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軍人様を誘惑することになりました

 そこは、田舎町にある、小さな小さなカフェ。古い中古物件を買い取ってオープンした、お洒落なお洒落なカフェ。そしてそこに、そわそわと落ち着きない1人の女性。その場に似つかわしくない巫女服を纏った、私………菖蒲である。そしてカウンターを挟んで向かいにいるのは、ウェイトレスの制服に身を包んだ霞様。今日私は、最近できた唯一の友達の仕事場へとお邪魔しに来ていた。


 例の畑荒らしの一件以来、霞様はこの小さなカフェで働いていた。霞様の誠実な対応によって町の人たちからは許しを得たが、霞様本人は気が収まらないらしく、ここで稼いだお金を弁償代として払っていくらしい。「友達なら、たまには私の働きぶりを見に来なさいよね」とどこか照れくさそうな霞様のお誘いを受け、こうしてようやく顔を出せたという次第だ。霞様はここでの仕事にも慣れ始め、段々楽しくなってきているのだという。


「で、アンタの方はどうなの」

「どう………とは」

「だから、あの軍人たちとの関係よ」


 私は珈琲といったお洒落な飲み物は口に馴染まないので、メニューにあったお茶を淹れてもらいながら、霞様にそう問いかけられた。軍人といえば、勿論黒馬様たちの事だろう。彼らの姿が頭にぼんやりと浮かぶ。どう、と聞かれても、特に変わりはない。だが少しずつお互いの警戒心は取れてきている気がする。まあそれも、私が一方的にそう思っているだけかもしれないが。なにせ本人たちに「どう思います?」なんて直接聞く訳にもいかない。


「特に変わりはありませんが………」

「変わりないって………。え、ほんとに?」

「………?はい。強いて言うなら、出会った当初よりは、多少会話が増えました」

「はあ?」


 呆れたような表情を浮かべる霞様は、腰に手を当てて「何呑気なこと言ってんのよ」とでも言いたげな様子でこちらを見下ろしている。霞様は一体どんな返事を期待していたのだろうか。生憎私たちは、彼女が期待するようなことなど………。


「ひとつ屋根の下で一緒に暮らしていながら、子作りしていないどころか口付けすらまだってこと?」

「!!??」


 思ってもいなかった単語が霞様の口から平然と出てきて、私は啜っていたお茶を噴き出すところだった。こ、こづくり………!?くちづけ………!?そんなもの、当然していない。想像すらつかない。彼らと私が、く………くちづけ………。


 頭の中にふんわりと浮かぶ、桃色の雰囲気。戸惑う私の顎をそっと支えて、こちらを真っ直ぐ見つめてくる黒馬様。もしくは、白鹿様、はたまた紫狐様か、青兎様か。その相手が4人のうち誰なのかは分からない。ただ1つ言えるのは、その場にもう言葉などいらないという事だ。無言で目を閉じ、顔を傾ける彼に応えるように、私もそっと目を閉じて………。


「な、なにを不潔なことを!!!」


 そこまで想像して、私はその想像をかき消すように大声で叫んで立ち上がった。店内にいた数少ないお客様の視線を浴び、私は渋々ともう一度椅子に座りなおす。霞様はそんな私を驚いたように見つめて、再度大きなため息をつく。


「不潔ってアンタ………。世継ぎの儀式はどーしたのよ」

「あ………」


 忘れていた、それはもう、すっかりと。私は別に、彼らと仲良くなる為に一緒に過ごしている訳ではない。彼らは、儀式の為に軍から派遣された人たちで、儀式を行う為に共に生活している。そうだ、そうなのだ。なのに私ときたら、何を呑気な事を。そうブツブツと自分を責める私を見兼ねて、霞様は言う。


「黒馬様たちもちっとも手を出そうとしないなんて。小心者か、それとも菖蒲に問題があるのか」

「黒馬様たちも………、進んで儀式に来た訳では無さそうでしたから」


 初めて彼らが寺にやって来た時のことを思い出す。私を見下ろすあの時の目は、まるで敵でも見るかのように鋭く、嫌悪感を醸し出していたように思う。やはりあの時のことを考えると、黒馬様たちとの距離は少しずつ縮んでいるように感じるし、彼らの纏う雰囲気も気持ち柔らかくなったような感触はある。だが、その先は無い。あの日から、儀式の事を口にする者も、私を含めいなかった。果たして黒馬様たちは、改めて儀式の事をどう考えているのだろう。


