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本音を探らないで下さい

 ーーー本気でこの儀式をやるつもりなのか。


 黒馬様の言葉に、私はポカンとしていた。言葉の意味が分からない。いや、正確に言えば、言葉の意味は理解出来るのだが、何故今ここでそんな台詞が出てきたのかという、黒馬様の意図が分からなかった。他の3人も黒馬様と同意見の様で、私を怪訝そうに、いや、嫌そうに………の方が正確だろうか。複雑な表情でこちらを見ている。


「やるつもり…………、というのは………?」

「今日初めましてって会ったよく分からん男と、アンタは子供作れんの」


 私にとってそれは、今更な愚問だった。生まれた瞬間から、私は巫女としての運命を背負い、育てられた。巫女である私に、選択権など無かったのだ。全てにおいて、『昔からの決まりだから』という理由で、それに従う他なく、そこに私の意思など無い。本当はこうしたいのに、こんなのやりたくないのに、という感情は、許されなかった。むしろそれは、私の我儘だとされた。だからこの世継ぎの儀式に関しても、私は何の感情も無く受け入れていた。いや、そうするしか無いのだ。こんなの、もう慣れた。本当に、今更な話なのだ。


「世継ぎの儀式は、巫女にとって大きな仕事の1つです。これを成し遂げる事は偉大な事なのです」

「いや、そうじゃなくて。アンタはそれで良いのかって意味」

「良い………、とは?巫女の血を絶やさぬ、最善の方法なのでは無いですか?」


 私と黒馬様の会話は、一向に噛み合わない。そんな私に黒馬様も若干苛ついているのか、私からの返答に納得いっていないような表情をしている。一体私にどんな返事を期待しているのか。何を求めているのか。分からない。分からないが、彼らの機嫌を損ねてはいけない。人の顔色を窺うことだけは、無駄に上手くなってしまった私は、ただ無表情で色々と考えあぐねた。結果、私が辿り着いた答えは、


「もしかして、私と同衾するのが嫌でしたか?」

「は………?」

「本当は恋仲の相手がいたとか………。でしたら、今からでも私から和尚様に掛け合って、相手を変えて貰える様に頼みましょうか」


 そういう事か。やっと分かった。


 世継ぎの儀式は、他のものと違って、私だけでは成り立たない唯一の儀式。つまり、黒馬様たちだって、やりたく無いのに無理矢理ここへ連れて来られて、拒否権無く仕来たりに従わされているのだ。被害者は、私だけじゃない。我慢しているのは、彼らも同じ。そしてそれが、納得できないでいる。だから私にもそれを求めようとしている………、という所だろうか。私は受け入れることに慣れてしまったが、彼らはそうでは無い。昨日まで、巫女の血の事なんて関係なく自由に生きていたというのに、今日突然巻き込まれてしまったのだ。そういう感情を抱くのも無理はない。そりゃそうだ。好きでも何でも無い女を抱いて、その女との子を作るだなんて。そう簡単に受け入れられる筈がない。………普通ならば。


「何を………」

「良いよ、黒馬」


 しかし、私のその答えが逆に黒馬様の神経を逆撫でしてしまったのか。思わず感情を露わにしようとする黒馬様を制止したのは、ずっと黙って成り行きを見ていた白鹿様だった。相変わらず、この場に似合わないフワリとした微笑みを携えて、私を頬杖をしながら見下ろしている。先程自己紹介を受けた時、優しげな美青年という印象を抱いていたが、その印象はたった今、ひっくり返った。まるで悪代官のような、彼の裏の顔を覗き見たような………。こっちこそが、白鹿様の本性なのかもしれない。


「巫女様をタダで抱けるなんて、僕たちも光栄だよ」

「は………」

「お、おい、白鹿………」

「じゃあ菖蒲ちゃん。今すぐここで脱いでよ」


 え………、という私の声は、声にすらならず乾いた呼吸が漏れた。突然の言葉に、私はこの時初めて、動揺した様子を彼らに見せた。


 ぬ、脱ぐ?ここで?こんな、4人の男性がいる前で?


