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禁止とします!

「便利だよな」

「ああ。おまけに金も払わなくていい」


 ふと聞こえてきた会話に、私は何となく意識をそちらに向けた。町の喧噪の中で聞こえてきた、他愛もない会話の1つ。普段ならそんなに気に留めないのに、何故かこの時だけは、その会話が気になって仕方なかったのだ。


 恒例の今日の買い出しにて、商店街に出かけている最中。八百屋の前で野菜を物色する私とは少し離れたところで、男2人が何か会話をしている。恰好から見るに農家の人で、手には荷台やら仕事道具やらが握られているので、まさにこの八百屋へ納品か何かをした帰りなのだろうか。


「どうした?」

「黒馬様………」


 そんな私の様子が気になったのだろう。今日の同行者である黒馬様が、私に近寄ってきた。多くを語らない私の視線の先を辿って、黒馬様も道の端で会話をしている男2人に辿り着く。盗み聞きは良くないと理解しつつも、その会話の先に聞き耳を立てることにした。


「あの軍人、頼まれたら断らねえからさ。最近は散々利用してるよ」

「まるで軍人じゃなくて便利屋みたいだな」

「ああ。下手なヤツ雇うよりもよっぽど仕事ができるし、無料だし」

「俺も適当な理由付けて頼もうかな」

「だったら、巫女とか他の軍人連中がいない時にしろよ。特に黒馬とかあそこら辺がいる時に頼もうとすると、睨まれるからよ」


 けらけらと笑いながら世間話をするその男たちの会話は、とても良い内容とは思えないものだった。名前こそは直接出なかったが、黒馬様の名が出てきたということは恐らく。


「………青兎のことだな」

「………やっぱり、黒馬様もそう思いましたか」


 男たちの会話の条件に当てはまる人物と言えば、青兎様くらいしかいない。彼らは、青兎様に感謝するどころか、更に利用しようと悪い考えを働かせている。それが私にはとても悔しくて腹立たしかった。青兎様はあんなにも町の人たちのことを思って、困っている人を助けようという気持ちで頼みごとを聞いているのに、それを踏みにじるかのような言葉。これを黙って見過ごすことなど到底できなかった。


「なんでもかんでも甘やかすと、こうなるんだよな」

「そんな………。青兎様の優しさに付け込んで利用しようだなんて………、悪いのはどう考えても町の人たちです………!」

「確かに、青兎の優しさに甘えっぱなしの町の連中も悪いが………、そうさせてるのは青兎でもある。アイツは………、本当は嫌な筈なんだ」


 それをはっきり嫌と断れない青兎様にも問題がある。と、黒馬様はそう言う。仮にこれで私たちが町の人たちに「もう青兎様に頼みごとをするな」と言うことは簡単だが、青兎様の根本的な部分を直さないと、またどこかで同じことが繰り返される………。黒馬様はあくまでもそう冷静に分析していた。


「アイツ、前にも言ったが、兵舎でも同じことをしてたんだよ」

「色んな人の頼みごとを聞いていたのですか?」

「ああ。それで、色んなヤツが調子に乗って、嫌な仕事をなんでもかんでも青兎に頼むようになった。そんなの、青兎だってやりたくない筈だ。でもアイツはいつもニコニコ笑って、いいよって」












『なんで断らないんだよ。掃除なんてお前もやりたくないだろ』

『別に、誰かがやらなきゃいけないなら、俺が我慢すればいいだけの話だろ。それに黒馬だって、今こうして俺への頼みごとを手伝ってくれてる。同じことだろ』

『あのなあ………。俺はお前の為を思って言ってんだ。ちゃんと嫌なことは嫌って言えるようになんねえと、どんどん酷くなってくぞ』

『………俺のことはいいから、ほら、黒馬ももう帰んなよ。後は俺1人で十分だからさ』


 私は知らない、兵舎で鍛錬を積んでいた時の話。今の時と同じように、青兎様は同期や先輩からの頼みごとを断れずにいた。その当時から仲が良かった黒馬様は、何度か青兎様に押し付けられた雑用を手伝いながらも、彼の性格のことに関しては苦言を呈していた。今はまだ掃除や片付けといった雑用だからいい。でもこれがどんどん酷くなって、理不尽なことや、青兎様の一生を左右するような頼みごとになった時。彼はちゃんと自分の本心を優先して断れるのだろうか?黒馬様はそれを心配していたのだ。


