心配なのです
「あれ、青兎様は………?」
朝、出来立ての朝食を居間に運ぶと、そこにはいる筈の青兎様の姿がなかった。何か用がない限りは、基本5人揃っての朝食になるのだが、今日は特に青兎様から用事があるといった連絡は受けていなかった為、いつも通り5人分の朝食を準備してしまっていた。既にそこに顔を連ねている黒馬様たちに目配せをすると、やれやれと肩をすくめながら
「朝早くから町の人に呼ばれて出てる」
という答えが返ってきた。急用だろうか、と少し心配になっていたが、そのタイミングで丁度玄関の方から物音がし、「ただいま」と聞きなれた声が聞こえてきた。青兎様が帰ってきたようだ。
「青兎様!お帰りなさい!」
「ごめん、菖蒲様。黙って出ちゃって………。朝ごはん、もう済ませた?」
「いえ、丁度これからです」
パタパタと小走りで玄関まで出迎えに行くと、しっかりと軍服を来て体に付着した土埃を払う青兎様の姿がある。その額にはうっすらと汗が滲んでいるのが見えて、何か肉体労働でもしてきたのだろうか?と予想がついた。
「町の人たちに呼ばれたと聞きましたが………」
「ああ、うん。畑仕事を手伝ってほしいって言われてね。雇ってた若い人が体を壊しちゃって、人手が足りないみたいなんだ」
この田舎町は、栄えた店や人は多くないが、とにかく土地は沢山ある。畑を持っていて、それで生計を立てていたり、自給自足の生活を送っている人が多く、それ故に畑仕事がこの町では大きな仕事の1つでもある。どこの農家も「人手が足りない!」と口癖のように嘆いていて、若い人や他所の土地から越してきた人たちを雇って、何とか仕事をやりくりしている人もいるようだ。そして青兎様もまた、それによって駆り出され、朝早くから働いてきたのだろう。当然、青兎様のことだから給金などは貰っておらず、半ば慈善活動のようなものだ。
「本来なら、この町の困り事は巫女である私が解決しなければならないのに………。ありがとうございます、青兎様」
「いやいや、別に菖蒲様がお礼を言うことじゃないよ。俺が勝手に引き受けただけだし。それに、結構力仕事も多かったから、菖蒲様にはさせられないよ」
何とか5人揃って迎えた朝食の時間に、私は青兎様にお礼を告げた。確かに重たい農作物を運んだり、道具を使ったりするのには、力も体格も私より優っている男性の青兎様を頼った方が効率的かもしれない。この間も、青兎様と買い出しに出かけた時は、店の人に「品出しを手伝ってくれ!」と声を掛けられてお手伝いをしていたし、みんな青兎様の顔を見かけるとすぐに頼み事をしてくるようになっていた。前までは何か困り事があると、「巫女様お願いします」と私に依頼が来ていたものだが、最近はその比率が青兎様に傾いているような気がする。
「別に金貰ってる訳じゃねえし、軍の仕事でもねえんだから、断ればいいのに」
「まあまあ。困っている人がいたらお互い様だよ」
紫狐様の苦言に対し、青兎様は苦笑いを浮かべた。確かに青兎様は優しいし頼もしいから、つい頼ってしまうのも分かる。実際私も何度も青兎様に頼って助けてもらっているし、偉そうなことは言えない。けど………。
(これは私のお節介………になるのかな………)
青兎様の負担が大きくなってしまっているような気がする。どうにかしてあげたい。しかし、これは別に青兎様がしんどいとか何とかしてほしいと言ってきた訳ではない。単なる私の勝手な心配だ。だからこそ、どうしていいのか分からない。もしかしたら青兎様は、この現状を良しとしているかもしれないし、こちらが勝手に気を遣って何かをして、それが逆に彼の邪魔になってしまうかもしれない。そう思うと、行動にも言葉にもできなかった。
