見透かす瞳と付いた嘘
「久しぶりだな」
「………お久しぶりです、父上」
すっかり日が昇り、町にはいつもと変わらぬ朝がやって来た。私たちを除いて。朝日を背に、久々に邂逅したと思われる黒馬親子は、どこか親子らしからぬぎこちなさを孕んでおり、何とも言えない空気感を漂わせていた。
騒動の舞台となった民宿には、警察と軍関係者が集い、店主夫婦も事情聴取に巻き込まれていた。当然、その発端となった私たちも色々なことを聞かれ、未だに解放されないままでいる。2階の一室で抜け殻のようになっていた赤熊様は軍によって保護され、黒馬様の父親である黒馬大佐の元、処分が下されることとなった。どういった処分かは、軍に帰ってこれから検討するらしい。
「菖蒲~………ほんとに無事でよかった~………」
「霞様のお陰です。霞様がここを通りかかってくれたから………」
「たまたまなんだけどね………。見知った顔が取り囲まれてるし、菖蒲はなんかぼこぼこにやられてるしで、私………」
事が落ち着いてやっと再会することができた霞様は、私の身を案じてワンワンと泣いてくれていた。そんな霞様を抱きしめて宥めながら、感謝の言葉を伝える。あの時霞様が通りかかっていなければ、状況は苦しいままだったかもしれない。偶然の産物かもしれないが、霞様は間違いなく功労者であった。
そして。
ちらり、と黒馬様の方へ視線を移す。一度赤熊様に連れ去られた時も、この民宿での出来事も、全てから私を助け、守ってくれた黒馬様。彼は今、軍から派遣されてきた自分の父親となにやら難しい顔をして話し込んでいる。改めてちゃんとお礼を伝えなくちゃ、と思っても、何故だか変に意識してしまって、黒馬様を直視できない自分がいた。
(私………、黒馬様と………)
蘇るのは、黒馬様と交わした口づけ。ほぼ黒馬様からの強引な行為ではあったが、私自身も決して心から嫌だとは感じていなかった。赤熊様が口づけしようとしてきた時は、全力で拒否したし好きでもない人としたくない、と心が拒絶していたのに。それはつまり、私も黒馬様とならそういうことをしてもいいと思っているという事なのだろうか。ということは、私は、黒馬様のことが………。
「菖蒲?どうかしたの?」
「………!!」
急に押し黙ってしまった私を不審に思った霞様が、心配そうに顔を覗き込んできた。やっぱり傷が痛む?と不安げな表情を浮かべる霞様に、私は慌てて取り繕う。正直、まだ自分の気持ちがはっきりと分からない。恐らく今ここで考え続けても、結論は出ないような気がした。確かに黒馬様のことは大切な人に違いないが、この感情を恋愛感情だと決めつけるには、判断材料が少ない。恋など無縁の人生を送ってきた私にとって、どこからが恋なのか、まだ理解することができなかった。
「ご、ごめんなさい。少し考え事を………」
「菖蒲ちゃん」
そんな私の言葉を遮って名前を呼んできた、もう1つの声。振り返ると、ようやく軍の事情聴取から解放されたのか、白鹿様が立っていた。
「白鹿様、もう事情聴取は終わったのですか?」
「うん。他のみんなはまだ色々聞かれているみたいだけど。霞ちゃんも、さっきはどうも。お陰で助かったよ」
「ううん………、みんなが無事でよかった」
霞様へのお礼を伝えた後、白鹿様は改めて私を見つめた。その瞳は、何かを探るような、しかし迷いもあるように思えた。何かを私に確認したいのに、それを躊躇っている………そんな風に見える。
「菖蒲ちゃん」
「はい?」
「1つ聞きたいんだけど」
「はい、私に答えられることならなんでも」
信頼する白鹿様からの質問ならば、何でも答えるつもりなのは本心だ。私が彼からの質問を受け付ける体勢をとると、それでも白鹿様はどこか聞きにくそうにしばらく言葉を濁していた。こんなにはっきりしない白鹿様は珍しいかもしれない。彼はどちらかというと、言いたいことははっきり包み隠さず伝える人だ。何かよっぽどの事なのだろうか。
