通った良い先輩だと感じた。彼の指導の元育った黒馬様たちが、これだけ真っ直ぐで信念のある人たちなのも納得がいく。





 数日後。二日酔いの万全では無い状態の山登りなど当然ままならず、結局遭難しかけて軍に救助され、上からこってり絞られたということを、黒馬様宛に届いた文で知った。

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