第一話
岳人視点。
「行くよ?」
「ああ、問題ない。今回は結構自信があるんだ」
言葉通り、今回の僕にも自信があった。これなら勝てると、そう思っていた。
テスト結果で勝負をして、負けた方が勝った方のお願いを聞く。そんなゲームを始めた理由は、もう思い出せない。ただ小学生中学年あたりから、僕と優希はそんな勝負をしていた。
基本的には僕の勝ちだった。というか、思い出せる限りほぼ僕が勝っていた。幼馴染として一緒に過ごしてきた中、優希の勝利など数えるほどしかなかったと思う。
自慢ではないけれど、僕はテストの成績がいい。とはいえそれは別に頭がいいということではなくて、ことひらめきとか直感とか瞬間記憶になると優希に軍配が上がる。優希は地頭がいいのだ。
アーモンド形のきれいな目が僕をまっすぐ見ていた。その目には、確かな確信があった。自分こそが勝つと、柔らかな桜色の唇は不敵な笑みを浮かべている。
確かに、今回の定期試験勉強中の優希には気迫を感じていた。今度こそ絶対に勝つと、そんな自信が見えた。理由はよくわからないけれど、優希は今回、いつも以上に真剣だった。
だから勝負はわからない。コツコツやるタイプと、本気を出すと予想がつかない優希。
そんな僕たちの勝敗の行方を見守るべく、友人たちが僕たちを取り囲んでいた。
「行くよ。3、2、1、ゼロ!」
バッ、と勢いよく互いの個表を突き出す。小さな文字をにらみ合う。いや、優希が笑った。僕は目を細くして、レンズの先にある優希のテスト結果をにらむ。
五点、たった五点、僕より高い総合点がそこにあった。僕の負けだった。
「やった!」
優希が歓声を上げる。なぜだか感極まった様子の友人が優希に抱き着いている。
「長かったね、ようやくの勝利だね」
「うん、みんなもありがとうね!」
快活な顔で告げる優希を見ていれば毒気を抜かれるというものだった。反骨精神は途端に消え去り、まあ仕方がないというあきらめが胸に満ちる。
「さて、優希は何をお願いするんだ?言っとくけど、良識的なものに限るぞ?」
おかしな、品位を疑うような頼み事はしない。それもまた、僕たちの勝負における約束事の一つだった。そのせいで、お願いをする側も緊張するんだ。だってこれでもし周囲の人間から「それはないだろ」と言われた日には、翌日からどんな噂が飛び交うか分かったものじゃない。
両手を腰に当てた優希がむふんと鼻を鳴らして告げる。
「デートに行こう!」
「……判定は?」
周囲を見回す。満場一致でセーフ。ブーイングは気にしない。わかっていた。別にデートくらいじゃ良識から外れはしないだろう。何より、デートの意味には男女二人で出かけるという意味もあったはずだ。そこに恋愛感情の有無は関係ない。
「どこに行くんだ?」
「うーん、どこか遠出してもいいけれど、その辺をぶらぶらしない?あ、土曜日ね」
それはまた、なんとも色気のないデートだ。この時点で、僕の中からは付き合っている男女が出かけるデートという意味は消え去った。要は、いつもの外出の延長だろう。
「よし、それじゃあ行くか!」
胸をたたいて、なるべく男らしく宣言をする。土曜日、それが勝負の日だ。
せっかくだから引くくらい献身的に尽くしてやろうか。ああ、でも久しぶりに気負いなく優希と過ごすのもありかもしれない。最近お互いに忙しかったからな。