は、花の名は……
週2~3話を更新予定です!是非ブックマークよろしくお願いいたします!
表はまだ昼間だというのに薄暗い店内へと通される、すぐに鼻をつく強烈な香りに気が付いた。
なんだこの甘ったるいような匂いは?!
「あ、今、明かりつけますね」
栗色の髪の小柄な少女がそう言うと暗がりで何かを探した。バチンと音がなると店内は暖かみのある光に包まれた。
「これは。何と言うか、すごいな」
薄暗い店内が照明で照らされると、そこには色とりどりの花が並べられていた。店内を漂う甘い香りの正体はこれだったのか。
「わ、私、ラズリ・ラピッシュと言います。よろしくお願いしま、す」
少女は口ごもりながらまた何度も前髪を撫で付けている。
よく見ればコイツ、今朝会った怪しげな女ではないか。ますます不安になってきたな。
「おれ……いや、僕はシアン・ウイーク。ラズリ、君は一人でこの店をやっているの?」
「い、いえ! ここは父のお店で、私は父が居ない時間手伝いで店番をしています」
なるほど店主は別にいるのか。
「それで、父上は今どちらに?」
「は、畑に行ってます。父はもともと花農家で、そこで育てた花をこの店で売っているんです」
作り手も店番もいるのなら人手は足りてるんじゃないのか? そもそもそんなに繁盛しているようにも見えないし……
『――すいませーん、開いてますか?』
「は、はぁいっ」
店先から呼ばれる声に、ラズリは返事と共に慌てて飛び出していった。意外にこんな寂れた場所でも客は来るようだ。
彼女の後を追うように、俺も店先へと向かうのであった。
◆
「これとこれと、あとこの鉢植え下さい。いくらになります?」
店先で恰幅の良い女があれこれと指を指していた。さきほど同様、挙動不審に慌てるラズリは言われた通りの花を包んでいる。
「あ、え、えぇと、600ベルに、なりますぅ」
「あら、こんな良い品なのに安いわね。はい、じゃあちょうど600ベルね。ありがとう」
女は花を受け取るとすぐに店を後にした。遅れてラズリの上ずった声がその後を追う。
「あり、ありがとうございましたっ」
か細い声を上げて客を見送ると、ラズリは疲れたようにタメ息をついて店の奥へと戻ってゆく。
「どうして、そんなに緊張しているんだ?」
「ひ、ひぃ。ご、ごめんなさい、私は、その、あのぅ」
後ろから声を掛けると、なぜだか彼女は小動物の様に怯えて必死に謝っていた。
今朝の出来事が思い出される、コイツは一体何をそんなに怯えているのだ?
「わ、私、見ての通りものすごく上がり性で、誰かと話すと緊張してしまって……う、うまく話さ、あ、せないんです」
そう言ってまた前髪を撫で付ける。なるほど、それでずっとオドオドとしているのか。
「花は……好きです。父のお店も好きです、だから何とか売上も上げたいし、こ、このままじゃあいけないとは、自分でも思うんですけど……」
「なら店番を父親と変われば良いんじゃないか?」
「そ、それが……」
『――すいませぇん! 誰かいませんか?』
再び大きな声が店先から呼んできた。慌てて走りだすのを見て、やれやれとラズリの後をついて行く。
◆◆
「い、いらっひゃいませ」
「贈答用の花が欲しいのだけど、私、正直言って花にはあんまり詳しくないの。近所の奥さんに聞いたら、ここの花は品が良いって聞いたから。何か良いもの見繕ってくれる?」
いかにも金持ちそうな風貌の女の客は、そう言って店内を軽く見回していた。
「あ、え、えと、何かのお祝いで、でしょうか?」
「そうなのよ! 実は息子がこの近くで店を開くことになってね。立派でしょう? 何かお祝いを送るって言ったら、親からは【なにもいらない】なんて言うものだから、せめて、開店祝いにお花でも送ろうかと思って」
なるほど、金持ちの見栄っ張りってところか。こうゆう愚かな成金も、いつの時代にもいるものだな。
「そ、それでしたら、こんな感じの花はい、如何でしょうか?」
ラズリは即座に花を見繕って簡単なブーケを作って見せた。慣れた手付きで纏められた花束は華やかではあるものの、よく見れば紫色の花だけで纏め上げられている。
「えぇ……これはこれで良いかもしれないけれど、ちょっと地味すぎないかしら? せっかく息子の門出なんだから、もっと派手な花輪のほうが良くなくって?」
「い、いえ、あ、えぇと、こ、これは」
女客の指摘に、言葉を詰まらせるラズリの姿に呆れる。花の事など俺にはさっぱり分からないが、確かにもっと派手なほうが喜ぶのではないか。
「ほら、アレなんかどう? あそこのおっきい黄色の花! 目立ちそうよ」
指差す先には大輪の黄色い花弁が見える。確かにあれは目立つな。
「えっと、あ、あれは、あまりむ、向かないといいますか……」
「どうして? あんなに素敵じゃない。きっと店の前に飾ったら一目を引くわよ。決めたっ、あれにして頂戴」
ラズリはなにか言いたげに口ごもっている。
えぇい! 言いたいことがあるのならば、はっきり言え。らちの明かないやり取りを見ていた俺は、何故か店先へ出ていた。
「その花は【サンイエローオダマキ】。確かに派手で目を引きますが、花言葉には【心配性の愚か者】という意味合いを持っています。ですから、開店という門出には向かないでしょう」
あれ? 俺は何を口走っているのだ、お、オダマキ?
「対して、ラズリ……彼女が見繕った花の多くは紫色の花弁。紫の花弁は古来より【勝利】や【成功】と言った希望の意味が込められるものが多いです。ほら、この中には色は違うけど、あなたが選んだのと同じ花も含まれている」
「ほ、本当だわ!」
待て待てッ、何故口が勝手に動くのだ?!
「それに、大輪の花輪はきっとご子息様のご友人が送って下さると思います。ここは一歩引いて、親として唯一無二の愛情を込めた花束を送るほうが素敵ではないでしょうか?」
さっきから俺は一体全体、何を言っているのだ。花の事など全く知らないはずの俺が、なぜこんな饒舌に語れる?!
しばしの沈黙が店内を包む。ラズリは驚いたように俺を見ている、女客は何か考えるように眉間にシワを寄せていた。
「……そうね。確かにあなたの言う通りかもしれない。決めた! その花束を見繕って下さる?」
「は、はいっ!」
ラズリが慌てて花束を作り上げると、女客は満足した様子で代金を支払って帰っていった。傲慢そうな女客が、帰り際にチラリとこちらを見て軽く頭を下げたのには驚いた。
「シアンさんっ、ありがとうございます! お花詳しいんですね、よく私の選んだ意図が分かりましたね?!」
興奮気味に嬉しそうに話すラズリからは、さきほどまでのたどたどしさが消えていた。
「あ、あぁ、多少は知っていてね」
なにをバカな事をぬかす、俺は一切花の事など知らん。何故か頭の中に浮かんだ言葉が、勝手に口から出てしまっただけで……
「もしかして前職もフローリストですか? 良かったぁ、凄く頼もしい方が来てくれた」
だからそのフローリストとは何なんだよ。思わず声に出してしまいそうになって、ある事が頭を過った。
もしかして……さっきのはこの身体の記憶なのか? 転生前の身体はそうゆう仕事をしていたのだろうか。
「あ、いやぁ、まぁ。そんなところかな?」
曖昧に答えると彼女は嬉しそうに飛び跳ねた。幼さの残るその顔には、それまで見せなかった満面の笑みが浮かんでいた。