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好敵手現る?

 目の前に現れた巫女に、4人の男は息を呑んだ。普段は滅多にしない化粧が施され、真っ白な羽織と、頭には大きな冠。その手に大事に握られている、神楽鈴。今日の一大行事である巫女神楽の奉納の為の身なりを整えた、菖蒲その人だ。


「………なにか?」

「いや………」


 じっとこちらを見る4人の視線に耐えられなくなった菖蒲が、眉を潜める。彼女が何か言葉を発する度に、頭の上で大きな存在感を放つ冠がシャラシャラと擦れ合って、小さく綺麗な金属音を奏でていた。控え目に赤く光る艶めかしい唇が、たった三文字、「なにか」と問う。しかし、黒馬はそれを否定するように首を左右に振ることで精一杯だった。


(………見惚れてたなんて、言える訳がない)


 そんな気障な台詞を口にできるような性格などしていなかった。それにしても女性というのは、化粧1つ、衣服1つでこんなにも変わるのだろうかと、ふとカフェで菖蒲が一晩だけ仕事をしたときのことを思い出す。あの時も彼女の変わり具合には言葉を失ったものだ。それとも、変わったというよりは、普段隠されていた彼女の真の力が発揮されていたというべきなのだろうか。


 見れば黒馬以外の他の3人も、同じように言葉を失い、ただじっと菖蒲を見つめている。そんな彼らの視線など知ってか知らずか、菖蒲は着々と慣れた手付きで巫女神楽の準備を進め、傍で同じように慌ただしく準備をしている和尚とたまに会話を交わしたりしている。いよいよ巫女神楽の奉納とやらが始まるようだ。


 当然ながら、黒馬たちはこの行事を初めて目の当たりにする。この町の人たちにとっては慣れた恒例行事かもしれないが、世継ぎの儀式が始まってから生ぬるい日常を送っていた彼らにとっては、少し新鮮で楽しみなような、そんな気持ちがあった。一体どんな行事なのだろう。町全体がどういった雰囲気になるのだろう。自分たちが儀式の相手に選定されていなければ、きっと一生見ることはなかったのだろう。そう思うと、何だか不思議な気持ちだ。


「お前たちは菖蒲の傍で見張ってくれていればいい。巫女神楽の奉納が無事に終わるように努めてくれ。それがお前たちの仕事だ」

「りょーかい」


 和尚に言われて、黒馬たちも改めて軍服と軍帽を正した。彼らも彼らで、ただの一般人でなければ、観光客でもない。儀式を全うする為に派遣された、軍の人間。まあいないとは思うが、巫女神楽の奉納を邪魔するようなヤツや、何か巫女の身に危害を加えるような良からぬことを考えるヤツは、黒馬たちの手で排除しなければならない。彼らはこの行事の間、菖蒲の傍に常に待機するよう言いつけられた。


 そして、色々あったが何とか始まった巫女神楽の奉納は、黒馬たちが思うよりもずっと壮大で、美しく、神秘的なものであった。


 町の人たちほぼ全員が、寺に集まり静かに佇んでいる。供えられた食べ物やお賽銭は山のように積み上げられ、この儀式が町の人たちにとってどれだけ重要なものであるのかが伺える。そして、そんな人々の視線の先には、凛とした表情の菖蒲が、堂々と前を見据えていた。彼女は手に持つ神楽鈴を鳴らしながら、町の平穏と豊作を願い舞うのだった。


(………神様みたいだ)


 黒馬たちは、ただ呆然と、そんな事を考えていた。舞を奉納する菖蒲は、どこか現実とはかけ離れているような、神秘的な存在にすら思えた。笛の音と太鼓の力強い音が、静まり返った町全体に響き渡る。今日この日の出来事は黒馬たちにとって、きっと一生忘れる事のない記憶として、脳裏に強く焼き付くであろう。


「………素晴らしい………」


 舞が終わると、ふと黒馬の背後からそんな吐息混じりの言葉が聞こえた。4人が揃って振り返ると、そこには見るからに高価そうな服とアクセサリーに身を包み、ぴっしりと髪型を整えた若い男が、光悦とした表情で菖蒲を見つめている。突然現れた新たな人物に、黒馬は眉を顰めた。


「アンタ、この町の人か?一般人は向こうで見る決まりが………」

「ああ、すまない。私服で来たものだから、見た目じゃ分からないだろうね」


 その含みのある言い方に、更に不信感を募らせる黒馬を他所に、その謎の男の背後から慌ててこちらに駆け寄る軍服の姿が1つ。更に新たな登場人物が増えて、その場は少しややこしい状況になっていった。


