強引過ぎます!
一気に騒がしくなった民宿一辺は、まさに乱闘とも言える状況になっていた。黒馬様が赤熊の部下1人を呆気なく気絶させたところから、ずっと不利に追い込まれていた黒馬様たちの立場が逆転した。動揺し混乱する十数人の軍人たちを他所に、黒馬様の後に続いて白鹿様や紫狐様、青兎様が、自分の周囲の男たちを鮮やかな手付きで捌いていく。
「黒馬、行って!」
「…………!」
「ここは俺たちで何とかするから!」
菖蒲ちゃんをよろしく、とだけ言い残した白鹿様。黒馬様はその言葉を聞くと、決意したように民宿の建物の中へと走って行った。その一部始終を見ていた赤熊は、今までの余裕っぷりがどこかに吹き飛び、クソ、クソ、と汚い言葉を乱発するようになった。珍しく取り乱す赤熊を、横でただ静かに見つめる。
「どいつもこいつも邪魔しやがって………!!!俺を誰だと思っている!!!」
「赤熊様、大人しく観念しなさい。もうすぐ黒馬様がこの部屋に来ます。そうしたら………」
「うるさい!!!凡人の女が俺に口出しするな!!!」
感情的になる赤熊様は、痛みで動けない私を畳に放り投げ、その上に覆い被さった。私の上に落とされる赤熊の影。抵抗したいのに体は思うように動かなくて、ただ目の前に迫る赤熊に嫌悪感が走る。この期に及んでも、自分の野望を諦めきれずにいるなんて。
「そもそもお前が大人しく俺に従わないせいだ!!!」
「離して………っ!!」
「よく考えろよ菖蒲………。俺の父親は大佐だ。お前の大事なあの黒馬や白鹿、紫狐も青兎も、俺が親父に適当なことを言えば、簡単に処罰できるんだぞ!」
「…………っ!」
やはり権力というのは、どうにも足掻く事ができない、絶対的な力を持っているのだろうか。どう考えても悪は赤熊の方なのに、赤熊の父親が少し偉いからと言うだけで、私たちは手も足も出せない。私の身に危険が及ぶだけならいい。でもその牙が、黒馬様たちに及ぶとしたら………。私は、その方が耐えられない。私のせいで、彼らの未来が奪われてはならないのだ。
「早く言え!アイツらを救いたいなら、お前が俺のものになるしかないんだ!」
「……………………」
「そしてお前の口から、アイツらに別れを告げるんだ。私は赤熊様と一緒に行きます、さようならと!黒馬がここに来たらそう言うんだ!!」
赤熊の手が私の胸ぐらを掴んで、前後に激しく揺さぶった。その動きすら傷に響いて、痛みに顔を歪める。私がたったその一言、赤熊と共に行くと言えば、黒馬様たちの立場は守られる。今までと何一つ変わらない生活を送れる。彼らとお別れになるのは辛いし、赤熊と共に行かなければならないのは悔しいけど、黒馬様たちが無事に、平和に生きていてくれるというのなら、それだけで私は………。
「菖蒲!!!」
「黒馬様…………」
黒馬様がこの部屋に辿り着いた時、私は再び黒馬様と対峙した。赤熊は部屋の隅で、事の成り行きを静かに見張っている。ほぼ脅しとも取れる取引を、私は再び飲もうとしていた。そしてその雰囲気を、黒馬様も感じ取っているようだった。
「………菖蒲。今度は赤熊に何を言われた?」
「く………、黒馬様、ごめんなさい、私………」
「聞きたくねぇ」
その言葉を言うことを渋る私に、黒馬様は遠慮なくズカズカと部屋に足を踏み入れた。踏ん切りが付かない私と、そんな私を説得しようとする黒馬様。私たちの様子にもどかしくなった赤熊が動く。
「それ以上菖蒲に近づくな!!」
「テメェが馴れ馴れしく菖蒲って呼ぶんじゃねぇ!」
赤熊様が怒鳴って懐から拳銃を取り出しても、黒馬様はちっとも怯まなかった。遂に私の目の前までやって来た黒馬様は、私の頬を優しく撫で、垂れる髪を耳に掛けてくれた。露わになる腫れた私の頬を見て、何故か黒馬様はより一層眉間に皺を寄せて、怒りの感情を募らせる。
「………痛かったろ」
「そんな………っ、私より、黒馬様の方が………!」
黒馬様の左肩は、赤黒く変色している。先程撃たれた時の傷だ。殴られただけの私の傷なんかより、こっちの方がよっぽど重傷なのに。何でか私が泣きたくなって、ジワリと目に涙が浮かんだ。私のせいで、こんな怪我を………。、
「黒馬様、私やっぱり決めたんです」
「………………」
「私、みんなを守りたい。私のせいでみんなが傷付くところなんて、見たくない………」
私がただ一言、別れを告げればそれで全てが終わるんだ。
「私、赤熊様と……………っ!」
その後のことは、まるで時が止まったかのように長くて、無音で、何が起こっているのか理解できなかった。黒馬様は私の腕を力強く引き、バランスを崩す私の唇を、まるで言葉を飲み込むように塞いだのだ。彼の………、その唇で。
見開いたままの私の瞳に映るのは、ただ静かに目を伏せた黒馬様の顔。私、接吻、してる………?黒馬様と………?
本でしか読んだ事ない、恋人同士がする憧れの口付けを、私は今、何故かこの状況で黒馬様と交わしている。確かに、いつかはそういうことを好きな人としたいな、なんて夢にも見たことがあるが、唐突に訪れたこの状況に、胸のときめきよりも何よりも、『今何が起こっているんだろう』という感情の方が勝っている。人形のように動かない、思考停止した私を、黒馬様はようやく唇を離して見下ろした。
「聞きたくねぇって言ったよな」
「な、なな………、くろまさま、いま………」
未だ不機嫌そうな黒馬様。まだ何が何だか分からない私は、ただただ呆然と突っ立っていることしかできなかった。それは、その光景を目の当たりにしていた赤熊も同じようで、ワナワナと肩を震わせて、黒馬様を指差している。
「お………、おまえ………っ、俺のモノに何を………!」
「誰が、誰のものだって?」
「ふ、ふざけるな!!!貴様、舐めた真似を………!!!」
赤熊が黒馬様に向かって引き金を引くよりも早く、黒馬様が銃を赤熊に向けた。先程、赤熊の部下から奪い取ったそれで、わざと赤熊の股間部分を狙って外した。弾丸は、後ろに飾られていた骨董品に当たって砕け、パリンと大きな破壊音を響かせる。恐怖によって動けなくなる赤熊。次第に彼の股間部分は、ジワリとシミを作って、その場に座り込んだ。何とも情けない姿を晒す赤熊を、黒馬様は冷たく見下ろしている。そんな赤熊を見て、これ以上何か良からぬ事を企てることはしないだろう、と判断した黒馬様は、今度は私の方へと振り向いた。
「さて」
「…………?」
「次はお前だな」
「え?」
「お仕置き」
確実に怒っている。いつもは飄々としていて、あまり感情を表に出さない黒馬様が、確実に怒っている………。それが私にはとてつもなく恐ろしく感じた。もしかして私も撃たれて脅されるのではないか?と命の危険を感じる程には、今の黒馬様には凄みがあった。
「あんだけ言っても赤熊のとこに行こうとするお転婆娘には、お灸を据えないとな」
「え………、ま、待ってください、黒馬様!私はみんなを思って………!」
黒馬様は、私の言葉に耳を傾けてはくれなかった。




