心配されたのなんて初めてです
「じゃあ、ね。菖蒲」
「はい。気を付けて」
ぎこちなく手を振り合う2人は、まだ友達になりたてで、お互いどういう距離感で話せばいいのか、まだ掴み切れていないような、そんな初々しさを滲ませていた。
この年齢にもなると、友達になろう、と言ってなるようなものでもないかもしれないが、私にはきっかけが欲しかった。本来なら、共通の趣味や気が合うかどうかなどの理由で、徐々に距離が縮まり、気付いたら友達になっていた、というのが自然な流れなのかもしれないが、20年生きてきて、友達など1人もできたことが無い私にとっては、難易度の高い話だ。これでいい。ここから始めて、徐々に距離を縮めていくやり方だっていい筈だ。
その後霞様は、今までの行為を各方面に謝罪することとなった。本来なら警察に行くべきかもしれないが、まずは盗んでしまったお店へ本人自ら出向き、謝罪して、手元にあるものは返品した上で、更にその分の現金を払いたい、と。そこでお店の人が警察に、という意向ならば、勿論それにも従うとも言っていた。畑荒らしの件も、霞様がやった事だと自白し、私への誤解を解いて貰うことも約束した。
被害に遭ったお店の人たちは、顔馴染みである霞様の自白にとても驚いたような反応を見せていたが、今までの霞様との関係値と、物が返って来たこと、そして霞様本人に反省の色が見えていることに免じて、警察には言わず内々で解決する方向にまとまったそうだ。
「ちゃんと仕事を探そうと思う。自分で稼いで、迷惑かけた人たちに返していく」
決意新たに、今日から色々なことを始めようとしている霞様の背筋は、ピンと真っ直ぐ伸びている。きっとこの様子なら大丈夫そうだ。
また、椿様との関係は、もう今後一切関わることはせず、きっぱり切るらしい。それでいいのか、何なら俺たちが出ようか、と黒馬様たちが言ったが、霞様はそれをやんわりと断った。良い悪い、やるやらないの判断をしたのは私で、椿様にも非はあれど、それに従った私が悪いのだ、と。やられたらやり返す精神が強い白鹿様は、どこかスッキリしないような表情だったが、霞様本人は、憑き物が取れたかのような、清々しい表情を浮かべていた。きっと、ずっと苦しかったのだろう。やっと解放された、という気持ちが大きいのかもしれない。
「………で。お前も俺たちに説明することあるよな?」
そうして、積もる話も終えて寺に帰って来て、さあ漸く眠れる、自分たちの寝室に戻ろうかという時に、おやすみなさいと言いかけた私の手を掴んだ黒馬様。彼の目はやはり静かに怒りが滲んでいるように見える。
「せ………、説明、とは………」
「どうして1人で行った?」
「まあまあ黒馬。こうして無事だったんだし、良いんじゃないの」
青兎様がそう宥めようとしても、黒馬様の私の手首を掴む手は、緩む事はなかった。どうやら黒馬様は、私が1人で霞様の問題に飛び込んだことを怒っているようだ。その表情こそは無表情で特に普段と変わりはないが、彼の雰囲気や手の力から見て、相当らしい。私は、蛇に睨まれた蛙のように小さくなりながら、オドオドと辿々しい返事を返す。
「そ、それは………。皆さんを起こしたら申し訳ないと………」
「あの時俺たちが来なかったら、今頃どうなってたか分かってるのか」
「………ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にしつつも、私には未だに黒馬様や皆さんの気持ちが理解出来ずにいた。仮にあの場で黒馬様たちが駆け付けてくれなかったら、確かに私と霞様は危ない目に遭っていただろう。だが、それは黒馬様たちには関係のないこと。黒馬様たちの身に何か危険が及ぶ訳ではない。なのにどうして彼らは、こんなにも怒っているのか。心配したような顔をして…………、…………心配?
「………無事で良かった」
はー………、と大きな息を吐いて、黒馬様は私の両肩に手を置いた。安堵しているような、緊張の糸が解れたような、そんな彼を目の当たりにして、私は再度、心に浮かんだ疑問を咀嚼した。
「心配、してくれたのですか?」
「当たり前だろ………」
何を今更、とでも言うかのように、当たり前な様子で即答した黒馬様。でも私にとっては、その言葉は信じられないような、嘘みたいな言葉だった。だって今までは、誰一人として、私の事を案じてくれるような人はいなかった。なのに、今は………。
「え」
顔を上げた黒馬様は、私の表情を見て固まった。彼らからしたら、何故かこのタイミングで、私が頬を赤くしながら落ち着きなく視線を泳がせているからだ。その姿はどこか嬉しそうにも見えて、
「あの………、俺怒ってんですけど………」
「はい。分かっています。ごめんなさい」
「いや………、言ってる事と表情が合ってないと思うけど」
「えっ?」
珍しいものを見るかのようにこちらの顔を覗き込んでくる4人の視線に、私はようやく顔が緩んでいることを自覚した。慌てて自分の頬を手で抓る。駄目です、笑っては。喜んではいけません。黒馬様は今怒っていて、私は説教を受けているのですから!………そう考えれば考えるほど、何故か心は躍り、表情がゆるゆるに緩む。何故、どうして。
「し、心配されたのが………嬉しくて………」
「え?」
「心配されたことなんて、無かったものですから………」
目の前で私が誰かに虐げられていても、心無い言葉に傷付いているのが分かっていても。大丈夫?と寄り添うどころか、声を掛ける人すらいなかった。みんな見て見ぬフリで、巻き込まれまいとする者や、もっとやれと焚き付ける人すらいたのに。もう今更隠し通せないこの嬉しさは、目の前にいる彼らに全て筒抜けであった。黒馬様は、先程までの怒りをすっかり忘れて、私をただポカンと見下ろしている。
「………ありがとう」
私は、今自分ができる最大限の笑顔で、ぎこちなくそう伝えてみせた。助けに来てくれたこと、心配してくれたこと、全てに対してのお礼だ。果たして上手く笑えているのだろうか。笑い方をすっかり忘れてしまっていたので分からないが、きっと彼らなら私のこの気持ちを汲み取ってくれるだろう。そして私は、恥ずかしさと嬉しさを隠すように、バタバタと慌ただしく、その場から逃げるように自分の部屋へと走り去って行ったのだった。
(…………かわいい…………)
出会ってから数日。やっと見る事が出来た巫女の笑顔に、4人は偶然にも同じ事を考えながら、ポカンとその場に突っ立っていたのだった。
翌朝の朝ご飯は、何故か黒馬、白鹿、紫狐、青兎のご飯が茶碗一杯に大盛りに注がれていて、台所にはどこか上機嫌な菖蒲の姿があった。




