現実とは、どれだけ残酷なのでしょう
その御堂は、こんな森の奥深くにひっそりと佇んでいるには勿体無い程に、豪華で煌びやかな造りをしていた。私が普段過ごしている御堂よりも、何倍もしっかりしている。こんな所、滅多に人など来ないだろうに手入れはちゃんと行き届いていて、和尚様が定期的にここへ来ているのだろうか。
中は特に何かがある訳ではなく、空っぽの空間が広がっているだけだったが、何かの儀式に使う様な祭壇と、壁一面にはお経のような文字が刻まれていた。まるでここで何かを鎮めているかのような、不思議な雰囲気を感じる。そしてそれらを見て、私はここが何のために存在しているのか、更に分からなくなった。
「どうです?やはりここに来た事はありませんか?」
「………ええ。ここは一体何なのですか?」
改めて確認するように問われるが、やはり私はここを訪れたことは無かった。けど赤熊様は、ここが巫女の為の場所なのだと言う。一体どういうことなのだろうか。
「ここは、巫女の最期の場所です」
「え………?」
まだ何も供えられていない空の祭壇の前で、赤熊様は静かに言った。最期の場所。それは文字通り、最期、という事か。つまりここで歴代の巫女たちは死に、私の母親も例外なくここで命を終えたということなのか。
「ここは、巫女の墓ということですか」
改めて確認するように問う。確かにそう言われれば、この異様な空気感も納得できた。壁に記されたお経は、ここで亡くなった巫女様たちの魂を鎮めるため。そして祭壇にも、彼女たちの魂を弔う為のお供物をするのだろう。
「そうです。巫女様は、みなここで死ぬ。………勿論、貴女も」
「……………」
巫女は短命だと言われてきた。現に私の母は、私を産んで命を落としている。今までの巫女様たちのことを残した文献や和尚様から聞いた話でも、長生きした巫女様はいないらしい。それはどういう因果か、それとも偶々なのか。人の命、人生というのは何が起こるか分からない。私は今までそこに対して、特別違和感や疑問を感じた事は無かった。だからと言って、私も早死にするとは、誰にも分からないと思っていたからだ。
「貴女は確実に死にますよ。儀式を終えた後、ここで。今までの巫女様と同じように」
「………どういう意味ですか?」
何故今まで何も思わなかったのだろう、と今更胸騒ぎを覚えた。かつての巫女様たち全員が、20そこらで命を落としている、その違和感に、何故気付かなかったのか。そして何故、「私は大丈夫」という漠然とした慢心を抱いていたのか。
固まる私に近付いてきた赤熊様は、私の胸元を掴むと、遠慮する事なくガバリと大きく襟を開いた。抵抗する間もなく露わになったのは、胸元にある巫女の紋。それを、赤熊様の冷たい指先がなぞる。
「胸元にこの紋を抱えた巫女は、代々不思議な力を持っている。その力は強大で、恐ろしいものだ」
「不思議な………力………?」
「………未来を透視する力だ」
赤熊様の言葉に、私はただただ頭が真っ白になるだけだった。未来を透視?一体何を言っているのか。私はそんな力を知らないし、使ったこともない。それに、そんな力、まるで本の中のお伽話みたいな話ではないか。知らない、分からない、信じたくない、そう言うかのように私が弱々しく首を左右に振るが、赤熊様はお構い無しに続きを語る。
「菖蒲様は気付いていないだけで、貴女にもその力は宿っている。この事は、あの和尚と日本政府しか知らない。知られれば、貴女は悪いヤツに狙われる。外国政府からも狙われるかもしれない」
「何を言ってるのか分かりません………!一体何を………」
「全ては悪しき手から菖蒲様を守る為………。隠していた事をどうかお許しください」
何度否定しても、頭で拒んでも、赤熊様はとても嘘をついているようには思えなかった。その様子が、これは現実なのだと突きつけられているようで、心が騒つく。やっとの思いで、『巫女には未来を透視する力がある』ことを咀嚼し飲み込むと、次に浮かんでくるのは、そこに何故日本政府や軍が絡んでくるのかという問題だ。
「仮に私に未来を視る力があったとして………、それが何故貴方たち軍人に関係あるんです」
「それは、その力を国のために使わなければならないからです。これは我々と、そして貴女の使命。この大日本帝国の未来に関わる話なのですよ」
そして赤熊様から語られる真実は、まるで私とは関係ない遠い世界で起こっているかのような話で、とても実感できるものでは無かった。
「今までも、これからも、日本はその国を賭けて戦争に参加してきました。勝てば楽園、負ければ地獄が待っている大事な戦いで、この町の巫女様たちはこの国の未来の為に、大変素晴らしい働きをしてきました。日本と、戦争の未来を透視し、どうすれば勝てるのか、どうすれば我が国が繁栄できるのかを、我々に示し続けてくれているのです」
「な………何を言っているのか私には………」
「これからも日本は戦わなければならない。繁栄を手にする為には、戦争は避けられない。だから貴女たち巫女様には定期的に国の未来を透視し、我々に正確な道標を与えるという重大な仕事が託されているのです」
これは国家機密ですよ、とどこか興奮気味に語る赤熊様に恐怖心を抱く。国とか、戦争とか、未来とか、そんなもの、私には大それた事過ぎて思いも付かない。私は自分が明日どう生きていくのか、この町の平穏を守るにはどうしたらいいのか、それくらいの事しか考えた事がないのだ。
それに、仮にその務めを私が本当にやるとして、私の言葉1つで国の未来や、戦場で散る命が左右されるのだと考えると、とても恐ろしかった。私には出来ない。戦争で勝つ為に力を使うなんて、私には………。
「しかし巫女様も人間だ。未来を透視する力はよほど体に毒らしい。力を使えば使うほど、この胸元の紋は深く、大きく成長していく。やがて大きくなった紋が心臓に達した時………」
怪しく紋をなぞる赤熊の指がピタリと止まり、私を覗き込む。その瞳の奥は、好奇心で爛々と光り輝いてこちらを射抜いていた。
「巫女様は、死ぬ」
「…………っ!!」
かつての巫女様が短命だった理由。それは、決して偶然では無かった。彼女たちは『殺されていたのだ』。大きな力を持って生まれたばかりに、『国に殺されていた』。
「大体の巫女様は20年程先の未来を視ると、紋の毒にやられて命を落とす。だから、その周期で巫女には後継ぎの子を産ませ、次の代にその先の未来を視て貰うようにしているのだ」
「そんな……………」
「外部にこの力のことが漏れないよう、子を成す相手もいつしか軍の人間から選ばれるようになった。そして今回派遣されたのが、黒馬たちだという訳だ」
ずっと知りたかった巫女の謎。色んな人たちに隠され、私が真実を知ってしまうことから守り続けてきたその秘密は、呆気なくこの男によってバラされることとなった。知りたかった筈なのに、知った今は恐怖と信じられない気持ちと動揺と、色んな感情がせめぎ合ってよく分からなくなっている。
私には、未来を視る力があって。
その力を、国のために使い。
そして、国のために、死ぬ。
それが、決められた巫女の運命。私の、人生。
「酷いよねー、黒馬たちも。巫女様にとっては死神みたいな存在なのにさ。隠して菖蒲様に取り入って、子を成したら、後は務めを果たして死んで貰うだけ」
「………………」
「僕はそんな事はしない。君に本当の事を告げる事こそ、優しさだと思うんだ。知らない方がいいなんて事はない」
衝撃の真実に打ちひしがれる私の元へ黒馬様がやってくるのは、既に目前へと迫っていた。




