表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/73

巫女とは一体何なのでしょう

「赤熊のこと、警戒しておいた方がいいと思う」


 神妙な面持ちで青兎を囲むのは、事件の現場から帰ってきた黒馬、白鹿、紫狐の3人だ。菖蒲は赤熊のこともあってすっかり疲弊し、今は自室で休ませている。残された4人だけで、今後の方針や共有するべきことを話し合っている最中だった。


 赤熊はあの後、意味深なことを言い残すだけ残して消えていった。笑顔を絶やさず、「じゃあね」と去っていくその後ろ姿は、本当に何を考えているのか分からず、言いようのない不気味さと恐怖を孕んでいる。元々疑惑の人物だった彼が、何故わざわざ自分で疑われるようなことを吐き捨てていったのか。菖蒲を揺さぶる為なのか、こちらを揶揄っているのか。それとも。


「妙に菖蒲ちゃんに執着してるみたいだしね」


 白鹿の言うことも確かに気になっていた。菖蒲に対して「一目惚れした」とか何とか言って近づいてきたが、あの執着様はどこか異常にも取れた。初めて会ったばかりの人物に、いくら惚れたからと言ってもあそこまで執着するのだろうか。それこそ、人を殺してまで自分のものにしようだなんて、どこか腑に落ちない部分がある。


「何か執着する理由があるってことか………?」


 黒馬がぽつりと呟いて、全員黙り込んだ。今の時点では分からないことだらけで、全て憶測で物を話すしかない。だが、何となく感じるのだ。今回の惨い殺人事件は、菖蒲と関係があるのではないかと。


「菖蒲様、相当落ち込んでるみたい。昨晩お酌した人が殺されるなんて、怖いよね」

「…………」

「今回は人が死んでるんだ。菖蒲には大人しくしててもらって、俺たちで何とかしよう」


 今までの小さな事件とは訳が違う。下手に首を突っ込めば、殺される可能性だってある。そんな物騒な事件に、一般人である菖蒲を巻き込む訳にはいかない。犯人さえ捕まれば、町の人たちも菖蒲も安心するだろう。その為には軍人である俺たちが警察と手を組んで動くしかない。


「ま、こんな時だけど朝ごはんにしようよ。腹が減っては何とやらって言うしさ」


 不穏な空気を破るように、青兎が話題を切り替えた。ここでずっと怪しんでいたって、物事は解決しない。青兎の言う通り、普段通りの生活を心がける事こそ、平常心を保ち色んなことを冷静に見つめなおすきっかけになる。


 朝1番の事件に、そういえばと思い出したかのように腹が鳴る。黒馬たちは朝ごはんをまだ済ませていなかったので、すっかり空腹だった。菖蒲もいつまでも塞ぎ込んでいたら、更に気持ちが沈んでいく一方だろう。こういう時こそ美味しいご飯を食べて気分を明るくしなければ。


 呼んでくる、とぶっきらぼうに吐き捨てて、菖蒲の部屋へと向かっていく紫狐を見送りながら、黒馬たちは朝食の準備をしようと台所へ向かった。いつもなら菖蒲が用意してくれている朝食だが、今日は朝早くから事件があったせいで何も準備はされていない。さて何を作ろうかと食材を物色していると、ドタドタと慌ただしい足音がこちらに近付いてくる。


「菖蒲がいねぇ!!!」

「………なに………?」


 気付いた時には、もうその部屋はもぬけの殻だった。先導する紫狐の背中を追うように廊下を走ると、確かにその部屋に菖蒲の姿はない。一体いつ出て行ったのか。周囲を見渡すと、明らかにここから出て行ったであろう、窓が全開にされたままであった。


「………何だろう、この甘い匂い」


 白鹿が呟く。部屋に残されていたのは、微かに残る、甘い匂い。菖蒲の匂いではない。何だか嫌な匂いだ。そして黒馬の脳裏には、再びあの男の影がちらつく。


(まさか………)


 ピリつく空気の中で、黒馬は軍帽を深くかぶりなおした。


「探せ!まだそう時間は経ってない。町のどこかにはいる筈だ!」





















 ゆらゆらと、心地の良い一定のリズムで体が揺れているような感覚を覚えて、私はうっすらと目を開いた。ゆりかごのような気持ちよさと、体を包む何かの温もりは、もう1度私を睡眠の沼へと引きずり落そうとしてくる。それを何とか振り払って、眠い目を擦りながら状況を理解しようとした。


