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悪い報せ?

 何だか最近、こういう事ばかりだなぁ、なんて、この状況にして私はボンヤリ思い出していた。赤熊だったり、黒馬様だったり。そして今、私の上には冷たい表情の青兎様が覆い被さっている。彼は私の丁度腹部の辺りに跨っていて、起き上がれないようにと随分体重を掛けてきているので、若干の息苦しさも感じる。打ち付けた背中も少し痛かったけど、それでも私はただ真っ直ぐに青兎様を見上げていた。こんな事をされなくても、彼から逃げる気など更々無かった。


「俺は優しくなんかないよ、菖蒲様」

「青兎様………」

「全部自分の為にしてることだから」


 私の手を縫い付けていた青兎様の手は、スルスルと私の首元に降りてきた。グッと力を入れると浮き出てくる首筋に、彼の冷たい手が這う。そしてゆったりとした動きで、まるで私の首を絞めるように手を掛けてきた。力は入れていないので呼吸が出来ないという事はないが、青兎様がその気になればいつでもその状況が作れる。私には変な緊張感が走った。


「今朝言ったよね。俺の事は俺が決める。他人に色々言われる筋合いは無いって」

「私は、青兎様のことを守りたいんです。青兎様のことが大事だから………」

「守って欲しいなんて、俺がいつアンタに頼んだかな」

「私が勝手にそうしたいだけです」


 私だって絶対に引くものか、という思いで、青兎様に何を言われても自分の気持ちをぶつける。私のその態度が気に食わないのか、青兎様はどんどん苛立ちを募らせていった。その姿もまた、私にとっては初めて見る青兎様の姿であった。


「何も知らない癖に、勝手な事を………」

「そうです、私青兎様のこと何も知らないんです。だからもっと知りたくて………」

「知る必要はないよ。これ以上、俺の中にズカズカと踏み込んで来ないで」

「どうして………、青兎様………。私は、青兎様に助けて貰った………。青兎様は、私を変えてくれた………!自分の気持ちに嘘をついて、都合の良い人間になったら駄目だって教えてくれたのは、青兎様なのに………!」


 私も私で感情的になってしまって、今にも泣き出しそうになりながらも何とか堪えていた。やっぱり、私の行動は青兎様にとって迷惑だったのだろうか。青兎様本人が現状に納得しているのなら、勝手にお節介を焼くのは間違っていたのだろうか。確かに青兎様の言う通り、彼に何か頼まれた訳でもないし、助けて欲しいと言われた訳でもない。


(やっぱり、私が勝手に暴走しちゃったのかな…………)


 自分の行動に自信が無くなってきて、伏せていた目を恐る恐る青兎様に向ける。その瞬間、私は見逃さなかった。


 青兎様が、すごく悲しそうな、苦しそうな、そんな表情を一瞬だけ、浮かべていたことを。私にはそれが、彼の助けてくれという叫びに見えた。やっぱり青兎様は、1人で苦しんでいる。


「お願いだから、俺を壊さないで………」

「青兎様…………」

「怖いんだ………。何かが変わるのが………」


 項垂れるように私の胸元に顔を埋めてきた青兎様は、先程とは一変し、とても弱々しく見えた。変化が怖いというのも、私にはよく分かる。これに関しては私だけじゃなく、沢山の人が共感を抱くのではないだろうか。何かが変わることで発生する労力や関係、環境を恐れ、現状維持を目指す人は、少なくないと思っている。


「俺は、ただ…………」

「………ただ?」


 ぽつ、ぽつ、と少しずつではあるが、やっと本音を話し始めたように思える青兎様。その丸まった背中に手を回し、胸元に埋まる彼の頭を優しく撫でた。まるで子供をあやす母親のように、とにかく青兎様が落ち着いて、安心して話せるような状況を作りたかった。………しかし。


