一難去ってまた一難
初めてお会いする黒馬様のお父様は、やはり赤熊大佐と出会った時同様、特別な雰囲気というか、威圧感というか、近寄りがたいものを醸し出していた。胸元に光る階級章のせいだろうか。それともその人が元々持っている雰囲気なのか。大佐という階級がぴったり似合う、なるべくしてなったような人だと感じた。
「巫女様、お初にお目にかかります。黒馬と申します」
黒馬大佐は、私に向かって軍帽を取り深々と頭を下げた。それを見た私も慌てて頭を下げる。大佐ともなればなかなかの立場の人の筈なのに、黒馬大佐はなんの躊躇もなく私にへりくだった。
「あ、菖蒲と申します!初めまして」
改めてマジマジと黒馬大佐を見上げる。黒馬様は………、お母さん似なのかな?あまり似てないように感じるが、漆黒のような髪の色や、切れ長の目は確かにお父様譲りでもあって、声も私からするとそっくりだった。横にいる黒馬様本人にちらりと視線を投げると、どことなく居づらそうな気まずい表情を浮かべていて、余程父親との邂逅が嫌だと見える。
「息子は如何ですか。何か失礼を働いてはいないでしょうか」
「と、とんでもございません!とても良くしてくださっています」
「そうですか。まだまだ青い子供ですから、何かあれば厳しく言ってやってください」
「そ、そんな………」
隣の黒馬様は、父親に勝手にそんな風に言われてますます眉間に皺を刻み、ケッと悪態をついていた。どうやらお父様のこういった部分が、黒馬様にとっては嫌に思う理由の1つらしい。黒馬大佐は、私から黒馬様に視線を移すと、私に対する表情から打って変わり険しい顔つきになった。
「お前たちがいながら巫女様を危険な目に晒すとは」
「………申し訳ありません」
「やはりお前にこの任務は荷が重すぎたか」
「……………」
父親からの言葉を受けた黒馬様は、息子としてでなく、部下として返事をしていた。大佐の言葉は黒馬様だけでなく、白鹿様や紫狐様、青兎様にも向けられている。一喝されたみんなは、申し訳ありません、と返事をして姿勢を正していて、それだけでも、黒馬大佐が改めて偉い人なのだと実感させられる。大佐は黒馬様を意味ありげに見下ろした後、再びその口を開き、
「軍に戻れ」
「は?」
「お前のような未熟者に、儀式の相手役など無理だったのだ。私が受け持つ兵舎へ連れて帰る」
「な………、何を言って………」
大佐は自分の息子に対してはっきりと、そう告げたのだった。私は勿論、白鹿様たちも、言われた本人である黒馬様自身もぽかんとして固まった。連れて帰る、というのは、文字通りの意味、だろうか。いや、それ以外の意味など考えられないか。大佐は黒馬様をこの儀式の任から解き、軍へ連れ戻そうとしている。それはつまり、またしても私たちに訪れた別れの危機ということだ。
大佐の言葉を飲み込めないまま、やがて、警察の人や軍の人たちが、赤熊と赤熊の部下たちを連行して、民宿から去って行った。騒ぎによって荒れた民宿も、軍が補償するとのことで、これで無事一件落着となるだろう。大佐もそれらを見届けた後、早々に自分の仕事場へ戻るとの事で、改めて黒馬様に向き直った。
「お前は私が連れて帰る。今回の件も合わせて、お前の儀式の任を解く旨を上に報告する」
「ちょっと待ってくれ。勝手な事言ってんじゃねえぞ親父」
「お前1人が抜けたところで、儀式の相手役にはまだ3人残っている。何の問題もない」
「そういう問題じゃねえよ!」
「お前が儀式に選ばれたと聞いた時から、お前にはまだ早いと思っていたのだ。やはり私が1から鍛え直す必要がある」
「勝手な事言ってんじゃねぇ。俺は絶対に戻らねぇ!」
黒馬様が何を言っても、どんどん一方的に進んでいく話に、黒馬様の語気にも焦りが混じる。それを見ていた私たちも動揺し、あまりに急で強引な展開に、思わず口を挟まずにはいられなかった。
「ま、待ってください!黒馬様は何度も私を助けてくださいました………!今回だって、黒馬様がいなかったら私は………!」
「事が起こる前に防がなければ意味がありません。巫女様を危険な目に遭わせたのは、全て私の息子の甘さ故」
「そんなことは………」