 流れていく景色は、自分の部屋のものではない。辺りは生い茂った木々ばかりで、まだ午前中だというのにほんのり薄暗い。確か私は、青兎様と共に帰ってきた後、自室で休んでいた筈………とそこまで思い出して、ようやく意識が覚醒する。バッと勢いよく体を起こそうとして、やっと私は誰かに抱きかかえられているのだと理解した。


「な………っ」

「ああ、起こしてしまいましたか、菖蒲様」


 慌てるこちらとは対照的に、のんびりとした優し気な声音。見上げるとそこには、まだ記憶に新しいあの男の微笑みがこちらを見つめていた。


「あ………あかぐま………」

「おや、呼び捨てで呼んで下さるなんて。距離が縮まった証拠かな?」


 私を姫抱きにして、ずんずんと軽快な足取りで森の奥深くへ向かっていく彼は、相変わらず食えない態度をしていた。すぐに抵抗しようと体を動かそうとしたが、何故か上手く力が入らない。全身がふわふわとしているような、味わったことのない不思議な感覚だ。


「ああ、無理に動かないでください。まだ薬が効いている筈ですから、下手したら怪我しますよ」

「く、くすり………!?」

「ええ。貴女が寝ている間に、軽い笑気麻酔を。大丈夫です、ちょっとお酒に酔っているようなそんな感覚になるだけですから。時間が経てば効果も切れます」

「麻酔って………、やってること誘拐ですよ!」

「だってこうでもしないと僕と一緒に来てくれないでしょう?貴女の周りにはお邪魔虫がいっぱいいるし、どうやら貴女も武術に長けているという情報も得ているのでね」


 殴られたら痛いですし、と笑うその様子は、全く反省の色が窺えない。彼がやっていることはれっきとした犯罪だ。黒馬様たちの姿が近くにないところを見ると、黒馬様たちも気付いていないのだろうか。


「………一体どこに連れて行く気?」


 私を抱える赤熊様の足取りは、迷いがないように見えた。きっと明確な目的地があって、そこに向かっているのだろう。改めて周りの景色を確認してみるが、どうやらここはまだ町の中で、そう遠くへ離れてはいないようだ。寺の周りは森のように木々が生い茂っていて、普段和尚様からも危ないから近づくなと言われている場所があったのだが、もしかしたらその森の中を歩いているのではないだろうか。


「菖蒲様もここへは来たことがありませんか?」

「………和尚様に行くなときつく言われているので」

「どうして行くなと言われているのか、貴女は知っていますか?」

「え………?」


 それは、一人でこんな森に入ったら遭難するかもしれないし、何か狂暴な動物がいるかもしれないからとか、そういった私の身を案じての言葉なのではないのか。意味深な赤熊様に、私は言葉を失う。


「菖蒲様は、あまりにも自分のことを知らなさすぎる」

「…………」

「可哀相に。きっと周りの人たちが何も教えてくれないのでしょう。和尚様も、黒馬たちも」

「………やっぱり、黒馬様たちは何か知っているのですね」

「ええ。勿論。軍の人間で知らない者はいませんよ。よっぽどの下っ端や新人じゃない限り。特に儀式の相手に任命された者なら尚更、ね」


 さあ、ここですとゆっくり下ろされた先で、私はその建物を見上げた。寺の裏手にあった森の奥深く。そこにひっそりと隠れるように佇んでいる、立派なお堂。まるでそこだけが、切り取られたかのような不思議な雰囲気を醸し出していて、神聖さすら感じた。生まれてからずっとこの町に住んでいたというのに、私はここにこんな建物があることを今初めて知った。


「ここは………」


 固く閉ざされている扉を、赤熊様は懐から取り出した錠前で簡単に開けて見せた。木が軋む音を立ててゆっくりと開かれたその先は、真っ黒な闇に包まれていてどうなっているのかここからでは確認できない。


「さあ、どうぞ巫女様。ここは貴女たち巫女様の為に作られた場所なんですよ」


 危ないことは分かっている。何を考えているのか分からない赤熊と、密室で2人きりになるなんて。もしかしたらこの男が、今朝の殺人事件の犯人かもしれない可能性は十分あるのだ。


 しかし、私の頭の中には「ここから逃げる」という選択肢は無かった。ずっと知りたかった、自分自身のこと。それをやっと知れるかもしれない機会が目の前に訪れている。


「菖蒲様は知るべきです。自分自身のこと、巫女のこと。そして、黒馬たち軍人が何を目的に貴女に近付いてきたのかを」


 赤熊様の言葉は、まるで甘い蜜のように。私を誘って離さない。


 吸い込まれるようにそのお堂に足を踏み入れた私は、さながら蜘蛛の巣に引っかかった蝶のようだった。それはもう、二度とそこから逃げ出すことはできない。地獄の始まりでもあったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