「貴様ら!この方に無礼な口を聞くな!この方は………!」

「いや、大丈夫だ。堅苦しいのは嫌いだからね。それに、彼らとは歳も近そうだし」


 駆け寄ってくるなりこちらを怒鳴り付けてきたのは、軍の一等兵か二等兵か。勲章が何もないところを見ると、恐らく階級は黒馬たちとそう変わらない。ソイツは何故か、この私服の成金男の後ろでヘコヘコと頭を下げ、まるで金魚のフンの様に付き従っている。果たしてこの男の正体は一体何なのか。


「先程は、僕の父が何やら失礼な真似をしたようで………。僕から謝らせて欲しい」

「父………?」

「アンタ………、まさか」


 そのまさかであった。彼は、体格のいいむさ苦しい見た目の父親………、赤熊大佐とは全く真逆の爽やかな笑顔を浮かべながら、立場も関係無しに黒馬たちに深く頭を下げた。その姿に慌てているのは、後ろに控えていた金魚のフンで、「こんな下級の兵に頭を下げないで下さい!」と必死に止めようとしている。


「階級など関係ない。失礼な事をしたら謝るのが常識だろう?僕はそう母に習ったからね」

「赤熊大佐の息子がなんで………」


 そういえば噂には聞いた事がある。鬼の赤熊大佐と呼ばれる彼にも、綺麗な奥さんと一人息子がいて、その息子もまた、軍隊に入ってすっかり出世街道に乗っていると。その噂を、親の七光りだと面白く無さそうに話していた下っ端階級のおっちゃんたちが頭に浮かんだ。実際所属する分隊も違っていたし、活動拠点も違っていたので、会ったことは無かったが………。まさか親子揃ってここに来ていたとは。


「いやぁ、"例の巫女"の存在と、有名な巫女神楽の奉納とやらを一目見たくてね。休暇を取って自腹でここまで来たんだ。でも、来た甲斐があったよ。素晴らしい」

「休みの日にわざわざこんな田舎町までご苦労なこった」


 先程の赤熊大佐との件で、息子には何の罪もないがすっかり印象が悪くなっている黒馬は、どこかその言葉も刺々しい。しかし赤熊は全く気にしていない様子で、その微笑みが顔から消えることは無かった。心が広いのか、図太いのか。読めない彼に、黒馬も白鹿も紫狐も青兎も戸惑うばかりだ。


「ところで君は………、黒馬と言ったかな」

「………ああ」

「君たち4人が、例の儀式の相手役だね」

「そうですけど、何か」


 見定めるような赤熊の視線に、白鹿もつい態度が冷たくなる。突き放すように返事をすると、赤熊はサラリと爆弾発言を落とした。


「儀式の相手役、君たちは解任でいいよ」

「は………?」

「今日から君たちは軍に戻り、通常業務に慎むといい」


 勝手に話を進めていく赤熊についていけず、言葉を失う。解任?ということはつまり、儀式の相手役を下ろす、ということだ。そして軍に戻るというのは即ち………。菖蒲と別れ、この町を離れ、前の日常に戻るという事。


「聞けば君たちも、元々儀式には乗り気ではなかったようだし、悪い話ではないだろう?」

「ちょっと待てよ、何勝手に話を進めてんだ!ふざけんじゃねぇ!」


 思わず赤熊の肩を掴む紫狐を、赤熊はニッコリと見つめた。


「あの巫女との儀式は僕が務める。そう決めたんだ」

「はぁ!?」

「初めてだよ、こんな気持ちは。巫女神楽の奉納を見た時、まるで体に電流が走ったようだったよ。これこそが運命の出会いというヤツなんだろうね。今まで僕の金と権力に目が眩んだ女たちから、何度も言い寄られてきたけれど、こんな感情を抱いたのは今日が初めてさ。………一目惚れ。まさに今の僕のためにあるような言葉だ。思えば僕は今まで、一度たりとも本気で女性をーーー、」


 ベラベラと勝手に語り出した赤熊を他所に、黒馬と白鹿と紫狐と青兎は、複雑な思いを抱えていた。


 勝手に儀式の相手役に任命され、強制的にこの町へ連れて来られたかと思えば、今度は軍に帰れだ?こんな突然暇つぶしにひょこっとやって来たボンボンの感情に振り回されて、相手役を解任などと勝手に言い出して………。


「僕はあの巫女をお嫁さんにする。決めたんだ」


 爽やかな笑顔でそう言ってのけた赤熊を殴らなかったことを、誰か褒めて欲しいと、密かに黒馬は握り拳を固めていた。

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