やっと本性を見せてくれましたね
「やあ、いらっしゃい。よく来たね」
相変わらず読めない笑顔を携えて出迎えてくれた赤熊様によって、私は部屋の中へと促された。チラリと部屋の中を見渡すと同時に、小さく匂いを嗅ぐ。不審な物や匂いは感じられない。とりあえず今は部屋に入っても大丈夫そうだ。私は、赤熊様が泊まっているという民宿のその部屋へと足を踏み入れた。
夜の12時丁度。赤熊様と約束した時間通りに、私は町の民宿へ姿を現した。彼はちゃんとここに泊まっていて、私を待っていたようだ。私からの返事を聞くために。
「………1人で来たんだね」
「約束ですから」
赤熊様は赤熊様で、私の周囲を警戒するように見渡した後、人気が無いことを確認してそう言った。約束通り私が単独で来た事が、余程意外だったのだろうか。少し驚いているようにも見える。1人で来るようにと念を押したのは、他の誰でもない、赤熊様だと言うのに。
「まずはお茶でもどう?君の為に、美味しいお茶を淹れて貰ったんだ」
まずは座ってよ、とでも言うように、机に温かいお茶を出す赤熊様。しかし私は、ここで寛ぐつもりなどない。ここへは、あくまでも要件を伝えに来ただけなのだ。なかなか座ろうとしない私を、赤熊様は胡座をかいて、頬杖を付きながら見上げている。その表情は相変わらず飄々としていて読めない。不気味で謎の多い人だ。
「赤熊様。私は、答えを伝える為にここに来ました」
「ちゃんと結論は出たの?」
「はい」
ゆっくりと息を吸う。私のこの答えによって、赤熊様がどう出てくるか。先は読めないが、それに怖がって嘘を言ったって仕方がない。ちゃんと私の想いを伝えるだけ。
「私、赤熊様と一緒には行きません」
「………へぇ。どうして?」
「私には、大切な人たちがいるから」
その瞬間、赤熊様が纏う雰囲気が一気に変わったような気がした。顔こそは笑ったままだが、目が笑っていない。その瞳に見つめられるだけで、息が止まりそうな苦しさを感じる。………ダメだ、負けては駄目だ。堂々と、ハッキリと言えばいい。私は、しっかりと自分の答えを見つけたのだから。
「大切な人って、まさか黒馬たちのこと?」
「はい」
「これは驚いた。この期に及んで、まだアイツらのことを信用するんだ」
「この期に及んだからこそ、あの人たちを、信じたいと思ったのです」
黒馬様たちは、ずっと私を守ろうとしてくれていた。相手は軍や国。自分たちも軍人で、そんなことをしたらどうなるか分からないのに、そんな危険さえ顧みずに、私のことをどうにかしようと、必死に考えてくれている。そんな彼らを私が信じなくて、どうしようというのだ。
「黒馬様たちは、赤熊様が仰るような人たちではありません」
「そんなの、君の前では良いように言うに決まってるよ。現に、彼らは貴女に重大な真実を伝えていなかった。貴女のことを騙していたんだよ」
「それも私のことを考えての事です」
「貴女のことを心から考えているのなら、すぐにでも本当のことを伝えるべきだったと思うけど」
「そんなことは………」
「結局アイツらも汚い人間であり、男なんだよ。貴女を上手く言いくるめて儀式を成功させ、約束された報酬と地位を受け取るつもりだったんだ」
目を覚まして下さい、と赤熊が私の肩を掴んで揺さぶった。彼の表情からは、もう当初の余裕などすっかり消え去っていて、見るからに必死だった。私を何とか説得しよう、黒馬様たちを悪者にしようと、思い付く限りの言葉を幾つも並べる。しかし今の私にとってそれらは、どれも薄っぺらくて、信用するに値する言葉では無い。もう、全てが無駄だった。
「目を覚まして下さい、菖蒲様!彼らとここにいたら、貴女は殺されてしまう!」
「……………」
「僕なら貴女を救える。逆を言えば、貴女を救えるのは僕しかいないんだ!」
「……………」
「菖蒲様!」
