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軍人というより、王子様のようで

「責任取ってくれよ!!」


 私たちに、平和な1日というものは無いのだろうか、と思うほどに、揉め事は次々とやって来る。黒馬様と白鹿様が裏でとある宣戦布告を行なっていたとはつゆ知らず、私たちはいつも通りの朝食を終えた。昨日の今日だったので色々心配ではあったが、食事中はむしろかなり平和で、いつも通りの光景が広がっていた。黒馬様に対して刺々しかった白鹿様も、何かスッキリ切り替えたのか、普段の様子に戻っていたように感じる。黒馬様のお父様の件はまだ解決していないが、束の間の平和な時間………と安心するには、まだ早かったようだ。


 朝食を終えた後、寺に響いたのは冒頭の怒鳴り声。声の主は、町に住む1人の男性だ。隣にはどんよりと沈み込む奥様らしき女性。2人してここへやって来た後、理由も詳しく語らないままに、私を呼び出したのだった。


「一体何事ですか」

「何事もクソもあるか!このぼったくり厄病神め!」


 聞けば、こうだ。男が仕事で留守の間、家に神職を自称するとある男が訪ねてきたのだそうだ。それに応じたのが、留守番をしていた奥様。何か用かと尋ねると、「この家には悪しき霊が憑いている」とのこと。そしてその霊は数年の内に、貴女や貴女の大事な人に災厄をもたらすだろう………という、何とも胡散臭い話だ。しかし奥様は気弱な方らしく、そのインチキ神職男を追い返せなかったらしい。あれよあれよという間に、法外な値段でお札を買わされてしまった、というのが、事の顛末だ。


「この札は返す!!だから金を返せ!!」


 一応言っておくが、その札を売り付けたのは私ではないし、和尚様でもない。この町に私たち以外の神職者はいないので、恐らくよその土地から来た者か、神職という事すら嘘の詐欺師か。しかしこの2人………とくに男性の方は、同じ神職者だからという理由で私の元を訪ねて来た。神職者の尻は神職者が拭け、と言いたいのだろう。


「その札を売り付けたのは私ではありません。押し付けられても困ります」

「うるせぇ!困ってんのはこっちなんだよ!あのお金は、生活に必要なお金だったんだ!」


 だとしたら、奥様も何故そんな簡単に払ってしまったのだ。嫌なものは嫌だとハッキリ言わなければ………と考えたところで、正直それは私にも当てはまるか、と自嘲してしまった。きっとこの場も、私がやってもいない罪を認めてお金を渡せば丸く収まるのだろう。しかしそれは、この奥様と同じ。違うものは違うと主張することが大事なのは、黒馬様たちに教えてもらった。


「とにかく、私に言われても困ります。まずは警察に相談して、その神職者とやらを………」

「つべこべ言わずに金を返せって言ってんだ!この、インチキ巫女が!!!」


 すっかり冷静さを失っている男は、一向にお金を返そうとしない私を見て、いよいよその右手を大きく振り上げた。殴られる、と反射的に閉じた目。そして、バチンと結構な勢いで響いた、乾いた音。しかし痛みは無く、明らかに殴られたような音がしたのに一体どういうことかと、恐る恐る目を開いた。


「は、白鹿様………!!」

「やれやれ………。眠気覚ましには丁度いいくらいかな」


 私と男の間に割って入っていたのは、白鹿様だった。白鹿様は、私の代わりに左頬に1発、なかなか派手なものを貰っていて、呆れたようにそこを摩っている。


「あまり騒ぎ立てるようなら、警察呼ぶよ」

「チッ………、軍人か………!」

「これ以上面倒事にしたくなかったら、大人しく帰りな」


 私にはあれだけ食ってかかる勢いだった男は、白鹿様の姿を見るなりすっかり大人しくなってしまった。軍人という職業は、それだけで圧を放つものらしい。言われるがまま、渋々といった様子で奥様を引きずって帰って行く男を、私は呆然と見守っていた。


「何かされてない?菖蒲ちゃん」

「わ、私は何も………!それより白鹿様の方が………!」

「こんなの平気だよ。兵舎にいた頃は、教官に本気で殴られてたから」


 素人の平手打ちなど、彼ら軍人にとっては痛くも痒くもないようだ。白鹿様はあっけらかんとした様子である。それよりも白鹿様には気に食わないことがあるようで、眉間に皺を寄せながら私を睨んだ。


