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どうか彼女たちを刺激しないで下さい

 鍋のお湯を溢した騒動から30分ほど経った頃。すっかり落ち着きを取り戻し、再び台所には、私と霞様と椿様の3人だけが取り残されていた。しかしその雰囲気は、とても平和に楽しく料理ができるようなものではない。目の前に立つ霞様は、先程白鹿様が私の腕の火傷を案じた事が、相当気に入らないらしい。今朝町で見た時のような鬼の形相をして、私に詰め寄る。無理矢理浮かべた笑みが怒りに震えて、口元がヒクヒクと攣っているのが見える程に。


「なに、アンタ、白鹿様とそういう関係?」

「………いえ、違います」

「じゃあさっきのは何なのよ」

「………あの方は優しいので、誰にでもああいう感じだと思います。特別な意味は無いかと」


 そうだ。彼らは優しい。白鹿様だけじゃなく、黒馬様も、紫狐様も、青兎様も。最初に初めて会った時、彼らは私に対していい印象を抱いていないようだった。勿論私も、出会ったばかりの軍人の男の人たちに、心を開いているかと聞かれると、そうではない。私たちはまだ出会って間もないのだ。お互い探り合っている部分があるのも事実。しかし、そんな私の身に危険が迫れば、助けてくれた。同じ屋根の下で過ごしているというのに、まだ誰一人にも襲われたこともない。それは、紛れも無く彼らの優しさで、お人好しな部分なのだろう。


 だがそれは、私の事が特別だから、大切だからという訳でもないことは理解している。彼らの信念なのか、好きな女は抱かない、と言って、未だに頑なに私にそのような素振りは見せないし、先日のゴロツキから私のことを守ってくれたのも、軍人という立場からの行動だと思う。まあ軍人でなくとも、私を無理矢理抱いたり、目の前で襲われそうになっているのに見なかったフリをするのは、後味が悪そうなので、やむを得ずそうした、とも言えるかもしれない。


 さっきの白鹿様の行動だってそうだ。霞様が案ずるような意味は無い。あれが私では無く霞様や椿様だったとしても、きっと同じ事をしているだろう。


「本当かしら。アンタの事だもの、色仕掛けかなんかして、白鹿様を騙して手玉に取っているんじゃないの?」

「儀式の為に簡単に股を開けるような、軽い女だものね」

「…………」


 やはり、町の人たちの私への認識は、そんなものか。儀式の為に体を許す、軽い女。先日のゴロツキたちにも似たようなことを言われたのを思い出す。そして同時に、普段の巫女舞の儀式の時に向けられる、町の女性たちの軽蔑の目が鮮明に浮かび上がった。




『また男に媚び売ってるわ』

『はしたない女ね。きっとそれしか脳が無いんだわ』

『必死なのよ。町の人に嫌われないように』




 今までは、例え何を言われようと、どう思われようと、全て耳を塞いで聞こえないフリをした。何も感じていない風を装った。けれど………。


『………本当か、菖蒲』


 黒馬様が、私を見つめる目。


『助けて欲しい時は、ちゃんと助けてって言わないと』


 先程触れられた腕に残る、白鹿様の唇の感触と、温もり。


 町の人たちから受けたことのない、彼らの優しさに影響されたのだろうか。私の心は、小さく、しかしハッキリと叫んでいた。




 違う………、私はそんな女ではありません。


 黒馬様たちとだって、まだ一度も寝たことはありません。


 勿論、町の人たちとも………。


 本当は嫌なんです。男の人たちにお酌したり、私に触れるあの無骨な手が………。


 本当は私だって、ちゃんと恋をして、好きな人との子供を産みたい………。




 今まで我慢し続けてきた、ずっと押し殺してきた感情が、徐々に芽生え出している。そして、それを私自身が認めたくないと拒んでいる。


「ちょっと菖蒲!聞いてるの!?」


 意識が別の所へと飛んでいた私を、霞様が呼び戻した。上の空な私に更に腹を立て、先程白鹿様が軽い口付けを落とした腕を掴むと、ギュッと力一杯抓られた。ピリッとした痛みと、その痛みに赤く染まる肌。眉を顰める私の前で、霞様はもっと眉間に皺を寄せて凄んだ。


「アンタ………、私たちの邪魔したら、もっと酷い目に遭うわよ」


 腕に残っていた白鹿様の優しさは、霞様による痛みに上書きされて、すっかり消えてしまった。もともと火傷をしていた部分でもあったので、抓られた痛みがより一層増しているように感じる。霞様の手が離れると、私は咄嗟に痛む腕を胸元へと抱え込んだ。嗚呼、早くこの地獄が終わってくれればいいのに。黒馬様たちの事が気に入ったのなら、好きにしてくれればいい。だからどうか、私を巻き込まないで。


 そう思っても当然ながら目の前の2人に言える筈もなく。「さっさと続き作りなさいよ!」という椿様に背中を突き飛ばされ、私はただ彼女らの操り人形のように、中途半端に止まっていた調理を再開するのだった。