「なーにしてんの」


 突然ガラリと開いた扉が、そうさせてはくれなかった。響き渡る第三者の声に、私も青兎様も大袈裟な位に肩を震わせて、慌ててそちらに視線を向ける。そこに立っていたのは、先程ここを通り過ぎた筈の黒馬様で、不釣り合いな笑顔を浮かべながら私たちを見下ろしている。この状況だけを見たら、誰がどうしたって誤解されてしまうだろう。


「ち、違うんです!これは………っ!」


 火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。先程まではビクともしなかった青兎様の体を、私は凄い勢いで突き飛ばした。私のせいで、勘違いをされてほしく無かったのだ。あの体勢は、どう見ても青兎様が私を襲っているようにしか見えないし、変に青兎様を悪者にしたくない。しかし私が慌てれば慌てる程、黒馬様はただ静かに「ふーん………」と眉を顰めるばかりで、余計に怪しくなっていく。


「し、失礼します!」


 そして遂に私は耐えられなくなって、その場から勢いよく立ち上がると、振り返りもせずに黒馬様の横を通り過ぎ、自室へと逃げ込むのであった。どのみち黒馬様が来てしまっては、青兎様と落ち着いて話すこともできないだろうし、青兎様も本音を言いづらいだろう。また機会を改めるしかない。


「………本当はあの時気付いてたんでしょ、黒馬」

「………お前もタチが悪いな。俺にバレてること分かっててあんな事したのかよ」

「そっちこそ、もっと早く来れた筈なのに、様子を窺ってたんでしょ?お互い様だよ」


 残された2人がそこでどんな会話をしているかなど、その場から立ち去った私に知る由などない。ただ1つ、分かったことがあるとするならば、青兎様を変えるという今回の任務は、一筋縄では行かなさそうだという事だ。ただ私だってこんな事で諦めたり引いたりはしない。青兎様の心の奥底は、確かに私に助けを求めていたから。














「行軍?何ですか、それは」


 翌朝、全員が顔を合わせた居間にて、黒馬様から聞き慣れない報告を聞いた。黒馬様には、白鹿様たちを代表して定期的に軍から報せが届くらしく、今朝黒馬様の手元に届いた文に記されていたのだという。


「まあ簡単に言えば登山、かな。訓練の一環だよ。山登りして、肉体と精神を鍛えるっていう」

「まあ………。軍人様は本当に大変な訓練を積んでいるのですね………」

「それがこの近くの山で行われるらしくてな。この町にも立ち寄るってよ」


 一般人の私からすると、軍での訓練と登山に何の繋がりがあるのだろう、と思ったが、確かに聞いてみれば、あの険しい山道を登ったり、極限の状態に追い込まれるというのは、肉体的にも精神的にも効率良く鍛えられるものなのかもしれない。………知らんけど………。黒馬様たちも一度やった事があるそうで、白鹿様はこの訓練が大嫌いなのだそうだ。このせいで軍人すら辞めようと思った程らしいので、相当厳しそうである。


「どこの隊が来るって?」

「それが…………」


 紫狐様の質問に、一旦意味深な間を置いた黒馬様は、一度だけちらりと青兎様に視線を移したあと、こう言った。


「俺たちがいた所………。浜磐駐屯地の奴らみたいだ」

「…………!」


 一瞬ピクリと青兎様が反応したのは、気のせいだろうか。つまり、黒馬様たちがこの町へ来るまでいた場所………、久々の同僚や先輩、上司がここへやって来る、ということだろうか。


 相変わらず軍関係者と会うのは気が進まないのか、みんなの表情は嬉しそう、とはいかないが、赤熊大佐の時のような憂鬱感も感じられなかった。ただ1人を除いては。


「………青兎様、大丈夫ですか?」

「え?」

「あ、いえ………。何だか顔色が優れないような………」

「あ、ああ………、大丈夫。ちょっと疲れてるだけだから」


 暗い表情を浮かべる青兎様。その顔にははっきりと、『会いたくない』という文字が書かれていた。


 かつて皆さんが共に過ごしていた軍人の方々………。果たしてどんな人なのでしょう。

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