少なくとも私は、町の人たちに嫌な仕事を押し付けられたり頼まれたりすることが、苦しかった。まだ彼らと出会う前、断る勇気を知らなかった時はすごくしんどかったのだ。確かに人を助けるという行為自体は素晴らしいことだし、する方もされる方も嬉しいものだ。でも、人というのはどうしても慣れでしまう生き物で、1度手伝ってもらうともう1度と考えてしまうことも少なくない。今の町の人たちは、青兎様の優しさに慣れてきて、何でもかんでも手伝ってもらおう、助けてもらおうという考えになってしまっていないだろうか。
「青兎様」
「ん?」
朝食を終えて、空になった食器を洗い場に運んでくれた青兎様に声をかける。いつも通りの優し気な笑顔の青兎様は、今これといって何かに悩んでいるという様子はない。やはり私の気にし過ぎなのだろうか。人によって感じ方は違うし、私が自分と重ね過ぎて心配になり過ぎているだけなのだろうか。
「あの………しんどくありませんか?」
「え?」
「ほら、町の人たち………」
私がそこまで言うと、青兎様は何を言われるのか察したようで、「ああ」と言葉を漏らした。そして再び、あの笑顔。貼り付けたような、嘘の笑顔。バレバレの張りぼてだ。その笑顔を見ると、やっぱり心配になってしまう。無理しているのではないか、と。例えそれが、私の余計なお節介だとしても。
「大丈夫だよ。もしかして紫狐とかが余計なこと言ったから、心配かけちゃったかな」
「いえ………、私が勝手に心配になっただけです。最近は町の人たちみんな、青兎様の顔を見るなり頼み事ばかりしてくるようになって………」
「俺は平気だよ。むしろそうやって頼られる方が嬉しいんだ」
だから菖蒲様もどんどん頼ってね、と笑う青兎様は、やはり偽りの青兎様に見えた。無理して笑っている。私だって、もうそれを簡単に見破れるくらいには一緒に過ごしてきた。
「………無理してます、青兎様」
「え………」
「今、無理して笑っていませんか」
私はそこでようやく、青兎様の核心に触れた。私がそう言うと、貼り付けられていた作り物の笑顔は一瞬にして消え、真顔になる。そして居心地が悪そうに私から視線を逸らし、手に持っている食器へと目線を落とした。やっぱり、本音を隠してたんだ、青兎様。その性格故に、1人で色々抱え込んで………。
「紫狐様も言っていましたが、断ってもいいんです。本来は青兎様の仕事じゃないし………、それに」
「………うるさいな」
こちらの言葉を遮って返ってきた言葉と声音は、どれも青兎様のものじゃないみたいで、初めて見るその姿に私は時が止まったように固まった。優しくて、物腰柔らかで、いつも明るい雰囲気の青兎様。しかし今目の前にいる彼は、まるで別人のように暗く、冷たく、こちらを突き放すようだった。それが信じられなくて、私は驚いた声すら上げることができず、黙り込んでしまったのだった。
「分かったようなこと言わないでよ。菖蒲様も、黒馬たちみたいに説教垂れる気?」
「あ、あおと………さま………?」
「人の気も知らないで、好き勝手言わないでくれる?俺のことは俺が決める。他人にとやかく言われる筋合いはない」
そこまで言って、青兎様は洗いかけの食器も放り出して、そのままその場を後にしてしまった。台所に流れる、凍てつくような空気。普段温厚な人が怒ると誰よりも怖いというのは本当で、私はしばらくの間、石像のようにその場から動けなかった。
初めて見た、青兎様の一面。黒馬様は、彼のあの一面を知っていたのだろうか。そしてその一面を見て、改めて感じる。青兎様の心にも、何か影がある。1人で抱え込んでいる何かが………。
そして何よりも悲しかったのは、はっきりと言われた『他人』という言葉。確かに私が一方的に家族のように慕っていただけかもしれないが、普段の様子から見て少なくとも他人よりかは1段階進んだ仲の良い関係ではないかと思い込んでいた。しかし、青兎様にとってはそうではなかった。彼はまだ、私に対して壁を作っている。優しいという仮面で隠され続けていた壁が、今ようやく垣間見えた。
(青兎様………)
しかし私には、その壁を壊していいのか。あんな風にこちらを拒絶した青兎様の心の奥底に、土足でずかずかと踏み込んでいいものか、迷わずにはいられなかった。




