何だか胸騒ぎがします
「いた………、霞様の姿がありました」
「どれどれ」
物陰に隠れる、どう見てもこちらの方が怪しい人影が2つ。私と青兎様である。その視線の先には、商店街で買い物を楽しんでいる霞様の姿。こちらには全く気付いていない様子で、1人で買い出しをこなしている。偶に店の人と笑顔で会話をしている様子が窺える。
「普通に買い物してるだけだね」
「はい。特に不自然な点はありません」
先程みんなで荒らされた畑を調べた上で、『証拠も無いし、とりあえずなんか怪しい奴を尾行しよう!』という結論に至った私たちは、早速その作戦に取り掛かっていた。尾行するには少人数の方がいい、との事で、交代制にして、まずは私と青兎様がやることになったのである。何だか悪いことをしている気分だが、青兎様はどこか生き生きとしているような気がした。町の人たちが、すれ違い様に私たちに怪しげな目線を向けてくる。側から見れば、霞様よりも私たちの方がよっぽど泥棒みたいだ。
「ほら、美人さんにはもう一個オマケしてやるよ!」
「やだ、店主さんたら、お上手ですこと」
楽しげな霞様とお店の人との会話が聞こえてくる。きっと霞様は普段からこの商店街を利用していて、色んなお店の主と顔見知りなのだろう。それに霞様は、黒馬様や白鹿様曰く、「あの性格が無ければ美人」らしいので、そういった点でも男の人たちからは特に人気なのかもしれない。霞様の、私には向けたことの無いようなニコニコとした人懐っこい笑顔は、確かに男性を虜にしそうだ。
「俺は菖蒲ちゃんの方が美人だと思うけど」
「………お気遣いありがとうございます」
別に何も言っていなかったのに、私が今考えていたことを悟ったのか、それとも霞様たちの光景を妬ましく見ているように映ったのか。青兎様が何故か私に気を遣うような言葉を掛けてきた。全く気にしていなかったのだが、そう反論すると逆に必死感が出る様な気がしたので、とりあえずお礼を言っておくことにした。別に美人かどうかなんて、私にとっては重要なことではない、どうでもいい事だ。
そうこうしている内に、霞様はその店での買い物を終え、次の店へと向かい出した。私たちも慌ててその後を追う。適度な距離を取りながら、尾行は順調に進んでいた。霞様自身も、何か問題を起こすことなどなく、平和過ぎて欠伸が出てしまいそうな程だ。果たしてこの尾行は本当に意味があったのか、とつい気が抜けてしまいそうになる頃。ついにその時が来たのである。
「あれ…………」
違和感を抱いたのは、青兎様でなく私の方だった。先程までは、八百屋や魚屋など、日常生活を送る上で欠かせない店屋ばかりだったのに対し、霞様は急に宝石店の前で足を止めた。何処となく周囲を見渡しているような気がするし、さっきまでは行く先々で店主に声を掛け、楽しく雑談を交わしていたというのに、ここでは店主に声をかける気配もない。ただ黙って、店の物を物色している………というよりは、しきりに辺りと店内の様子を観察している。
「なんかさっきまでと様子が違うね」
青兎様にも、霞様の様子がおかしく映ったようだ。よく見てみると、丁度店の人が席を外している瞬間なのか、店は無防備にももぬけの殻になっている。………何か物を盗むには、丁度いい場面なのかもしれない。
いやでもそんなまさか、と考えている内に、その違和感は的中した。霞様は、選ぶより早く、目の前にあったアクセサリーを掴むと、お金を払っていないのに買い物かごに押し込んだのである。その犯行はたった数秒。そして誰に気付かれることもなく、霞様は店から離れ、素知らぬ顔で歩き去って行く。
「あら霞ちゃん!お買い物?」
「こんにちは」
彼女は、堂々とした様子で、すれ違う顔見知りの人とのんびり会話すらしていた。きっとみんな、いつも愛想の良いあの霞様が、泥棒をしているなんて思いもしないだろう。
「あの手慣れた感じ………、今回が初めてでは無さそうだけど」
険しくなる青兎様の表情。私も同感だ。あの余裕綽々な様子や手慣れた犯行………とても今回が初めてだとは思えない。そして私の頭には、何故か霞様の生い立ちの事も思い浮かべていた。
「私………、ずっと霞様に何か言いようのない違和感を抱いてたんですけど」
「違和感?」
「………霞様の召物です」
私は霞様と同い年で、それこそ幼い頃はごく僅かではあるが一緒に遊んだ事もあった。その為、彼女の生い立ち、暮らしぶりは、何となくではあるが知っていた。故に、今の霞様の姿には、少し違和感を抱いていたのだ。だがこの違和感が何なのか上手く言えなかったので、ずっと気にしない様にしていた。しかしここに来て、やっと違和感の正体が分かった様な気がする。
「その………、言い辛いのですが、彼女は両親がいなかった筈です」
「え………」
「幼い頃はいたんですが、霞様がある程度大きくなった頃、父親が別の女性と共に出て行った後、結局母親も若い男と共に、霞様を置いて出て行かれて………」
「じゃあ今1人で暮らしてるって事?」
「………の筈です。元々ご両親もちゃんとした収入が無かったと聞いています。だから、両親が出てったのなら尚更………。そういった事情を踏まえると、霞様があの様に流行りの服や靴、アクセサリーを身に付けていることに、少し違和感があるのです」
「そういう物買う程、余裕がありそうには思えないって事ね」
「はい………」
