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ちょっとだけなら………

 約束の時刻。訪れたのは、まだ記憶に新しい船着場近くの民宿。赤熊とのいざこざがあった、その場所だ。夜の18時。私は黒馬様たちと共に、そこへやって来た。ここに滞在しているという、黒馬様たちのかつての仲間たちと、同じ釜の飯を食べるという名目の為に。


「あの………、本当に私までお邪魔して良かったのでしょうか」


 遠慮がちに隣に声を掛けると、はあ?と言いたげな顔が3つ。黒馬様、白鹿様、紫狐様である。


「何遠慮してんだよ。別に変に気を遣う相手じゃねぇから気にすんな」

「そうそう。僕たちはもう死ぬ程一緒に夕飯食べてるし、今更だから」

「曹長の事だ、何ならお目当ては俺たちじゃなくてお前かもな」


 私抜きで、昔の話や儀式の事………色々な話をしたいのではないかと思ったが、そうでもないようだ。せっかくそこまで言ってもらっているのだから、ここは遠慮せずに参加しよう。それに………。


「青兎様、大丈夫ですか?」

「………菖蒲様」


 気掛かりな事もある。勿論、青兎様の事だ。今朝黄鳥曹長と顔を合わせてから、あからさまに様子がおかしい青兎様。黒馬様たちもその様子には気付いているが、青兎様を直接問いただしたところで、素直に吐くような人ではないことも理解していた。だからこそ、深くは聞かずそっとしているのだろうが、私は心配でつい声を掛けてしまう。


「大丈夫だよ」

「…………そう、ですか………」


 そして返ってくるのは、大丈夫、のただ一言。絶対大丈夫じゃないのは明らかなのに、そう返されてはこちらも何も言えない。でも、大丈夫か、と聞かれて、大丈夫じゃない、とも言えないだろうし、かと言って「青兎様、絶対大丈夫じゃないですよね!?」と問い詰める訳にもいかないし………。黒馬様たちのように、そっと様子を見守るというのが、今できる最大限の気遣いなのだろうか。


 兎にも角にも、私たちは全員揃って、その民宿の入り口をくぐった。民宿を経営している夫婦は、黄鳥曹長から話を聞いていたようで、私たちの顔を見るなり「どうぞ」と中へ促してくれた。嫌われ者の私の顔を見るなり、若干嫌そうな顔はしていたが、慣れているので特に深くは考えない。そもそも前回ここで起こった揉め事も私たちが関与している。夫婦からしたら、また何かしでかすのではないかと警戒するのも無理はない。


 そうして案内された部屋は2階の奥に位置する、大部屋であった。今回宿泊している黄鳥曹長の隊は、ザッと見ただけで10人以上で構成されている。1人1部屋をちまちま借りるよりも、纏めて何人かで大部屋を借りた方がいいだろうから、そういった理由だろう。既に中からは楽しげな談笑が聞こえてくる。私たちは黒馬様を先頭に、その部屋へと足を踏み入れた。


「いやー!しかし本当に久しぶりだなお前ら!こうして会えて嬉しいぜ!」

「久しぶりって言ったって、たかが数ヶ月でしょ………」

「いつかはそっちへ帰るしな」


 大人数で囲む夕食は、それはそれは賑やかであった。黄鳥曹長は、改めて黒馬様たちとの再会を嬉しそうにしていたが、白鹿様と紫狐様に素っ気ない返事をされている。これが通常運転のやり取りなのだろう、黄鳥曹長は特に気に留める事なく、ご機嫌にお酒を煽っていた。


「あの………、明日から行軍なのに飲んで大丈夫なんすか」

「何細けぇこと気にしてんだよ黒馬!お前も付き合え!全部奢りだ!」


 肩をがっしりと組まれて捕まってしまった黒馬様は、呆れたように溜め息を吐きながらも、黄鳥曹長のお酒にしっかりと付き合っている。これはまた帰りが遅くなりそうだ、と私は察した。


