お別れ、なのでしょうか
昼間の巫女神楽の奉納が終わると、町は一気にお祭り空気となる。厳かに行われた私の舞の奉納とは打って変わり、町全体が活気付き、昼間から酒を呑んだり、ここぞとばかりに商売をしたりと、楽しみ方は様々だ。私は一先ずの大仕事を終え、巫女神楽の奉納での召物をいつも通りの巫女服へと着替えると、待機しているであろう黒馬様たちの元へ向かった。どうでしたか、と感想の一言や二言くらい聞こうかと思っていたが、そこには見知らぬ男性が1人と、何だか不安な空気纏う4人がいて、こちらも口を噤んでしまった。
「あの………」
遠慮がちな私の声に反応して、4人と、その見知らぬ1人の視線がこちらに突き刺さった。途端、その謎の男性の顔はパァと輝き、逆に黒馬様たちは、「なんて間の悪い」と言いたげに顔を曇らせた。私が何かまずいことをしたのだろうか。
「ああ、巫女様!お待ちしていました!」
そんな私の心配を他所に、男は名乗りも無く私の手を取って固く握り締めた。こちらを見つめる瞳は間違いなくキラキラと輝いていて、今まで生きてきてこんな真っ直ぐで綺麗な瞳で見つめられた事があっただろうかと考えてしまう程だ。
「あ、あの…………」
「巫女神楽の奉納、拝見させて頂きました。実に美しく、素晴らしい舞でした。本当に感激です!」
「え………、あ………ありがとうございます………」
褒めてくれているのならば、お礼を返すべきか?と、半ば相手の勢いに押されたまま、しどろもどろに頭を下げる。そして目線を黒馬様に移し、「助けて」の合図を送った。黒馬様は私のその視線をしっかり受け止めて、間に入ってくれた。
「赤熊伍長。菖蒲が驚いてます」
「ああ、すまない。僕としたことが、つい。興奮が冷めなくてね」
「あ………、あかぐま………?」
黒馬様は、確かにこの男を赤熊、と、そう呼んだ。頭に浮かぶ赤熊様は、大男で、威厳たっぷりで、立派な髭を蓄えていて、何よりこの男よりもどう見たって年齢を重ねた男性だった。しかしこの人はどうだ。同じ赤熊でも、その体格は赤熊大佐より一回り二回り小さく、外見も渋いおじ様というよりは、まだあどけない顔をした好青年。
「赤熊大佐………、少し見ない内に小さくなられて………」
「え」
状況が理解できぬまま、何か言わなくてはと慌ててそんな事を言えば、赤熊、と呼ばれた男はしばらくキョトンとした後、愉快に肩を鳴らして笑った。そんなに面白いことを言っただろうか、とこちらが若干引いてしまうくらいには、男は目に涙を浮かべて大笑いをしている。そうして一頻り笑った後、やっと落ち着きを取り戻した彼が、改めて私に名乗ったのだ。
「僕はあの赤熊大佐の息子。さっきは父が君たちにだいぶ失礼なことをしたと聞いたよ。改めて、巫女様にも謝らせて欲しい」
「え、い、いえ!そんな!」
あのお偉い赤熊大佐の息子様が、ただの一般市民に頭を垂れるなんて、と私は慌てて首を振った。確かに赤熊大佐とは色々揉めてしまったが、息子である彼に非がある訳ではない。しかしそうやって、何の躊躇いもなく頭を下げる姿が、あの赤熊大佐の態度とは180度違って、こちらもどう接していいのかよく分からなくなりそうだった。
「私も、軍人様に身の程を弁えず生意気な事を言ってしまったので………。申し訳ありません」
「いえ。僕の父は頑固で融通が利かないんですよ。世継ぎの儀式に関しても、例外じゃなくってね」
「はぁ………」
「ですが安心して下さい巫女様。僕が来たからには、もう父に口出しはさせません」
「はぁ?」
「今日から僕が世継ぎの儀式の相手役になります」
「は…………?」
さっきから同じ一文字しか口から出てこない。訳がわからないままどんどん話を進めていく赤熊様。ちょっと待って、と言おうにも、彼は相変わらず自分のペースで「では和尚様にも事情の説明とご挨拶に行って来ます」なんて言い残して、そそくさとその場を立ち去ってしまったのだ。取り残された私と、黒馬様たち4人の間に流れる沈黙。
