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プロローグ

「見て、巫女様、また男たちにお酌して」

「神楽の奉納なんて良く言ったものよね。はしたないわ」

「あまり巫女様に近付いては駄目よ。アンタまで悪いモノ貰っちゃうわ」

「大体、今の時代、巫女なんて胡散臭いわ。もう時代遅れなのよ」


 そこらから聞こえる、潜んだ声。全て私の耳に入っている事など知ってか知らずか。町の女性たちは勝手なことを言って、勝手に軽蔑していた。悲しさや怒りなんて感情はとっくの彼方に忘れ去り、最早なんの感情も浮かび上がってこないのは、私の心が枯れてしまったからなのだろうか。


 思えば、生まれた時から、私に味方なんていなかった。


 母親は私を産んですぐに他界し、顔も声も知らない。知っているのは、大きな力を持った巫女だったという事だけ。父親のことなんてもっと何も知らなかった。生まれた瞬間に天涯孤独の身となった私は、寺の和尚様に次代の巫女として育てられた。町の同い年の女の子たちは、親に買って貰ったお手玉や手鏡ではしゃぐ中、私は巫女神楽の舞を叩き込まれ、礼儀作法を学び、酒の注ぎ方を教え込まれ、毎日のように神に祈った。ハイカラな洋装に身を包んではしゃぐ年頃の女性たちの横で、私は古臭い巫女服を身に纏い、自分の職務をただ淡々とこなす。私の将来は、全て決められていた。あらゆる事を制限されていたせいで、友達なんて1人もいなかったし、化粧をすることも、好きな人を作って甘酸っぱい恋をすることも叶わなかった。


(巫女なんてクソ喰らえだ)


 そう自分の運命を何度呪ったことか。


 また、昔からの風習で、巫女は町の人たちから「巫女様」と堅苦しく呼ばれる一方で、下手に関わると悪きものを貰うとされ、理不尽に避けられる立場であった。いつしか月に一度の恒例行事となった、巫女様にお祓いをして貰い、町の安寧を祈祷するという巫女神楽の奉納は、実質は町の男たちに酒を注ぐ汚い接待のようなものになり、加えてその日は巫女様に貴重な米や農作物、金などを献上しなければならない事から、決して裕福ではない町の人たちからは余計に疎まれるという、負の連鎖。つまりは、巫女は嫌われ者だった。


 また、この時代、巫女だけでは無く神職全般が、「胡散臭い」などと言われ、神職の歴史を理解していない国や人々から疎まれる、肩身の狭い職業でもあった。それらが原因で、私のような職の扱いはより一層酷くなる一方。都会では既に、巫女舞なるものは政策で禁止され始めているとの噂だ。まあ私の住むこの小さな田舎町には、まだ関係の無い話ではあるが。


「おーい巫女様!こっちにも酒持ってきて!」

「は、はい!今すぐ!」


 顔を真っ赤にし、酒の匂いをぷんぷんと漂わせた男たちに囲まれながら、私は無理矢理作った笑顔でお酌する。日中仕事で汚れた骨張った男の手が、無造作に私の体に触れてきて、ぞわりと嫌な感触が体中を駆け巡った。


「巫女様もすっかりいい大人の女になりましたなぁ!」

「なんならワシが世継ぎの儀式の相手になろうか!」

「やめとけやめとけ!悪いモンに取り憑かれるぞ!」

「そりゃおっかねぇな!」


 ドッと起こる汚い笑い声を耳に、ただ私は、からくり人形のようにお酒を注ぎ続ける。永遠にも思えるこの地獄から、きっと私は死ぬまで抜け出せないのだろう。


 巫女として生まれたばかりに。


 私にはもう、この運命に抗う勇気も気力も失い、全てを諦めていた。ただ無心で、巫女としての務めを全うしているだけだったのだ。




「お前もついに明日、20の歳になるな」

「はい」

「明日、世継ぎの儀式を行う。良いな」

「………はい」


 20の誕生日を迎える前日。私は和尚様にそう言われて、儀式用の白無垢を押し入れから引っ張り出した。


 世継ぎの儀式。巫女が20歳になったら、軍から派遣された男と同衾し、跡継ぎを作るという馬鹿げた儀式。そこに愛など無い。ただただ巫女の血を途絶えさせない為にある儀式で、そこに巫女本人の気持ちなど関係ない。


 ついにこの時が来てしまったのか、とただボンヤリと、白無垢を見下ろした。母も20の時、これを着て儀式を迎え、私を産んだ。その時母は、どんな気持ちだったのだろう。


 歴代の巫女たちは、皆自分の運命に沿って、儀式を執り行ってきた。私だけが逃げるわけにはいかない。………いや、逃げられない。大丈夫、もう心はとうの昔に置いてきた。今更何も思う事はない。




「巫女様の前だ、挨拶しなさい」


 そうして当日。和尚様に連れられてやってきた男たちは、私とは真反対の、真っ黒な軍服に身を包み、顔を隠す様に目深に軍帽を被っていた。挨拶しなさいと言われた男たちは、渋々といった様子でその頭を一度垂れた。やがて、順にその帽子を取り、


黒馬くろまと申します」

白鹿はくしかです」

「………紫狐しこです」

青兎あおとです、宜しく巫女様」


 そう名乗った男たちの顔をボーッと眺めながら、私は流れる様に床に手を付いて、深々と頭を下げた。


菖蒲あやめです。今日から宜しくお願い致します」


 それが、私と彼らの出会いだった。


 私は今日から、この男たちとの間に、子を成さなければならない。

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