みんなの先輩黄鳥曹長
「久しぶりだな黒馬!元気だったか!」
「ご無沙汰してます、曹長」
黒馬様から、行軍の訓練があると報せを受けたその翌日。文の通り、十数名の軍人がゾロゾロとこの町へとやって来た。黒馬様たちの同僚ということもあって、山へ向かう前に挨拶をしたいと、わざわざこの寺まで訪ねてきてくれたのだった。私も知らんぷりという訳にはいかないので、黒馬様たちの後ろに隠れながらも、控え目にその光景を眺めている。
黒馬様たちと同じ軍服を来た、若い青年たち。そりゃそうか、同じ軍人なのだから。彼らは久々の再会に嬉しそうに笑っていて、抱き合ったり肩を組んだり、和気藹々と和やかな雰囲気が漂っていた。男の友情、とでもいうのだろうか。少し羨ましくなる程に、彼らは楽しそうに談笑している。
そんな中、やはり浮かない表情なのが青兎様だ。青兎様も皆さんに声を掛けられて、その輪の中にいるのだが、1人だけ雰囲気が暗い。側から見ている分には、別に青兎様が特別虐げられていたり、無下にされているといった様子は無い。むしろ皆さん青兎様の顔を見て、凄く嬉しそうにしているように思えた。
「儀式の方は順調か?」
「まあ………、それなりに」
「駐屯地に戻りたくないからって、変にサボるんじゃねぇぞ!」
「そんなんじゃないですから」
ゲラゲラと笑い合う彼らは、一頻り再会を楽しんだ後、漸く私の方へと視線を向けた。一斉に注がれる注目に、私は緊張して肩を跳ね上げる。な、何か言わなきゃ、気の利いたこと言わなきゃ、と必死に考えている内にあっという間に囲まれる。自分よりも幾つも背が高い男性陣に取り囲まれて、私は目を回しそうな勢いだった。
「君が巫女様!?」
「かわいー!」
「想像と違ったんだけど!」
「ちっせーなー!」
あちこちから聞こえてくる言葉。どれから返事をすればいいのか、思考が追い付かない。アワアワと慌てる私の様子を、白鹿様は遠巻きでニヤニヤと楽しそうに眺めていた。私が困ってること分かってて見てるんだ………。
「名前、なんて言うの?」
「あ、あ………菖蒲と申します………」
「菖蒲ちゃんかー!可愛い名前だね!俺は黄鳥って言うんだ、覚えてね」
「は、はい………。黄鳥様、ですね………」
「そー!曹長やってんの!コイツらの先輩ね!」
1人の明るげな男性が、代表するように自己紹介をしてくれた。その笑顔は眩しいくらいで、黒馬様たちとはまた系統の違った男性だった。若干その勢いに押され気味になりながらも、差し出された手を握り返す。ブンブンと振り回されてしまう程に激しく握手され、とにかく私は彼の調子に翻弄されっ放しであった。でもとてもいい人だということはすごく伝わってくる。先輩と言っていたが、嫌に上から目線だったり鼻にかけるような感じは一切なく、まるで友人のような距離感で、どんな相手にも親し気に接してくれる。こういう人が慕われ、尊敬されるのだろうなと何となく感じ取った。
「そこまでにしてください、菖蒲が動揺してるんで」
「あ、悪い悪い!男とばっかり接してると、つい同じ感じでいっちゃうんだよな」
ようやく間に割って入ってくれた黒馬様によって、私は何とか黄鳥様から解放された。このままでは腕がもげてしまうのではないかと心配になっていたところだったので助かった。いい人ではあるのだが、やはり初対面なだけに圧倒されてしまう。
「巫女様って言うからもっとお堅い感じの人なのかなーって思ってたけど、すげー美人じゃん。いいなあ、お前ら。この子と夜は………」
何かを察知した白鹿様が、その先は言わせるかと言うように大きくわざとらしい咳払いをして、黄鳥様の言葉を遮った。どうやらこの黄鳥曹長、繊細さはあまり持ち合わせていないようである。自分でも自覚しているようだが、男性社会に身を置いているせいか、女性がいる前でも思ったことをそのまま口に出してしまう癖があるようだ。まあ多分、同衾の事を言おうとしたのだろうが、残念ながら私たちはまだそういったことを1度も成し遂げていない。黒馬様たちが、黄鳥様率いる駐屯地に帰る日はまだまだ先になりそうである。