「み、みなさん、これは一体………」
振り返って馴染みの顔4つに問い掛けると、代表して黒馬様が大きな溜息を漏らし、ぽりぽりと後頭部を掻いた。
「どうしたもんかね…………」
「厄介な事になりそうだよ」
赤熊伍長。あの赤熊大佐の息子。父親が軍で力を持つが故に、同じように軍に入ってくると、あれよあれよと言ううちに伍長の階級まで上り詰めた人物。年齢は黒馬様たちとそう変わらないらしいが、親の階級が上であれば上であるほど、その子供は甘い汁を啜れるのが軍なのだと言う。
「大した実績もないまま、親の推薦で伍長にまで上り詰めたもんだから、当然一部の連中からは酷く反感買ってる」
「軍とはそういうものなのですか」
「………残念ながら、な」
赤熊伍長は、小さな分隊を持ち部下も数人いるようで、先程儀式の時に後ろに引き連れていたのは、恐らく自分の分隊の部下なのだろう、と、そこまでは、赤熊伍長の軍での立場と、正体だ。では次に何故、いきなり世継ぎの儀式の相手役に名乗り出てきたのか。
「…………一目惚れ、だってよ」
「え?」
「お前に惚れたんだと」
至極面白くなさそうに吐き捨てた黒馬様の言葉を、私はしばらく信じられずにいた。一目惚れ?誰が?誰に?パチパチと目を瞬かせる私を、何故か紫狐様が鋭く睨み付けてきた。
「おい。ぽっと出てきた男に言い寄られたからって、揺らいでんじゃねぇ」
「ゆ、揺らいでなんかいません!ただ、信じられなくて…………」
人に嫌われるばかりだった私が、まさか誰かに好意を寄せられる日が来るだなんて。初めての経験に、心は落ち着かずソワソワしだす。そんな私の様子が手に取るように分かって、ずっと無言で不機嫌そうだった白鹿様は、より苛立ったように舌打ちを溢した。
「赤熊伍長は、菖蒲ちゃんに一目惚れして、それで世継ぎの儀式も自分がやるって言い出したんだよ」
「そ、そんな事突然言われても…………」
という事は、この時期にまた相手役が新たに1人増えるということか。そんな私の思考を読み取ったかのように、黒馬様は真剣な表情でこちらを見つめた。そしてこう言ったのだ。
「つまり、俺たちはここでお別れって事だ」
「え?」
「赤熊伍長は、1人で儀式を執り行うと言い張ってる。俺たちには、軍への帰還命令を下すと」
「ま………、待って下さい。帰還命令って………」
「赤熊伍長は俺たちよりも階級が上で、更に親父は大佐となれば………。俺たちに拒否権は無いだろうな」
事態は、私が考えているよりもずっと深刻で、信じられないものだった。黒馬様も、白鹿様も、紫狐様も、青兎様も………。やっと仲良くなりだしてきたのに。やっと心を開き始めていたのに………、突然帰還命令?そして私は、いきなり現れたよく知らない男性と儀式を行う?混乱していた頭は更に混乱していく。
「当たり前だろう?子を成す儀式に、男が4人も5人もいらない」
私たちの会話に響く、渦中の声。赤熊伍長その人が、和尚様を引き連れてこの場に戻ってきた。途中から私たちの会話を聞いていたのだろう。当然、といった様子で黒馬様たちを順に見回していく。
「子を作るというのは、本来なら愛し合う男女1組が成し得ることだ。君たちは巫女様に愛を持ってここにいるというのか?」
「………そういうお前こそ、どうなんだよ」
「僕は菖蒲様を愛している。自信を持って言えるよ」
「今日初めて会った分際で、何ふざけた事………!」
「会った時期や、一緒に過ごした時間など関係無い。僕は、巫女様………いえ、菖蒲様に惚れたのです」
真っ直ぐに愛をぶつけてくる赤熊様の、熱のこもった瞳が私を射抜く。私は何も言い返せず、しかしその赤熊様の視線から目を逸らすこともできず、その場に石のように固まって言葉を失っていた。
私に惚れたと言い張る赤熊伍長。だから世継ぎの儀式の相手役を解任すると一方的に言われる黒馬様たち。私は果たしてどうするべきなのか、私はどうしたいのか。まだ今すぐここでは答えを出せず、無言で立ち尽くしていた。