 それにしても、本当に底抜けな明るさを持った方だ、と私は改めて黄鳥曹長を見つめた。少し離れた所でちまちまと食事をしている私は、先程からこうして静かに人間観察をしていた。ただでさえ、黒馬様たちと囲む食事を賑やかだと思っていた私にとって、この場は正にお祭りのようである。黄鳥曹長の隊の方々は、思い思いに夕食を口に運び、酒を煽っていて、酔いが回っているのかより一層の騒がしさだった。明日山登りをする人たちの行動とは思えないが、そこに関しては私も口を挟めないので黙っている。そしてそれに伴って、黒馬様、白鹿様、紫狐様、青兎様も、皆さんに付き合ってちびちびとお酒を飲んでいた。そういえば皆さんがお酒を飲んでいるところをあまり見た事がない気がする。気になっていた青兎様の様子も、気乗りはしていないだろうが、今の所は特に問題は無さそうだ。少しだけホッと胸を撫で下ろす。


「巫女様は飲まないんだすか?」

「え?」


 突然声を掛けられて驚く私の両横には、お酒の匂いをぷんぷんと漂わせ、顔を真っ赤にしたいかにもな軍人の方、お二人。黄鳥隊の方々のお名前を全て把握してはいないので、失礼ながら何という方なのか分からない。えっと、と名前を思い出そうとしているうちに、私の手にお猪口が乗せられる。


「あ、ごめんなさい、私お酒は強くなくて………」

「まあまあ、今日はお気になさらず。醜態晒して何か言うような奴はいませんよ」

「え、えっと………」


 こちらの話には聞く耳持たずといった様子で、注がれてしまった透明な液。強烈なこの匂いは、水ではないことを物語っている。どう断ろうかと両横に目線を向けると、期待を込めたような目がこちらを見つめている。………断りづらい。というか、断っても聞いてくれなさそうだ。


(1杯だけなら………大丈夫かな………)


 昔、巫女神楽の奉納の日の夜、町の男の人たちに煽られて飲んだ時に酔い潰れて、散々な思いをしてからお酒は殆ど口にして来なかった。なので、そこまで飲酒経験がある訳ではない。私はお酒は駄目な体質なんだ、という自覚はあるが、実際どこまでなら大丈夫で、どこからが駄目なのかは分かっていない。この小さなお猪口1杯くらいなら、平気、なのだろうか。


 ちらり、と助け舟を求めて黒馬様や白鹿様、紫狐様、青兎様をそれぞれ順番に見回すが、みんなもみんなで捕まっていて、こちらに気付いていないようだった。


(ええいままよ………!!)


 そして私はグイッと一思いにお酒を煽った。今思えば、これが失敗だった。ちゃんと断れば良かったのに、それこそ青兎様の事、偉そうに言えない………。そのたった1杯の日本酒は、酒に弱い私を酔わせるのには十分過ぎるほどで、私の顔は一気に朱に染まり、ひっく、と典型的なしゃっくりをこぼす程であったのだ。











 黒馬たちが異変に気付いたのは、既に騒ぎが起き始めていた頃だった。黄鳥の酌に付き合っている内に、何やら部屋の一角に小さな人だかりが出来ている。勿論、囲んでいるのは己のかつての同僚たちだ。同じくして、白鹿や紫狐、青兎すらもその騒ぎを聞き付け、異変を察知していた。


「何してんだお前ら」


 何だか嫌な胸騒ぎがして、黄鳥に一言断りを入れた黒馬は、その人だかりの方へと移動した。こちらの問い掛けには一切答えようとしない………、いや、そもそもこちらに気付かない程に、その輪の中心に夢中になっているようだ。一体何にそんな熱中しているんだと、後ろから覗き込んだ瞬間。


「あ、菖蒲!?」

「菖蒲ちゃん!?何してんの!」


 男性隊員に囲まれているのは、顔を真っ赤にしてボーッとした菖蒲、その人であった。程良く回っていた黒馬たちの酔いも一気に冷める程で、菖蒲はフワフワと意識が覚束ないままに、囲まれた男性たちにお酌したり、じゃんけん遊びの相手をしたりしていた。身に纏う巫女服の胸元が少しはだけて、真っ白な肌が赤く染まっている様子が無防備にも晒されている。目に毒、とはこの事だろうか。頭が痛くなる思いの黒馬とは反して、取り囲む男性陣たちは歓喜の声を上げていた。


「かわいー!!」

「菖蒲ちゃん、俺とも遊ぼ!」


 静かに、しかし着実に、沸々と怒りの圧力が上がっていく黒馬の横で、同じように怒りのオーラを発する白鹿と紫狐、青兎がその集団を見下ろしていた。

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