「1人で対応するなって、黒馬にも言われてるでしょ」

「それは………、私のお客様だったので………」

「菖蒲ちゃん宛の客なんて、確実に悪意を持った奴しかいないんだから」


 それは流石に言い過ぎなんじゃ………、と反論しかけて黙る。白鹿様は本当に私のことを心配して言ってくれているのだ。今のだって、白鹿様が間一髪のところで駆け付けてくれなかったら、殴られていたのは私だっただろう。彼らは、自分が殴られるのは良いのに、私が殴られるのは許さないという、本当に優しくて、お人好しな人たちなのだ。


「ただでさえ、赤熊にやられた傷が残ってるのに。これ以上怪我されたら僕たちの仕事が増えるでしょ」

「ご、ごめんなさい………」

「もっと頼ってよ。菖蒲ちゃんを守るのも、僕たちの大事な仕事の1つなんだからさ」


 まだ若干腫れの残る私の頬に、白鹿様の優しい手が重なった。昨日ここへ帰って来た時、青兎様が簡易的な治療をあちこちに施してくれたが、まだ鈍い痛みや腫れは残っている。


『………俺たちがいながらこんな怪我をさせちゃって………』

『そんな………、青兎様のせいじゃ………!』

『………すごく悔しいよ。守れなくて』


 手当してくれた時、青兎様もそんな事を言っていた。みんな、私を全力で守ろうとしてくれる。それが嬉しいのと同時に、少し擽ったいような気もして。


(やっぱり私も………、皆さんを守りたい)


 みんなが私を守ってくれるように、私もみんなを守りたい。例えば彼らにも、弱みはある。同じ軍人相手だと、階級で上下が決まってしまうので、立場があるみんなは言いたいことを言えない時がある。それは、赤熊様や、黒馬様のお父様と対面した時に私が感じた事だ。そういう時に、今度は私が守ってあげたい。自分の運命に何も言い返せずにいた私を、みんなが救ってくれたように。















 その日の午後。夕飯の買い出しにと町に繰り出していた私は、同行する紫狐様に急に肩を抱き寄せられた。密着する肌に熱は急上昇し、何事かと彼を見上げる。しかし紫狐様は私とは違い、どこか険しい顔付きで周囲を警戒していた。


「紫狐様………?」

「………アレ、知り合いか?」


 アレ、と顎で指された方を見る。明らかに敵意の籠った目でこちらを睨む、複数の男たちの姿。関わりは無いが、町中や巫女神楽の時に何度か見かけたことがあるような気がするので、恐らくはこの町の人たちだと思う。中には、今朝寺に怒鳴り込んできたあの男性の姿もあって確信した。


「あの人………、今朝お金を返せと訪ねてきた人です」

「白鹿が言ってた奴か」


 男たちは木の棒やら何やら、それぞれ物騒な物を片手に物陰に立っていたが、紫狐様の姿を見るなり忌々しそうに姿を消した。どうやらお札を売り付けられた件、相当根に持っているようだ。もしかして私がお金を払わない限り、永遠と付き纏うつもりだろうか。


「着いて来て良かったぜ」

「紫狐様がいてくれて助かりました。彼ら、軍人様がいると手出しできないようなので」


 軍人には敵わないということは、素人の彼らでも分かっているらしく、私が1人でない限りは手出ししてこないのだろう。まだ怪我が完治してないし、今朝のこともあったから、と心配して紫狐様が買い物に着いて来てくれたのだが、結果的に正解だったようだ。1人だったら今頃どうなっていたか………。


「しばらくは1人で行動すんなよ。必ず誰か連れていけ」

「………………」

「………何だよ、そんな人の顔じろじろ見て」


 赤熊様との一件以来、少しみんなが過保護になっているような気はするが、ちょっと嬉しいなと感じるのは、間違っているのだろうか。誰かに守ってもらう、という経験が今まで無かったので、この感情が正解かどうかは分からないが、こういう時に何て言えばいいのかは、私でも知っている。


「………ありがとう、紫狐様」

「…………!」

「じゃあ、お言葉に甘えて………。傍にいてください」

「………あ、当たり前だ、ばか!」


 耳まで真っ赤にした彼は、私から顔を背けながらも、空いていた私の右手を取ってギュッと握りしめて来た。本当に、不器用で優しい人だ。

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