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優しすぎるとは

 私が町中で嫌われている一方で、1人、すぐに町の人たちと打ち解け、慕われている人物がいた。


「あ!青兎様!」

「こんにちは、青兎様!」


 毎日の日課でもある私の食材の買い物は、黒馬様たちがやって来てからは必ず2人体制で行われるようになった。黒馬様たちは交代でその役を務め、どんなに私が大丈夫だと断っても着いてくるのだった。それは多分、私が町の人たちに何か危害を加えられないか見張る為なのだろう。本人たちは、「ただの暇潰しだ」と言い張っているが、きっと彼らなりの優しさだ。


 そして今日もまた、夕飯の買い出しに商店街へ繰り出す。今日私と同行してくれているのは青兎様なのだが、彼は本当に町の人たちからの人気が高い。青兎様と共にいる時は、こうして呼び止められることが多々あった。


「皆さん、こんにちは。お変わりないですか」

「お陰様で!腰の調子もだいぶ良くなってきてね〜!」


 あっという間に奥様方に囲まれてしまった青兎様。こうなるのもいつもの事で、しばらくは解放されないのも知っている。当然、みんなが用があるのは青兎様なので、私は蚊帳の外。目立たない所でボーッと立ちながら、青兎様たちの会話を待つのがお決まりだ。


「この間ここで買い物してたら、見かけた青兎様が家まで荷物を運んでくれてね〜!」

「まあ、そうなの?良い男は気も利くのねー!」

「いや、そんな大袈裟なものじゃないですよ。腰を痛めてるみたいだったので」

「おまけに謙虚なんだから!」


 おばちゃんの力というのはどの時代も健在で、次から次へと色んな話題が飛び出してくる。私にもあれだけの話術があれば、もう少し色んな人と打ち解けられるのかな………なんてぼやいていたら、白鹿様に「菖蒲ちゃんもいつかああなるよ」とか言われて、よく意味が分からなかったのだが。


 とにかく女性人気の高い青兎様は、こうしてすぐに囲まれて、楽しそうに世間話を交わす。飛び交う言葉は、どれも青兎様を褒め称えるものばかり。私の夫も見習って欲しい、とか、うちの娘どう?とか、それはもうすごい人気っぷりだ。そして青兎様もまた上手いもので、そういった言葉を、相手を褒めながらも上手く交わすのだ。その度に奥様方は、きゃー!と嬉しそうな黄色い悲鳴をあげる。


 比べるものではないが、青兎様のその人気ときたら、黒馬様や白鹿様、紫狐様には無い白熱ぶりであった。他の黒馬様たちは、どちらかというと睨まれることもあって(これは本人たちの振る舞いや少し荒っぽい部分のせいでもあるのだが)、こういった周囲の評価から見ても、青兎様は凄く優しい方なのだと分かる。


(私と初めて会った時も、唯一青兎様だけは話しやすかったしな………)


 思い出すあの日。黒馬様と白鹿様と紫狐様は、隠すつもりのないあの敵意をガンガンに私に投げ付けてくる中で、唯一柔らかな雰囲気だったのが青兎様だ。今となっては全員打ち解けているものの、あの頃は何かあればとりあえず青兎様に、という程だった。それは紛れも無く青兎様の良い所で、素敵な部分だと私は思っている。


 しかし。


「アレ、アイツの悪い所でもあるんだよな」


 いつの日か、町の人に囲まれて蚊帳の外だった私たちの中で、ポツリと黒馬様がそう漏らしたのを覚えている。黒馬様は何故か、青兎様のその優しさを『短所でもある』と言っていた。その時の私は、その言葉をあまり深く考えてはいなかったが、何故か今になってふと思い出していた。どこが悪い所、なのだろうか。優しいというのは、誰にでもなれるものではない、素晴らしい性格だと思うのだが。


「ごめん、待たせちゃったね」

「………青兎様」


 気付けば、私が思考を遠い彼方へ飛ばしている内に、当の本人は私の目の前へと戻ってきていた。あれだけ囲まれていたというのに、今はもう1人もその場に残っていない。楽しい井戸端会議を終え、解散したのだろう。


「いえ、もう大丈夫ですか?」

「うん。買い物の続き、しようか」


 そうして再び並んで歩き出す2人。特に深い意味もなく、他愛無い会話の1つとして、私は口を開く。


「青兎様は優しいから、いつも人気者ですね」

「……………」


 しかし、その言葉と共に彼の顔を見上げた私の瞳には、何処か意味深に押し黙る横顔が映る。私の言葉に大した返事は無く、何かを考え込んでいるような、苦い表情を一瞬だけ浮かべて、パッといつもの優しげな微笑みを作った。


「………そんなことないよ」


 私はそこで漸く気付くのだ。青兎様、今何か気持ちを隠した。


 もう、私にだって分かるようになった。彼らが本当に心からその言葉を発しているかどうか。今そのお顔に貼り付いた笑顔が、本心のものかどうかくらい、見抜けるんです。


 でも、私は敢えてそれ以上は言わなかった。隠すということは、私には本心を言えないということ。言えないことを無理矢理引き出そうとするのは、青兎様にとって辛いものかもしれない。そもそも人付き合いというものをまともにしてこなかった私には、どこまで人の心に踏み入っていいものか、まだ掴めずにいた。












「ふーん。町中で、ねぇ」

「そんなのいつもの事じゃねぇか。特に気にする必要あるか?」


 買い出しでの出来事を、帰った後早速黒馬様たちに報告する。今は丁度青兎様のみがこの場を外していて、いい機会だと思ったからだ。あの時私が若干感じた違和感………、それを相談せずにはいられなかった。紫狐様は、一連の出来事を『いつものこと』と言っているが、私はそんな簡単には片付けられなかった。確かに青兎様の行動自体はいつもと変わらぬものだが、私の言葉を受けた時のあの表情。何かが引っかかる。


「前に黒馬様は、青兎様の優しい性格を悪い所だとおっしゃっていましたよね」

「………そうだな」

「それは、一体どういう意味なのですか?」


 今更思い出して気になった事を問いかけてみる。これに関しては白鹿様も紫狐様も思うところがあるようで、みんな神妙な顔付きになった。やっぱり、悪い所だと言わしめる理由があるんだ。


「アイツ、優しすぎるんだよ」

「優しすぎる?」

「まあ、言い変えれば気が弱いって事かな」


 疑問符を浮かべる私に対し、黒馬様に代わって白鹿様が付け足してくれた。


「八方美人っていうかなんて言うか………。どんなに嫌なことや、理不尽なことも、頼まれると断れねえんだよ」

「兵舎にいた頃も、先輩とかに雑用押し付けられたりしててさ。確かに嫌われはしないだろうけど、あれじゃただの便利な道具だよ」


 それはまるで、かつての私のような話だった。勿論、今も全部が改善された訳ではないが、私自身は少しずつ変わろうと意識している段階だ。


 町の人たちに嫌われて、誰もやりたがらないような事や、嫌な仕事も押し付けられてきた。そして私もそれを、はっきりと断ることができず、これが私の役目なのだと我慢して受け入れてきた。そんな過去の私と、今の青兎様の話が重なって、他人事には思えなかった。私は、青兎様の気持ちが分かるような気がする。自分が我慢すれば丸く収まる、面倒事にはならない、と思うと、どうも自身を犠牲しがちになってしまうのだ。


「嫌われるのが怖い。本当は誰よりも気が弱いヤツなんだよ」


 ここにきて初めて聞く青兎様の話。私の中で様々な感情が渦巻いて、ここにはいない青兎様に想いを馳せていた。

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