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希望の職場条件をお聞かせください

「夕方から雨が降るそうなので、早めに帰ってきて下さいね」


 出掛けに後ろから呼ばれると、何やら籠を手渡された。


「これは?」


 中を覗くと何も入っていない。


「ごめんなさい、お使いみたいで悪いですのですが。卵を切らしてしまったので、帰りに買ってきてもらってもいいですか?」


「構わないよ。それくらい任せてくれ」


 妻からの頼まれ事も悪くない。むしろ頼りにされている事がたまらなく嬉しい。


「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」


 リリィザは優しく微笑み、手を振って見送ってくれている。


 この沸き上がるような感情は一体なんなのだろう、俺は勇み足で家を出た。


「仕事とやら、それに卵も、覚悟しておけよ! 必ず我が手に納めてみせる」


 全体的に目的のベクトルを間違っている暴君は、町を目指して駆け出したのであった。



 


「田舎とはいえど、やはり町の中心部は賑やかなものだな」

 

 サンスビアの中心地、商業地区にあたる大広場には多くの人が行き交っていた。


 しかしまあ昨日のドナー夫妻といい、この時代は異種間の隔たりがないものだ。行き交う人の中には獣人、虫人、魚人、様々な種族が平然と生活して見える。


 かつては互いの存命を争った敵同士であったものを、よくもこれだけまとめ上げたものだな。俺の生きていた時代からすれば、夢にも思えん光景だ。


 雑踏をぼんやり眺めていると目の前を少女が走り抜けていった。慌てた様子ですれ違う人にぶつかっては、何度も頭を下げている。その姿に懐かしい記憶が蘇った。そうだ、俺の臣下にもあんな騒がしい輩がいたなぁ。


 どんくさい人間はいつの世も変わらないな


「さてと、俺も目的地を目指すか」


 今朝リリィザから受け取った紙切れを取り出してみる。どうやらここを真っ直ぐゆけば着きそうだ。


「エーアイとはいかなるモノか……その腕前、拝ませてもらおうか」


 訳のわからない独り言を吹いているうちに、目的のハローズワークショップに辿り着いていた。立派な石造りの建物に思わず声をあげてしまう。入り口の扉を開くと、中にはこれまた大勢の人で溢れかえっている。


「なるほど、これだけの人を集めるとはな。よほどの実力者がこの城を統率していると見た」


 賑わう様子に胸が踊る。俺は今、巨大な敵陣に乗り込んだのだ。


「あのぅ、ちょっと通して貰ってもいいですか?」


「む?」


 後ろから小さな声が聞こえた。振り替えると小柄な女が何度も頭を下げている。

 あれ? コイツさっき通りをバタバタと走っていたヤツだ。よほど慌てていたのか、栗色の短い髪の毛があっちへこっちへと乱れている。


「す、すいません。そっちの窓口に行きたいので、その、あのぅ」


 少女はなんとも歯切れの悪い口調で指を指した。小刻みに震えているようにも見える。


「あ、ああ、すまない。邪魔だったか」


「ひっ、い、いえ、邪魔だなんて、ごめんなさい」


 少女は何度も頭を下げた。まるで何かに怯えるような……まさか俺の正体がレッド・ドラグーンだと気づいているのか?


「あ、し、失礼しますッ!」


「ちょ、ちょっと」


 少女はそそくさと走り去っていった。


 まぁ、普通に考えて(シアン)がレッド・ドラグーンだと気づくはずもない。訳のわからんヤツだ。さてと、俺も受付とやらに向かうか。



 ◆



 『新規受付をご希望の方は、こちらへお並びください』


 立て札に書かれた文面に従い、長い行列に並ぶ。折り返し蛇行する列の先は見えない、この先何人が並んでいるのだろうか?ため息混じりに待っていると、ことのほか人の波はスムーズに前へと進んでゆく。


 ようやく辿り着いた長い列の果てには、仕切り板で区切られた机がいくつか並んでいた。


「お次の方どうぞ!」


 いよいよ俺の出番か! よし、エーアイとやら、どこからでもかかってくるが良い。


「はい、じゃあこちらにお掛けください。えー、お名前は?」


 頭頂部の薄い痩せ細った子ネズミのような男が、仕切り板の向こうから話しかけてきた。……コイツがエーアイなのか?



「レッ、いや、シアン・ウイークです」


「シアン・ウイークさん、えー、シアン、シアンさんっと、あぁ、あった。先月越して来られたばかりのようですね」


 子ネズミ男は仕切りの向こうで何か弄ってみると、ひとりでに話し始めた。……此奴は仕切りの向こうで何をしているのだろう?


「えぇと、前職は……っと、はぁー、なるほど。この仕事はこの町ではなかなか見つからないでしょうな。シアンさん他に何か資格持ってます?」


 なんだと?! この男、俺の過去を知っているというとでも言うのか? それに唐突に刺客の存在まで確認して来ようとは、こちらの戦力を図る魂胆か。やはりこの子ネズミ男、只者ではないらしいな。薄い頭頂部も歴戦の強者に見えなくもない……


「し、刺客はいません」


「そうですか、じゃあ例えば何かの免許だとか。何でも構いませんよ。AI診断の参考に入力するので、こちらに記入してください」


 メンキョ? 一体なんの話をしているのだ。まったくわからん……まずいな、コイツのペースに飲まれている。


「それと具体的な収入の希望額もお聞かせください」


 子ネズミ男はまたしても意味不明な質問を繰り返した。


「お一人住まいの様ですし、平均的な月収ですと……」


「い、いや。妻と暮らしています」


「おや? おっかしいなぁ、転入届けにはお一人だけになっていますよ? 何かの手続きに不備があったのかなぁ。ちなみに奥様のお名前は?」


 妻の名前を答えると、何か操作する男は首をかしげて見せた。


「うーん、やっぱりお名前の登録がありませんね。あとで役場に問い合わせてみたほうが良いでしょう。それじゃあ希望額はお二人暮らしということなので少し上げておきましょうか」


「よ、よろしくお願いします」


 今はおとなしく従っておくしか無さそうだな。


 子ネズミ男に言われるがまま、俺は筆をはしらせた。




 


 


 

 


ご覧いただきありがとうございます!

週に2~3話ほどの更新を予定しています。ブックマークよろしくお願い致します!

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