「そういえば疑問だったんだけどさぁ」

「はい?」

「儀式の相手、どうして軍人なの?」

「え………?」

「だって、わざわざ軍が相手を派遣してくるって、何か不自然じゃない?こんな田舎町の巫女の為にさぁ」

「た………、確かに………」

「ほんとに子供作るだけなら、町の適当な男だって良い訳でしょ?なのに、わざわざ軍からって」


 言われてみればそうだ。過去の記述からも、歴代の巫女は皆、軍から派遣された者と子を成している。昔からの仕来たり、という言葉に上手く丸め込まれて、私はそもそもの疑問を見逃していた。霞様の指摘はご尤もで、世継ぎの儀式の相手がわざわざ軍人である理由が見当付かない。だが、毎度儀式の為に、遥々軍人を寄越すのだ。そこには何か………、何か理由があるのかもしれない。


 考え込む私を他所に、霞様は次から次へと目まぐるしく表情を変え、話題を変えた。良い事を思い付いた!と突拍子も無く手を叩くと、今度はキラキラとした目でこちらを見ている。頭に浮かぶままに言葉を発しているその姿は、まるで幼い子供のようで。


「男たちをその気にさせればいいのよ!なかなか手を出さないのは、菖蒲に魅力が無いからなんて言わせないわ!」

「え?」

「今日1日だけここで働きなさい!菖蒲!」


 嫌な予感がする。そう表情を固くする私とは逆に、霞様は至極楽しそうに私の腕を掴んだ。どうやらこちらに選択権は無いらしい。はいともいいえとも言えないままに、霞様のありがたいお気遣いの元、私は何故か今日1日だけ、ウェイトレス体験をする事となる。


 この時には既に、何故世継ぎの儀式の相手が軍人なのかという疑問は、私の頭の中からすっかり消えてしまっていた。


















「じゃーん!」


 霞様に背中を押されて、私は半ば強制的に、そこへと立たされた。外は、これから夜を迎え始める夕方。霞様が働くカフェには、カウンター席とテーブル席があって、窓際のテーブル席に腰を落ち着ける、軍服の男4人の姿があった。彼らの視線は、一斉にある一点へと注がれる。


「あ、あの………、私…………っ」


 ヒラヒラのスカートは丈が短くて、落ち着かない。フリフリのフリルやレースがあちこちに付いていて、ちょっとでも武術を披露しようものなら簡単に破れてしまいそうだ。そして極め付けには、大きく開いた胸元。こんな姿で人前に出るなど、まるで下着姿を見られているのと同然な位に感じた。ハイカラなウェイトレスの制服に身を包んだ私は、霞様に呼び出された黒馬様たち4人に、めでたくお披露目されていたのだった。


「よく似合ってるよ菖蒲様!」

「へー。化けるもんだね」


 スマートに褒めてくれる青兎様はいつも通りとして、白鹿様はまるで見定めるように頬杖を付きながら、恥ずかしがる私を面白そうに見ている。


「おい………。何て格好を…………」


 それとは対照的に紫狐様は、何故か手で己の顔を覆い、極力私の方を見ないようにしている様に見えた。心なしか、耳が真っ赤になっているような気がするが、そんなに似合わないだろうか。あまりの似合わなさに体調が悪くなっているのかもしれない。


 そして。


「……………………」


 黒馬様は、一言も発さなかった。似合っているとも、似合っていないとも言わず、眉間に皺を寄せて私を見ている。また何か怒っている、のか?反応は4人それぞれが様々で、私はただその場で石像のように固まり、霞様だけが楽しそうに、満足そうにしている。


「ね、菖蒲すごく可愛いでしょう?元が良いのに、あんな冴えない巫女服なんか着てたら勿体無いわ!」

「冴えない巫女服……………」

「ほら菖蒲!お客様にちゃんと飲み物の注文を聞かないと!」


 霞様に言われて、私は先程、ものの数分で雑に叩き込まれた接客術を思い出した。制服のポケットにある紙を慌てて取り出し、黒馬様たちの注文を取る。


「お、お飲み物は………」


 じゃあー、とメニューから悩む白鹿様と青兎様を見下ろす私の、そのまた後ろ。他のテーブルにいた集団の男性客たちが、私をあの嫌われ者の巫女だと気付かぬまま、お尻辺りを舐めるように眺めてコソコソと耳打ちしている。そしてそれを、黒馬様は見逃してはいなかった。


 またここで、一波乱起きそうな予感がして、霞様ただ1人だけが、その波乱が起爆剤になるのではないかと、期待してソワソワしているのであった。

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