第一印象は最悪でした
「こんなカビ臭い小屋で生活しなきゃなんねーの?」
「文句言うんじゃねぇよ、紫狐。そういう決まりなんだ」
挨拶もそこそこに、私と男たちは、和尚様の案内の元、寺の本堂とはまた少し離れた、御堂なる建物へと連れて行かれた。それは、いつも和尚様と過ごしていた住居よりも更に奥、何段かの石段を上がり、大きな御神木の横にただドッシリと佇んでいた。神様を祀る為の御堂にしては大きく、この儀式の為に用意された建物なのだと言うことは、言われなくとも理解出来た。それがますます嫌になった。
私たちはその御堂へと上がり込むと、和尚様が慣れたように部屋の案内をしてくれた。そんなに広くはないが、それぞれ一室ずつ部屋が持てるくらいには、部屋数はあるようだ。
黒馬、と名乗っていたか。彼を筆頭に、それぞれの恰好を改めて見つめた。町中でも見たことがある、かっちりとした洋装の軍服。胸元には数個程度勲章のようなものが付けられているが、素人の私からするとそれが何を意味しているのかは分からない。そして何よりも、私が纏う白無垢とは真逆の、真っ暗な闇の色をしていた。
「基本的にここでは自由に過ごしてもらって構わない。ただ町に出る時はしっかり軍服を着てくれとの事だ」
「結局ここでもこの堅苦しい軍服着なきゃいけないって事かよ………」
和尚様の説明にぶつぶつと文句を垂れている紫狐さんは、それでも渋々と言った様子で食い下がった。そうだ、ここでは私だけで無く、彼らにも様々な制限が付く。我慢を強いられるのは、私だけでは無いのだ。
「ここには台所も厠も風呂場もある。食い物は町の人たちからの奉納と、多少であるが軍からの支給がある筈だから、それを食べなさい。外出は自由にしてもいいが、あまり目立った行動はしない方がいい。あまり変な事をすると町の人たちが………」
「分かってる、元々巫女様は随分と町の人に嫌われてるみたいだしな」
和尚様の説明に、嫌な付け足しをして揶揄う様な笑みを浮かべた紫狐さんを、黒馬さんがすかさず叩いた。後頭部を押さえながら、「何すんだよ」とじっとり睨みを効かせる紫狐さんに対し、黒馬さんは「巫女様に失礼な口を聞くな」とただ一言冷たく言い放った。
「巫女様、ごめんね。紫狐のやつ、悪いヤツじゃないんだけど」
確か青兎と名乗る男が、代わりに私に苦笑いを向けた。しかし私はそれに対して、ただ無表情で小さくフルフルと首を横に振るだけであった。今更こんな嫌味など、とっくの昔に言われ慣れた。なんならもっと酷い事を町の人に言われたことだってある。嫌われ者である自覚もある。とにかく、どれも今更の事なのだ。
「和尚様、私もいつもの巫女服に着替えてもいいですか?」
「ああ、そうだな。菖蒲の部屋はこっちだ。着いて来なさい」
そうして私は、彼らの前をスッと通り過ぎ、和尚様と共に奥へと消えて行った。
「………噂には訊いてたけど、本当に鉄仮面だねー。何言われても動じないっていうか」
「可愛くねー」
「……………」
「まあまあ。これから一緒に暮らしていくんだし、仲良くやろうよ」
その私の背中を、様々な思惑で眺める彼らの気持ちなど、私には知る由も無かった。