「黒馬のことだけど」
「!!」
そして白鹿様の口から出てきた、黒馬という名前に、私は過剰な程に肩を震わせて反応してしまった。まるで親に悪いことをしたのがバレた子供のように、私の反応は不自然で、如何にもだっただろう。そんな私を見た白鹿様は確信を得た表情を浮かべ、鋭く問い詰めるように私を見つめる。
「その反応………。やっぱり黒馬と何かあったんだね」
「い、いえ………、そんな………」
「何があったの。黒馬に何かされた?」
白鹿様が何故、私と黒馬様の間のことを気にしているのか、初めての経験だらけの私にはさっぱり分からなかった。聞かれれば聞かれる程怪しい返事をする私に対し、白鹿様が怪しむように余計に距離を詰める。その場にいた霞様はもっと状況が分からない筈なのに、何となく察しがついたのか、女の勘が働いたとでもいうのか。何故かすっと私から離れて、意図的に私と白鹿様の2人きりの状況を作り上げていた。
「僕には言えないようなこと?」
「な、なにもありません………!決して黒馬様とは………」
「嘘」
白鹿様の手が、私の肩を掴んだ。小柄に見える白鹿様の体も、こうして近くで見るとしっかり男性の体付きをしていて、私よりも大きい。改めて感じる白鹿様の男の部分を変に意識してしまって、心臓が妙に音を立てる。真剣な表情でこちらを見下ろす瞳が何故か見れなくて、ただ目を逸らすことしかできない私を、彼はどこか苛立ったように肩を掴む手に力を込めた。私、やっぱり変だ。黒馬様との事があってから、何だか感情が忙しくて、訳が分からなくて………。
「菖蒲、なんで俺の目を見れないの」
「…………っ」
なんで、白鹿様の目が見れないんだろう。………ううん、本当は分かってる。白鹿様に嘘をついているという後ろめたさのせいだ。彼の目を見たら、全てを見透かされるような、そんな気がする。だから、見れないんだ。それに、なんで私は黒馬様との出来事を咄嗟に隠しているのだろう。別に、白鹿様に本当のことを言ったところで、何の問題もないはず。「口付けをされたんです」と言えば、それで終わる。なのに、何故か私は本能的に『言ってはいけない』と感じた。だから変に誤魔化してしまった。頑なに口を開こうとしない私を見て痺れが切れたのか、白鹿様は何か苦しいものを吐き出すかのような切ない表情で、その口を開いた。
「菖蒲」
「………白鹿様………?」
「俺は………」
「何してんだ、白鹿」
白鹿様が何かを言いかけた時。またしてもそれを遮る第三者の声。
「………黒馬」
「何菖蒲に詰め寄ってんだ」
いつの間にか父親との会話を終えて、私たちの元へやって来ていた黒馬様を、白鹿様は複雑な表情で見つめていた。いや、むしろ睨んでいる、と言っても過言ではない。黒馬様はそんな白鹿様の視線を受け止めながら、困り果てている私に助け船を出してくれた。
「………別に。黒馬には関係ないよ」
「…………」
「あ、あの………」
何だか険悪とまではいかないものの、微妙な空気が流れているのを感じて、戸惑いながら口をはさむ。黒馬様と白鹿様の間に会話は少ないが、お互い腹の底を探り合うような、そんな居心地の悪い雰囲気が漂っていた。
「俺の親父が呼んでる。1回集まってくれ」
「………分かった」
「菖蒲も、親父が会いたがってる。少しだけ時間をくれるか」
「勿論です」
結局それ以上の会話はなく、私たちは黒馬大佐と呼ばれる、黒馬様のお父様の元へと急いだ。気になることは沢山あるけれど、これ以上は聞いてはいけない。いや、聞けない………。前を歩く2人の背中を見つめながら、私は胸のモヤモヤを抱えたまま霞様に別れを告げた。
白鹿様は、私に一体何を言おうとしていたのだろう。




