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まずは自己紹介をしましょう

 居間の中央で、ぼんやりと光を灯すのは、囲炉裏の炎。パチパチと耳に心地の良い音を立てながら、吊るされた鍋を温めている。そして、それをぐるりと囲む様にして座る影が5つ。勿論、その内の1つが私だ。


 時は既に夜刻。昼間やってきた男たち4人と私は、慣れた様子の和尚様に矢継ぎ早に色んな事を説明され、一通り聞き終えたと思えば、早速と言わんばかりにこの御堂に残された。立ち去る和尚様の背中を見送ったのも束の間、気付けばもう夕飯の準備をする時間。私たちは本当に、今日からここで奇妙な共同生活を強いられたのだ。


 世継ぎの儀式。巫女である私の大きな仕事の1つ。この身に流れる巫女の血を絶やさぬ為、私はよく知らないこの男たちとの間に子を作らなければならない。子を成すというのがどういう事なのか、私も彼らも、それが分からない程子供ではない。流れるのは、気まずい沈黙。


 それに、何となくではあったが、彼らもまた、町の人たち同様、巫女である私のことをあまり快く思っていないようだった。まだ大して言葉を交わしたわけでは無いが、その態度や目を見ていれば分かる。町の人たちが私に向ける差別的な目。それとそっくりだから。


「ま、飯でも食いながら話すか」


 彼らの中でも、とりわけ話が通じそうな印象を受ける黒馬という男が、そう切り出した。そして私たちは、何を話すわけでもなく、ただ無言でいそいそと夕飯の準備に取り掛かり、そして、今に至る。


「とりあえず、まずはちゃんと自己紹介をしよう」


 相変わらず無言の気まずい空気のまま、食事の時間が進んでいくかと思われたが、黒馬様がそう言って先陣を切った。彼なりにこの空気を何とかしようと気を回してくれたのだろう。私は彼のその提案に乗る事にした。


「改めて………、黒馬だ。分かってはいると思うが、ここにいる全員、軍に所属してる。まあせっかくの縁だし、これから宜しく。アンタのことは………、ちゃんと巫女様って呼んだ方がいい?」

「いえ………、名前で呼んで貰って構いません。嫌なら、何か呼びやすい名前で」

「じゃ、菖蒲で」


 即答で名前を呼ばれて、思わず彼の目を見つめ返した。………黒馬様。こうして改めて拝見すると、端正な顔立ちをした好青年で、サラリとした黒髪から覗く金色の目は、まるで黒猫のような印象を受けた。




『あ、あやめちゃんだ!』

『あ………』

『こら!巫女様の名前なんて、気安く呼ぶんじゃないよ!アンタまで穢れるだろう!』




 ふと唐突に蘇る、幼き頃の記憶。黒馬様に名前を呼ばれた事が記憶を刺激したのか、突然脳裏に過った。たまたま一緒に遊んだ、近所に住む同い年の女の子に呼ばれて、返事をしようとした瞬間。その子が母親らしき女性に叱られ、引っ張られていくのを、私はただポツンと見つめていた。


 名前を呼ばれるなんて、いつぶりだろうか。


「じゃあ僕も菖蒲ちゃんって呼ぼうかな」

「え………」

「僕は白鹿。せっかく一緒に暮らすんだし、宜しくね菖蒲ちゃん」

「………はぁ………」


 美少年………というのが、まさに相応しい男性だった。色素の薄い髪を揺らして、鈴を転がしたような声で名乗ったのが、この白鹿様。彼もまた、黒馬様と同じ様に人懐っこく私の名を呼んだ。初めての態度に私は思わず乾いた返事を溢す。


「菖蒲様、俺の名前は覚えてる?」

「えっと………、確か、青兎様………」

「正解。で、こっちの不貞腐れてるのが紫狐」


 垂れ目でふわふわとした灰色の髪が特徴の青兎様。常に無表情なのに言葉遣いは調子が良く、人懐っこそうな印象。どこか本性が読めない、不思議な雰囲気も感じる。その青兎様に引っ張られながら紹介されたのは、先程から私に対して刺々しい態度を取る、紫狐様だ。態度とは裏腹に、栗色の髪に、童顔の可愛らしい顔。体格も他3人に比べると小柄のようだ。こんな態度ではあるが、どこか読めない青兎様よりは、これだけ露骨な方が分かりやすかった。


「紫狐、挨拶」

「…………」

「宜しくね菖蒲ちゃん、だって」

「言ってねぇよ!」


 チッと盛大な舌打ちを漏らす紫狐様にも慣れっこなのか、青兎様は表情1つ変えずに飄々と受け流していた。どうやら彼らの様子を見るに、4人は旧知の仲の様である。私には知らない、分からない絆が、彼らのやり取りの中に見え隠れしていた。


 私は頭の中で彼らの特徴と名前を叩き込むと、順番的に私かと姿勢を正し、指を揃えて床に添えた。床に着くほどに深々と頭を下げる私に、4人は少し動揺する様な様子を見せた。


「菖蒲と申します。今日から宜しくお願いします」

「いや………、菖蒲。そんな畏まらなくていい。頭上げて」

「いえ。そういう訳にはいきません。この儀式において、皆様の方が立場は上なのですから」


 男尊女卑が深く根付く時代。この街も例外ではなく、力仕事をこなせる男性は、女性よりも上、というのが最早当たり前の認識だった。この世継ぎの儀式においてもそうだ。例え絶大な力を持つ巫女であろうと、子を成せるのは男性の存在があってこそ。私と彼らでは、彼らの方が立場的に上であると、そう教わったのだ。


「………お前、本気なのか」


 頭を下げたままの私に、冷たく落とされた言葉。ゆっくり顔を上げれば、そこには私を複雑な眼差しで見下ろす4人の顔。口を開いたのは黒馬様だった。


「本気でこの儀式、やるつもりなのか」


 私にとってその質問は、意図が読めない、到底理解することができないものだった。

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