迷いと葛藤
「此度の世継ぎの儀式は、お前たちに相手役を務めて貰う」
ある日突然呼び出されて告げられたのは、よく分からない、現実味の無い話。御伽話か何かの話かとも思ったが、どうやら目の前のお偉いさんは至って真面目らしい。務めて貰う、と言われた通り、俺たちにはその拒否権など無く、俺………黒馬と、同じ隊に所属していた白鹿、紫狐、青兎がソレに任命された。
それからの日々は、目まぐるしくバタバタと準備が進み、心も体も追い付かぬまま、俺は田舎の小さな町へと連れて来られた。俺以外の皆も、その表情は暗く重たい。それは、この世継ぎの儀式に乗り気では無いということもあるが、出発前に聞かされた儀式の『真実』のせいでもあった。こんな感情にさせられて、一体どんな顔をして巫女とやらに会えばいいのだろう。
しかし、そんな心配もどこ吹く風で、初めて会った巫女はまるで人形のように、感情の1つもない、心の死んだ女だった。こんなふざけた儀式に対しても、何の抵抗も嫌悪感も無く受け入れているようで、俺たちはそれが何だか気に食わなかったのだ。全てを諦めているかのような、そんな彼女………菖蒲が。
菖蒲は、町の人にどんな事を言われようとも、どんな事をされようとも、その表情を決して変えない。無。本当に、彼女には何も無い。何度も人間ではなく人形なのではないかと疑ってしまう程だ。そしてそれが、少し不気味にも感じた。この女は、本当にこのままでいいのか。町や仕来たりの言いなりになって、それこそ操り人形のようにその人生を送っていくつもりなのだろうか。………気に食わない。その最初から何もかも捨てているような、そんな菖蒲を見ていると、イライラする。現に紫狐は素直な男なので、そのイライラをあからさまに態度に出しては、青兎に宥められていた。しかし、そんな紫狐に対しても、菖蒲は動じない。その徹底ぶりには逆に感心してしまう程だ。
だが、そんな彼女と数日、数週間と共に過ごしていく内に、段々とその人と成りというものが分かってきた。
諦めたフリをしてただ逃げているだけで、本当は嫌で、悔しくて、悲しんでいるということ。町の人にあれだけ嫌われているというのに、困っている人は放っておけないお人好しだということ。作ってくれる飯が美味いということ。世継ぎの儀式と言いながら、本当は初心で恥ずかしがり屋だということ。………笑った顔が、綺麗だということ。
菖蒲は徐々に俺たちに心を開き、感情を表に出そうとしていた。その変化を、俺たちはしっかり感じ取っていた。そして俺たちもまた、そんな菖蒲の人柄を知り、触れていく内に、徐々に心を開き、新たな感情が芽生えつつあったのだ。
ーーー本当に儀式を執り行っていいのか?
それは、儀式の相手役に任命された時、そしてこの儀式の真実を知った時、俺たちが1番最初に抱いた疑問。この儀式は正しいのか。こうすることしかできないのか。菖蒲はそれでいいのか。俺たちはどうするべきなのか。
菖蒲を知り、共に過ごせば過ごす程、きっと俺たちの中に迷いが生まれる。葛藤が生まれる。情が生まれる。そして。
「………貴方たちは、一体何を知っているのですか?」
カフェで、菖蒲に言われた言葉に、俺たちは何も答えることができなかった。俺たちが何かを知っている事を、菖蒲ははっきりと悟っていた。まだ何かを悟らせるつもりはなかったのに、もう既に俺たちは、この儀式において邪魔にしかならない、余分な感情が芽生えつつあったのだ。だから、きっと菖蒲にバレた。この儀式には、何かがあるのだと。
『巫女には真実を絶対に話してはならない』
ーーー話したらその時は…………。
出発する前に言われた言葉を思い出す。俺たちは、自分の立場を人質に、ここへと送り込まれた。今すぐにどうするべきか判断できるほど、そんな利口には出来ていない。上官の命令は絶対。逆らったらどうなるかなんて、言われなくても簡単に分かる。
カフェでの一件があってから数日間、菖蒲はまた人形のように笑わなくなった。また振り出しに戻ったかのような感覚だ。だが微かに感じる。彼女は、悲しんでいる。何かを隠されていること。それを、教えて貰えないこと。俺たちの間で他愛無い会話はあるものの、どこかぎこちなく、よそよそしい空気は否めない。
「明日はいよいよ月に1度の巫女神楽の奉納だ。お前たちにも同行して貰う」
この葬式のような空気感のまま、俺たちは初めての巫女神楽の奉納とやらに参加することになった。俺たちにとっては初めてだが、菖蒲にとっては物心付いた時から行っている恒例行事。特に緊張するような事も無いらしい。
「世継ぎの儀式の最中に行う巫女神楽には、軍からもお偉いさんたちが立ち会いに来る」
和尚のその説明に、俺たちは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そんな俺らを見た菖蒲は思わず、
「久々の同僚や上司の方々と、会いたくないのですか?」
「いや…………、まあ………」
「俺たちにも色々あるんだよ………」
大きな溜息をつく4人の男に、菖蒲は訳がわからないといった様子で首を捻る。この儀式が始まってから初めて、俺たちは、軍関係者と顔を合わせることになる。それはつまり……………。
「久々だな、黒馬」
「ご無沙汰してます」
「儀式の方はどうだ。順調か」
「………いえ、まだ」
「何………?たかが年頃の女1人に何をもたついている。まさかまだ1度も抱いていない等とは言わんだろうな、黒馬」
目深に被られた軍帽。鋭い眼圧。胸元に光る無数の勲章。髭を蓄えた、体格の良い男。その大男が、今まさに、俺の目の前に立っていた。
巫女神楽の奉納当日。不穏な空気を纏ったまま、その日が始まろうとしていた。