「…………いい加減、本当のことを言ったらどうです?赤熊様」
もうこれ以上、彼の陳腐な言葉を聞くのが耐えられなくなって、私はいよいよ彼の核心を付こうとした。ただ静かに、赤熊の瞳を見つめる。嘘と仮面で覆われた彼の物腰柔らかな雰囲気は、そこで漸く、ボロボロと剥がれ出す。ここに来てやっと、私は赤熊の本性と対峙する事となるのだ。
「………全く、どいつもこいつも、僕の足を引っ張って邪魔ばかりして」
「………やっと本当の貴方が見れるのですね」
「ああ、菖蒲様。そんな酷いことを言わないでくださいよ。それじゃあまるで、僕の方が嘘吐きみたいじゃないですか」
戯けたように肩をすくめる赤熊は、今までの紳士的な態度とはかけ離れた、ふてぶてしい笑顔を浮かべていた。いかにもな豹変ぶりに、むしろ感動してしまうくらいだ。彼がずっと仮面を被り、良い人を演じていたことなど分かっていたので、こんな事では驚かない。むしろ想定通りの展開だ。
「黒馬たちに何か余計なことを吹き込まれたのか?それで気分が変わったのか」
「あの方たちは関係ありません。全て私の意思で決めたことです。赤熊様………、貴方と共に行くことはできません」
「………そうですか。それは残念だ」
残念だ、と言いながらちっとも残念そうではないのは、何故なのか。きっとそれは恐らく、赤熊もここまでは可能性の1つとして想定していたからではないだろうか。私の気が変わって、共に行くことを断られる、という可能性を。
黒馬様たちの話によれば、赤熊は相当頭が切れるお方らしい。それも、頭が切れるというのも、悪知恵の方で。彼は自分の計画を遂行するとき、ありとあらゆる可能性を考え、代替案の代替案を考えるのが得意だ。これが駄目なら次はこれを、と冷静にその場を対処することができる。だから、私に断られた場合のことも考えていたはずだ。
「貴方の本当の目的は何なのですか。私を救いたいだなんて、本当はそんな事思っていないのでしょう?」
「そんな………、菖蒲様、僕はとても悲しいですよ。僕はこんなにも菖蒲様のことを思っているのに、そんな風に言われるだなんて………」
「茶番はもういいです。目的を言って下さい。本当のことを言ってくれなければ、私は貴方を信用できない」
「……………」
本当のことを言ってくれるまで逃さない、とでも言うような勢いで、私は赤熊を問い詰める。すると赤熊もようやく観念したのか、呆れたような溜息をつきながら、渋々その口を開く。
「全く、酷い言われ様だ。僕が君を救いたいと思っているのは、本当のことなのに」
「…………」
「僕は君の未来を視る力を使って、この国を乗っ取る。自分の私利私欲の為じゃない、この国を変える為にだ」
こうして語られる、赤熊の壮大で馬鹿げた話は、私には到底理解できるものじゃなかった。彼の『私を救いたい』という言葉は、結局私のことを思っての発言ではなく、自分の目的を叶える為、私のことを利用する為に言った嘘だったのだ。なのに赤熊は、嘘では無いと何度も言い張る。これらは全て、腐った国を変える為、呪われた運命に捕えられた巫女を救う為なのだと。
「僕と君が手を組めば、日本だけじゃ無い。外国、世界全てを支配することができる。支配される側じゃない、支配する側になるんだ………!そうすれば君だって、国に殺されることはない!だって君が支配するんだから!そうだろう?」
「本気で言ってるの………?」
「当たり前だ。僕は巫女の力を使って軍を支配し、日本を支配する。そして君の力で、勝てる戦争だけを外国に仕掛けて領土を広げて、ゆくゆくは全てを支配する王となるんだ!天皇より偉いんだぞ、全ては僕たちの思いのままだ!」
夢を語る赤熊は、その夢を叶えた時のことを想像しているのか、どんどん興奮していき、止まらない様子だった。その異様な姿には、恐怖心すら感じる。まるで人間の皮を被った怪物のようだった。