 しかし、黒馬様が何度説いても青兎様は「大丈夫だから」の一点張りだったという。決して、その心の奥底に隠された本音を聞き出すことはできなかった。本当は嫌な筈なのに、本人の口から「嫌だ」という言葉を聞いたことは無いのだという。青兎様をそこまで頑なにさせているのは、一体何なのだろうか。もしかしたら青兎様本人も、これが自分の性格なのだと諦めているのかもしれない。


 自分が我慢すれば、丸く収まる。確かに波風立たない、1番平穏な方法。何よりも私が知っている。けど、それじゃダメだということも、私が理解している。我慢して受けた傷は、1つ1つは小さくても確実に蓄積していく。きっと青兎様も………。


「私、もう1度青兎様と話してみます」

「本気かよ………。今朝突っぱねられたって言ってなかったか」

「はい。でも放っておけませんから」

「………お前、人のことになるとすげえ逞しいよな………」


 呆気に取られている黒馬様を他所に、私は手早く買い物を済ませた。そうと決まれば早く行動に移したかったのだ。別に何をするとか、これといった計画がある訳ではない。ただ、青兎様とちゃんと話して、その本音を聞きたい。例え青兎様に拒絶されたとしても、このまま黙って町の人たちにいいように利用されるところなんて、私は見たくないし許したくない。


「ということで、今後は私の許可なく町の人たちの依頼を受けることは一切禁止とします!!!」


 普段は出さないような声の大きさで、私は4人の前に高らかに宣言した。夕飯を口に運んでいた黒馬様を初めとする4人は、ただぽかんを私を見上げている。勢いに任せて立ち上がってまで発言した私は、明らかにこの場で浮いてしまっていた。


「どうしたの突然」

「さあ………」

「変なものでも食べたの?菖蒲様」


 まあ黒馬様は今日の買い出しの時の出来事もあって、私が何を言おうとしているかは何となく理解していそうだったが、他3人は全く突然の発言で何のことやらといった様子だ。青兎様も、今朝気まずくなってからは会話を交わしていなかったが、少なくともみんなの前では普段通りの態度だった。苦笑しながらも、落ち着いて座って食べなさい、と私を宥めようとしている。


「これが落ち着いていられるもんですか!」

「菖蒲、座って食べろ」

「いいですか。皆さんは儀式の為にここに来たのでしょう?町の人たちの頼みごとを聞く為ではない筈です!」


 相変わらず何かに突き動かされているように捲し立てる私を、今度は黒馬様が宥めようとする。しかしそれを私は無言で手で制した。止めないでください、黒馬様。今の私はとても腹が立っているのです。青兎様のことをどうにかしない限り、私のことは誰にも止められません。私が必ず、青兎様のことを変えてみせます。


「皆さんは、私と子を成す為にここに来たのですから、子を成すことだけを考えていてください!」

「あ、菖蒲、お前な………」

「皆さんの儀式の相手は私です!町の人たちになんか渡しません!」

「………菖蒲ちゃん、たまにとんでもなく大胆なこと言い出すよね………」

「子を成すことだけって………、まだ誰とも1回もそういうことしたことねえくせに………」

「え、紫狐、お前したことねえの?菖蒲と。あ、そうなんだ。へえ」

「は?どういう………」

「ま、気にすんな。こっちの話だ。俺がお前の分も任務を全うするから安心しろ」

「紫狐は童貞ってことね。なるほど了解」

「は!?何言ってんだ黒馬、白鹿、テメエらまさか………!!!」


 一気にワイワイと騒がしくなる中で、たった1人、その輪に入らない人物。勿論、青兎様だ。紫狐様を揶揄って楽しむ黒馬様と白鹿様に混じって、いつもなら青兎様も冗談を言う筈なのに。彼は黙ったまま、夕飯を口に運ぶ手も止めたままだ。きっと私が誰に対して言っているのか、分かっているのだろう。そしてゆっくりとその双眸は私を捉えた。真っ直ぐ、射貫くような目。それはいつもの優しさを帯びた瞳ではない。


『余計なことを』


 そう言っているかのような、冷たい眼差しであった。

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