 ホカホカと湯気を立てる炊き立ての米と味噌汁、焼き魚。町の人たちからの献上で貰った野菜の漬け物。目の前に並ぶ献立は、いつもと同じ、見慣れたものだ。しかし、それを共に囲む顔触れは、少し違う。ニコニコと微笑む霞様と椿様も、そこに並んでいるからだ。彼女らはしっかりと、それぞれ黒馬様と白鹿様の間と、紫狐様と青兎様の間に収まっている。場所取りも抜かり無い。


「大したものではないですが、是非召し上がって下さい」


 彼女ら2人は、私が作ったその料理を、まるで自分たちが作ったかのように、黒馬様たちに食べてくださいと促していた。実際には私が作っている様子を、ただ腕を組んで見張っていただけだったということは、やはり口が裂けても言えない。黒馬様たちは促されるままにいただきますと手を合わせると、それらを口に運んだ。


「どうですか?お味の方は」


 霞様が、黒馬様と白鹿様に問い掛ける。昨日一昨日も私がご飯を作ったのだが、その時も何も文句を言わずに食べていので、不味くは無い、と思う。自分で自信を持って美味しいと言い張れる程でも無いが、それなりに料理の経験はあるので、きっと味でヘマをして霞様たちに睨まれるということはないだろうと、私は全く心配していなかった。

 ………が。


「………これ、本当にお前らが作ったのか?」


 不意に黒馬様が箸を止め、霞様と椿様に問い掛ける。霞様たちはその問い掛けにぴたりと動きを止め、引き攣ったように笑う。同時に私も、黒馬様が何を言うのか気が気じゃなくて、手に持つ味噌汁のお椀を見つめたままで、事の成り行きに耳を潜めていた。


「え、ええ………そうですけど………。お口に合いませんでした?」

「いや………」


 何処か歯切れの悪い黒馬様。何か言いたげなのに、それを言おうかどうか迷っているのか、眉を顰めたまま味噌汁を見つめている。一体どうしたのだろうか。そんな珍しい黒馬様の横で、代わりに口を開いた白鹿様の発言により、その答え合わせが叶った。


「この味、菖蒲ちゃんの味と一緒だなーと思って」

「…………!」


 黒馬様と白鹿様だけではない。紫狐様、青兎様も同じことを思っていたようで、みんな味噌汁を片手に固まっている。本当にお前が作ったのか、と言いたげな雰囲気に、霞様と椿様の様子は、より焦ったものへと変わっていく。まあそんな感想が出てくるのも当然だ。何故ならその味噌汁は、私が作っているのだから。しかしまさかそれに気付いて貰えるなんて、その想定外の反応には素直に驚いてしまった。


「そ、それは、この家にある調味料と食材を使ったので、どうしても菖蒲の作る料理に似てしまうというか………!」

「そ、そうそう!それに、元々は私たちが菖蒲に料理を教えたりしてたので、どちらかと言えば菖蒲の料理が私たちの料理に似てるんです!!」

「そういうもんなのか」

「ええ!そういうものなんです!」


 黒馬様たちは正直あまり料理に関心がないというか、今までしてこなかったみたいで得意では無いと仰っていたので、霞様椿様の苦し紛れの言い訳に簡単に納得してしまっていた。いや、それでいい。変に勘付いて、「いや、そんな訳がない。これは菖蒲が作ったんだろう」なんて言われたら、怒りの矛先は私に向くのだ。どうして味に変化を持たせてくれなかったのか、あんなのバレるに決まっているのだから上手くやりなさい、などと、無茶苦茶なことを言われて。とにかく私は、もうこれ以外何か問題を起こしたくないし、変に霞様たちを刺激したくない。平穏に時間が過ぎ去るのを祈り、何事も無く帰って頂きたいだけなのだ。………なのに。


「俺、菖蒲様の料理美味しくて好きだからさ、てっきり今晩も菖蒲様が作ってくれたのかと思った。この美味しさは霞様たち直伝の味付けだったんだね」

「え、ええ………。ねぇ、菖蒲?」

「…………はい」


 青兎様が無駄に私の手料理を褒めるものだから、またしても面白くなさそうな顔をする霞様と椿様に、私はますます小さくなる一方だった。本当は、全て和尚様に教えてもらった味付けなのだが。前で怒りの炎を燃やす椿様にそう同意を求められたら、もう何も言えまい。私は静かに頷いた。そうやって彼女らの言いなりになる度に、何だか心がミシミシと音を立てて軋んでいるような気がして。




 今日の晩御飯、本当は私が作ったんです………!さっきのお湯が溢れたのだって、本当は私じゃないんです!




 心の中で浮かんで消えた真実は、口から出ることは無い。味噌汁には、私の虚な表情が反射して映っていて、我ながらなんて死んだような顔をしているんだと笑ってしまう程であった。

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