流行り物のワンピースやアクセサリーに身を包む彼女は、まさに時代の最先端を生きていると言える。だがそれらを買うお金は何処から出ているのだろう。霞様自身が、何か稼ぎのいい仕事をしているという噂は聞いた事がない。となると、考えられるのは………。
「もしかしたら、今回の件に限らず、何度も盗みを繰り返しているのかもしれないね」
嫌でも辿り着いてしまった結論は、それだった。流行りの服や靴、アクセサリーは、全て盗品なのではないか。まあもしかしたら一部はちゃんと買っているのかもしれないが………。でもどちらにしても、あの服たち全てを自腹で買うことは、不可能だろう。霞様の暮らしや事情を考えると、大体のものは盗んできたものの可能性がある。
「そもそも普段の生活費はどうしてるの?」
「これも噂ですけど、支援者がいるとか何とか………」
「………なんだかきな臭くなってきたね」
ちょっとした噂話もそこまでにして、私たちは、霞様がアクセサリー店で盗みを働くという決定的な現場を目撃した後、そっとその場を後にした。これだけ大きな情報を得られれば、これ以上尾行する必要は無いだろう。何とも言えない空気を漂わせながら、青兎様と肩を並べて帰路に着く中、町の人たちの会話が無意識に耳に入ってくる。
「また隣町で盗みが入ったって」
「あら………、この間も言ってなかった?」
「最近何だか物騒よね。ここらでも昨日、畑が荒らされたとか」
「商店街のあそこの本屋でも、この間盗まれたって言ってたわよ」
思わず立ち止まって、その話に聞き耳を立てる。時期を得たその話題に、何となく興味を引かれる。
「でも盗みが入った隣町のお店………、なんでも若い女性の服やアクセサリーなんかを置いてた店らしいんだけど」
「ええ」
「怖い噂もある店らしくてね。店の人たちが血眼になって犯人を探してるんだとか」
「怖い噂?」
「悪人たちがやってるみたいな噂よ」
「それってヤクザ………?」
「さぁ………詳しくは知らないけど」
若い女性の服やアクセサリー………。その言葉を聞いただけで、確証は無いのに何となく霞様の姿が頭に浮かぶ。先程、商店街でアクセサリーを盗んだ霞様………。私の濡れ衣を晴らす云々よりも、彼女自身が何か良からぬことに巻き込まれるのではないかと、私はまた嫌な胸のざわつきを覚えていた。
私の嫌な予感というのは、残念ながらよく当たってしまうのだ。今回こそは、どうか杞憂に終わってくれ、と、ただそう思いながら、私たちは寺へと帰って行ったのである。
その夜、私はふと目が覚めた。特に何かがあって起きてしまった訳ではないのだが、昼間の胸騒ぎが残っていて、何となくちゃんと眠れずにいたのだ。
霞様を尾行して得た結果を、帰って黒馬様に報告した時。商店街でのあの盗みと畑荒らしは別件ではあるものの、おおよそ間違いないなという雰囲気が漂っていた。私も内心何処かでは、『多分霞様が私に罪を擦り付けたんだろう』と思ってしまっている部分があるのは否めない。けど、まだそれらが完全に結び付いた訳ではない以上、無闇に疑うのは如何なものなのか。それに、仮に畑荒らしが別の人だったとしても、霞様が昼間していた事は歴とした犯罪だ。それを目撃してしまった私は、どうするべきなのだろう。
(…………夜風に当たろうかな)
商店街で小耳に挟んだ噂も気になる。隣町の曰く付きの店に盗みが入ったという話だ。こんなにも物騒な話が重なるものなのだろうか。どうも無関係とは思えない。………そのお店で犯行に及んだのが、霞様で無ければいいのだけど。なんて願ってしまうのは、私も呆れる程のお人好しなのだろうか。彼女は私の不幸を願い、嵌めようとしている疑惑がある人物。どうなろうと私には関係ないし、自業自得とも言えるのかもしれないが。
外に出ると、涼しい風を肌で感じて、少し寒いくらいだった。春とはいえ、まだまだ夜と早朝は寒い。夏の暑さがどんなものだったか、忘れてしまう程に。そこでしばらく頭を冷やしてから、もう一度寝よう。そう考えていた私を、寝かさまいと言っているかの如く、何処か遠くから何かが聞こえてきた。風の音でもない、虫の音でも、夜行性の動物たちの声でもない。
(これは…………)
元々耳が良いのと、町中が寝静まって静かなのも相まって、何か………人が争い合っているような音、声が、微かにだが聞こえてくる。その方角を見ると、どうやら町の住宅街の方からだ。私の頭には、何故か霞様と、ヤクザがやっているらしきお店の噂が浮かぶ。
「まさか…………」
私の思い過ごしかもしれない。でも、それならそれでいい。とにかくこの僅かに聞こえる喧騒の元を確認して、なんだ違ったじゃないかと安心したい。じゃなければ、きっと今夜は一晩中眠れないだろう。
私は急いで自分の寝室へと戻ると、巫女服を引っ張り出した。慣れた手付きで身支度を終えると、そっと部屋を出る。隣に並ぶ4つの部屋はシンと静まり返っていて、ぐっすりと眠っているようだ。
(………起こさなくてもいいよね)
私は敢えて彼らを起こす事はしなかった。少し様子を見てくるだけだし、そんな事でいちいち起こして、「ちょっと出掛けてきます」なんて、子供じゃないんだから必要ないだろう。そう勝手に判断し、眠っている彼らの部屋の前を、そっと音を立てないように通り過ぎたのだった。
………今思えば、この時ちゃんと彼らを起こして連れて来れば良かったのだと、割とすぐに後悔する羽目となる。