「どうですか、巫女様。こいつら、ちゃんと役に立ってますか」
「は、はい。いつも助けて頂いて………」
「へー!そりゃよかった!上手くやってんだ!」
「何なら私の方が迷惑をかけっぱなしで………」
「ああ、大丈夫大丈夫!気にしなくていいから!遠慮せずにどんどん頼っちゃって!」
まるで自分のことのように笑う黄鳥様。その隣で紫狐様が大きくため息をついている。この短時間で、私は黄鳥様という方や、黒馬様たちとの関係性が垣間見えて、何となく色々と察した。
「ほら、特に青兎なんて、すごく優しいでしょ!」
しかし、ここまで和やかな雰囲気だったその場も、黄鳥様が青兎様の名を発したことで少しだけ一変した。いや、恐らく一変したと気付いているのは私と、もしかしたら黒馬様くらいで、他の人たちは気付いていないだろう。それくらい微かな変化ではあるが、それでも私は敏感にそれを察知した。ここ数日、ずっと青兎様に関して悩んでいるからだろうか。
黄鳥様に名を呼ばれた青兎様は、一瞬だけ驚いたように肩を震わせたが、次の瞬間には完璧に作り上げたいつもの笑みを浮かべていた。しかし黄鳥様は、その笑顔の裏に気付くことなく、仲睦まじげに青兎様と肩を組む。
「困ったことや悩んでることがあったら、青兎を頼れよ」
「は、はい………」
「コイツ、本当に優しいし頼りになるからさ!駐屯地にいた頃もお悩み相談係みたいな感じだったし」
青兎様の様子を気にしつつも、私は黄鳥様の言葉に何か裏の意味があるのではないかと探った。しかしどうやら黄鳥様、本当に悪気あって言っていたり、青兎様を便利屋のような扱いをしている訳ではなく、純粋に『いいヤツ』と評価しているようだった。黒馬様の話によると、駐屯地にいた頃は色んな雑用を押し付けられていたという話だったので、てっきり町の人たちのように青兎様を便利な道具扱いでもしているのかと思ったが、そうではなさそうである。黄鳥様が知らないだけで、他の一般兵の方たちがそういう事をしているのだろうか………?先程少しだけ自己紹介がてら話をしたときは、他の人たちにも嫌な印象は抱かなかったが………。まあこの短時間で人を知ろうと思うのは無理な話だろう。誰だっていきなり裏の顔を出してくる人などいない筈だ。
「ま、自己紹介はここら辺にしておいて………。知ってると思うが、俺たちは行軍訓練の為にここへ来たんだ」
「はい、軍から文は受け取っています。手伝ってやってほしいとも書いてありました」
「おー、手伝ってもらえるならありがたいねえ。訓練は明日からで、今日は移動日と準備ってことになってんだ。一応俺たちはこの町の民宿に滞在するんだけど」
赤熊ともひと悶着あったあの民宿に、黄鳥様の隊は滞在するらしい。あの民宿、すっかり軍御用達になっている。まあこの人たちであれば、変な問題行動を起こすこともないだろう。少なくとも赤熊よりはよっぽど信頼できそうだ。黒馬様たちもよく知っている間柄だし。
「滞在期間中に何かあったら手伝ってくれたら嬉しい。何なら今日の晩とか、久々に一緒に飯でもどうだ?勿論巫女様も一緒に」
「曹長がそう言うなら、俺たちは勿論行きます」
「菖蒲ちゃんは、大丈夫?」
上司の誘いを断る訳にはいかないので、黒馬様は晩御飯の誘いを2つ返事で了承した。その後、白鹿様が私を心配するように確認してくれたが、私もそんな失礼な真似は出来ない。黒馬様たちのお世話になっている先輩であり、軍人様だ。勿論私も参加させて頂く。白鹿様の問いかけに了承の意を込めて頷くと、黄鳥様は嬉しそうにしていた。よっぽど黒馬様たちを可愛がっているのだろう。久々に共にご飯を食べられることを喜んでいる。
しかし。勿論心配なのは、青兎様だ。やはり黄鳥様たちが来てからというもの、明らかに口数も少なく、会話に入ってこない。この晩御飯のことも、彼は特に参加の意思も不参加の意思も示さず、ただひたすらにそこに佇んでいた。黒馬様たちは先輩たちのもてなしに忙しい筈。とにかくこの晩御飯の間は、私が青兎様を守らなくちゃ。
そう密かに張り切る私の傍で、黄鳥様がじっと私を見つめていたことを、私は気付かないままであった。




