プロローグ
「巫女様、また男たちにお酌してる」
「はしたないわね」
「近付いたら、悪いものをもらっちゃうわよ」
潜んだ声は、今日も私の耳にしっかりと届いていた。けれど、悲しみも怒りも、もう湧かない。ただ心が枯れてしまったのだ。
母は私を産んですぐに亡くなり、父のことも知らない。天涯孤独の私は、寺の和尚様に引き取られ、次代の巫女として育てられた。
友達も恋も知らないまま。舞と礼儀、祈り。そして、酒の注ぎ方を叩き込まれてきた。町の女の子たちがお洒落な洋装に憧れて笑っている横で、私は古臭い巫女服を身に纏い、ただ祈りを捧げるだけ。
(………巫女なんて、クソ喰らえだ)
何度そう心の中で呟いただろう。
町の人々は表向き「巫女様」と持ち上げながらも、裏では「胡散臭い」「時代遅れ」と嘲笑する。月に1度の巫女神楽の奉納は、実際には町の男たちに酒を注がされる接待の場で、米や金を供出させられる為、人々の恨みも買っていた。
巫女とは、孤独で忌まれる存在ーーーそれが私の全てだった。
そして、20歳を迎える誕生日の前夜。和尚様から告げられる。
「明日、世継ぎの儀式を行う。良いな」
それは、軍から派遣された男と同衾し、跡継ぎを作るという馬鹿げた儀式。母もそうして私を産んだ。愛も自由もなく、ただ血を繋ぐためだけの行為。抗う気力も失った私は、白無垢を前に、ただ虚ろに立ち尽くした。
そして、当日。
「巫女様の前だ。挨拶しなさい」
軍服に身を包んだ4人の青年が、次々に名を告げる。
「黒馬と申します」
「白鹿です」
「………紫狐だ」
「青兎です。よろしくね巫女様」
床に垂れた頭を上げ、顔を見た瞬間ーーー心臓が不意に跳ねた。町の人々が向ける嘲笑とは違う、真っ直ぐな眼差し。凍り付いた筈の胸に、知らないざわめきが広がっていく。
「………菖蒲です。今日から、よろしくお願いします」
それが、私と彼らの出会いだった。
そして運命の歯車が、音を立てて回り始めたのだった。