「は、白鹿様………、一体何を………」

「だって、菖蒲ちゃんは納得してるんでしょ?この儀式のこと。まさか、どうやって子供作るのか知らない訳ないよね?」

「な………、ば、馬鹿にしないで下さい………!」


 フン、と鼻で笑うように私を馬鹿にするその目に、私はカッと頬を赤くした。そしてその勢いのまま、半ばヤケクソのように立ち上がると、己の着物の合わせ目に手を掛ける。


 そうだ、こんな事で恥ずかしがっていたら、儀式もクソも無い。恐らく白鹿様は、私を試しているのだ。本当にその覚悟があるのかどうか。20年という人生を全て町の人々の為に捧げてきた私が、何も知らない軍人の男に試されているというこの状況が、堪らなく悔しかった。こんな事で動揺するような心など、とっくの昔に置いてきたのだと。今更、好きな人とー、なんて、そんな乙女心など、私には、私には………。




「……………っ」




 脱ぐ事は、出来なかった。震える手で力一杯握り締めた部分が、皺になって離される。俯く目線の先には私の足元しか映っていないが、4人の視線が私を射抜くように注がれていることはヒシヒシと感じていた。


「………ほら、本当は覚悟なんてできてない」

「………………」

「まあ1番楽だしね、諦めたフリするの」

「ち、違………っ!」

「脱ぐ事も出来ない半端な臆病者が、巫女だからとか、血の為だとか、大層なこと言うのやめた方がいいよ。………巫女様」


 白鹿様は私にトドメを刺して、そのまま居間を後にした。ぴしゃり、と強く締められた襖に、大袈裟なほどに肩を震わせる。ぐにゃりと歪む視界に、私は必死に唇を噛み締めた。泣くな。絶対に泣くな。泣いたら負けだ。白鹿様に負けるという意味ではない。自分の人生、運命に泣きたくない。


 白鹿様の言葉に、間違いは無かった。私は、諦めた振りをして、自分を守り続けている。嫌だと抗えば抗うほど、逃れられない自分の運命に絶望してしまう。拒む事などできない巫女という人生に、悲しくなってしまう。それによって自分自身が壊れてしまうのではないかと、私はいつしか危惧するようになった。気付けば私は、感情を捨て去り、全てを諦めて受け入れる………、振りをするようになった。そうすれば、絶望しなくて済む。泣かないで済む。無駄な抵抗をする事で疲れるような事も無くなる。戦わなければ負けない。そんな私の本音を、この人たちは見破っていたのだ。


「良かった、菖蒲様もちゃんと人間だったんだ」

「え………?」

「俺たちの前で初めて表情変わったから。もしかして人形なんじゃないかって思ってた」


 青兎様に言われて、私はそこでようやく自分が酷い顔をしていることに気付いた。慌てて涙ぐむ目元を乱暴に拭い、キュッと表情を引き締める。すぐに戻ってしまった顔を見て、青兎様は何故か「おぉー」と感心している。乱されるな、平常心、平常心。私は巫女だ。町の為に、世の為に、いかなる儀式もやり遂げ無ければならない。………普段の私に、戻らなくちゃ。そうして襟を正す私を、未だ納得していない表情で見つめるのが、黒馬様だった。


「いつまでそうやって仮面被ってるつもりだ」

「………仮面などではありません」

「今更もうバレバレだろ」

「今のは………、違います。白鹿様の突然の言葉に少し驚いただけです」

「はぁ?お前な、そんなの通用する訳………」

「まあまあまあ、黒馬。その辺にしてやんなよ。巫女様にだって色々あるんだよ。それこそ、俺たちには計り知れない事がさ」


 青兎様に止められて、ようやくグッと口を噤む黒馬様だったが、それでもまだ何か言い足りない様子だった。このままここにいたら、黒馬様に詰められる。そうしたら、言いたくない、思い出したくない私の本音が、今度こそ溢れ出てしまうかもしれない。そんな危機感に、私は焦り出していた。すっかり居心地の悪い空気になってしまった夕飯は、とてもそのまま続ける気など起きず、私は3人に一方的に「失礼します」と頭を下げ、そこを後にした。白鹿様と同様、ぴしゃんと閉じられた襖の向こうで、ずっと黙って成り行きを見ていた紫狐様が漏らす。


「やっぱあの女嫌いだわ。俺は儀式なんてごめんだ」

「まあ、少しでも本音が見えただけマシだろ。本当に心なんて無いのかと思ってたが、そうでも無さそうだし」

「流石に俺たちも、儀式の為だって割り切って女抱くのは気が引けるしね」

「………少しずつあの仮面を剥ぐ。まずはそこからだ」



 この世継ぎの儀式。本当に成し遂げることが出来るのだろうか。

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