「そもそもコイツの未熟さ加減には前から考えさせられていたのです。巫女様が何か責任を感じることはありません」
やはり私が何を言っても聞く耳持たずといった様子で、大佐の考えは変わらなかった。やっと赤熊様との事が終わったというのに、今度は黒馬様が連れて行かれそうになるなんて。ただ茫然と立ち尽くす私たちを後目に、大佐は踵を返した。
「今日はこれで一度軍へ戻るが………。上からの許可を貰い次第、お前を迎えに来る」
「…………」
「そんな………」
「それまでに荷物を纏めておくことだ。帰ったらその根性から矯正してやる」
そして、大佐が来るのを待っている部下の軍人たちの元へ歩いていくその背中へ、改めて黒馬様は語気を強めて言った。
「………昔からそうだ。親父は、俺やお袋の気持ちなんて考えずに、一方的に全部決める」
「……………」
「自分勝手なテメェが、昔から大嫌いだった!」
「…………そうか。お前のそういう所が、甘くて子供だと言っているんだ」
「うるせぇ!俺は絶対にお前の言いなりになんかならねぇ!」
黒馬様も黒馬様で、父親にそれだけ言い放つと、大佐を最後まで見送ることなく歩き去ってしまった。まるで今までずっと抱えていた、父親への鬱憤を吐き出すかのように、その言葉には恨み辛みが込められていたような気がする。大佐はそれらの言葉を受け止め、今何を考えているのか。無表情のまま、去っていく黒馬様の背中をしばらく見つめた後、残された私たちに一度会釈をして、帰って行った。
「黒馬と黒馬のお父さん、昔からなんか確執があるというか………。軍で顔を合わせても親子らしい会話なんて1つもないし、仲の良い親子って感じじゃ無かったんだよね」
「………そう、だったんですか………」
みんなで寺へと帰る道中、白鹿様がそう教えてくれた。黒馬様は、父親が大佐という階級でありながら、赤熊親子のような親の七光りを受けることなく、自力で地道に軍での経験を積んでいたらしい。それは、黒馬大佐の、息子に敢えて厳しくするという教育方針と、黒馬様自身もそれを望まなかったかららしい。そこに関しては立派なことなのだが、黒馬様には意地のようなものも窺えたと、青兎様は言う。
「黒馬は特に、父親に対して反抗的というか………。大佐もあんな感じだからかもしれないけど、過去に2人の間に何かあったのかなって。聞きにくいから、あくまでも俺の予想だけどね」
「ま、親子関係のことは俺たちには関係ねぇし、変に首突っ込まれても黒馬だって嫌がるだろ」
敢えて黒馬様の家族事情に関して触れてこなかったのは、みんななりの気遣いのようだ。確かに、黒馬様が父親と何か確執があろうが、私たちに出来ることは少ないだろうし、本人たちもあまりズカズカと踏み込まれるのは望んでいないだろう。しかし、今こうなってしまった以上、黒馬様たちの事情だからー、と知らんぷりしている訳にはいかない。このままでは、黒馬様は軍に連れ戻されてしまい、私は彼に2度と会えなくなってしまうかもしれないのだ。
「………どうにか、してあげられないのでしょうか」
立ち止まって、ポツリと呟く私に、3人は足を止めて振り返った。黒馬様は軍へ戻ることをはっきりと嫌がっていた。だったら、何とかしてあげたい。黒馬様の意思を尊重したい。
「………菖蒲様」
「菖蒲ちゃんはさ」
白鹿様が、そんな私に問いかける。ゆっくりと顔を上げた私に降り注ぐ、白鹿様の意味深な瞳。
「菖蒲ちゃんは、黒馬に軍に戻ってほしくないの?」
「え………?」
「黒馬と別れるのは嫌?」
どうしてそんな事を聞くのか。まるで白鹿様は、このまま黒馬様が軍に連れ戻されてもいいかのような………。
「なんでそんな事を聞くのですか」
「別に深い意味はないよ。僕たちは同じ軍人だから、正直黒馬がどうなっても会おうと思えば会えるし、どっちみちいずれは軍に戻るからね」
「そんな………、じゃあ白鹿様はこのまま黒馬様が連れて行かれてもいいんですか………!?」
「………それで菖蒲が黒馬を忘れてくれるなら、それもいいかもね」
え、と、乾いた空気が口から漏れる。何を冗談を、と言いかけて、それを飲み込んだ。何故なら白鹿様は、至って真剣な表情でこちらを真っ直ぐ見ていて、とても冗談を言っているようには思えなかったからだ。




