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おはニート、今日から就活!

 窓の外から聞こえる鳥たちの声が夜明けを知らせていた。春先のまだ肌寒く青白い朝に、暖かな太陽が色を付けるように広がってゆくのがわかる。


 珍しく早く目が覚めたな


 僕の名前はシアン・ウイーク、この家の主だ。数ヶ月前、この町サンスビアでこの家を購入した。決して広い屋敷とは言えないが、住み心地は悪くない。


「ウゥン……」


 リリィザはまだ寝ているのか


 隣で寝息をたてる彼女の頬を軽く撫でた。いつもなら決まって彼女に起こされているが、今日は逆のようだ。こんな可愛い寝顔が見られるのなら、早起きはラッキーかもしれないな。


 起こさないようにそっと毛布を掛け直す。


「シアン……さ……ん」


 寝言を囁いた彼女の額に軽く口付けをした。


「リリィザ、愛してる」


 肘枕のまま妻を愛でる、この一時に最大の幸せを感じていた。慣れない土地で始めた新生活だが、二人ならきっと幸せな家庭を作れるだろう。


 そうさ、これからもずっとこの幸せは続いていくんだ。この先も、ずっと……


「シアンさん仕事は?」


「え……?」


 つい先程まで隣で寝息を立てていたはずのリリィザが、いつのまにかベッドの横に立っている。彼女は腕組みをしながら冷たく言いはなった。その表情にいつもの優しさは消え失せ、汚い何かを蔑視するような視線で僕を見ている。


「い、いや、それはこれから……」


「仕事もしない甲斐性無しなんて、とても一緒にはいられないわ」


 リリィザは苦言を放つと部屋を後にしようと踵を返す。僕は慌てて彼女の肩を掴んだ。


「まっ、待ってくれ! すぐに見つけ……」


 彼女は軽く頭をふると、大きなため息をついた。そしてゆっくりとこちらを向く。その瞳は一層暗く見えた。


「口だけ脳筋バカには付き合ってられないの。さようなら」


 リリィザは僕の手を払いのけると、二度と振り返る事なく家を出ていった。


「リリィザ、まっ、まって、待ってくれッ」


 僕の声だけが虚しく狭い部屋の中で響く。目の前が真っ白に変わってゆく……










「……待って、……リリィザッ!」


「なんでしょう?」


 え……、あれ、ここは?


 眩しい朝の日差しが俺の顔目掛けて真っ直ぐに伸びていた。カーテンに手を掛けたリリィザは不思議そうな表情でこちらを見ている。


「なんだ、ゆ、夢か……」


「おはようございます、シアンさん。ずいぶんうなされていましたね、起こそうか迷っていたところでした。怖い夢でも見ていたのですか?」


 覗き込むように顔を近づけてくる彼女に、慌てて飛び起きる。夢の中から続く激しい動悸を誤魔化そうと、思うばかりに身体を動かしてみせた。


「い、いや、なんでもないんだ。大丈夫」


 必死に平静を取り繕う俺を、リリィザはいっそう不思議そうな面持ちで見つめている。


「そうですか? もしかして、昨日は私のせいでよく眠れなかったのかと心配しました。つい飲み過ぎてしまって、ごめんなさい、反省します」


 やはり彼女は酔っぱらっていたのか。それであんなに大胆に……昨晩の事を思い出すとまた違う動悸が呼び起こされるような気がした。


「さぁ、起きたならご飯にしましょう。もう用意出来てますよ」


「ああ、ありがとう」


 リリィザはいつも通りの優しい笑みを浮かべて寝室の扉に手を掛けた。夢から覚めた安堵が一気に押し寄せた俺は、彼女から見えないように息をついた。


「シアンさん」


 突然振り向いて話す彼女に、驚いて顔を上げた。


「な、なに?」


 寝室の扉から少しだけ顔を覗かせるリリィザは、昨晩と同じように上目遣いでこっちを見ている。


「……昨日の夜、すごく良かったです」


 リリィザのパッチリとした大きな瞳は、長い睫毛に埋もれていた。半分しか見えないその顔からは恥じらいと、幸福感が垣間見える。一言呟やくと彼女は寝室の扉を閉めた。


 うそだろ、可愛いすぎる……

 

 そうだ。風呂を出た後、俺は彼女と共に寝床に入り……そして……


 一人悶える俺は、再び柔なか枕に顔を埋めるのであった。





「顔洗いました? すぐに食べられますからね」


 リリィザはいつものように聞いてくる。この数週間何度も経験している同じ朝だが、決して嫌ではない。むしろ日に増して心地よさが倍になるような、夢見心地の幸せを噛み締めてさえいるのだ。


「今日はシアンさんの好きな卵の焼き物です。口に合うといいけれど」


「なに言ってるんだよ。リリィザのご飯はいつも美味しい。どれもハズレなんてないじゃないか」


 ほらみろ? こんな他愛もない返答だってお手のものだ。


「……そうだ。今日、町に行くならあそこに行ってみたらどうかしら? 最近新しく出来たらしいですよ。最新鋭の機器で、ピッタリの仕事を斡旋してくれるとか」


 サイシンエイノキキと言うものが何か分からないが、勝手に仕事を見つけてくれるというのなら願ったりだ。


「ほら、この広告。少し前にポストに入ってたんですよ」


 彼女は一枚の紙を差し出して見せる。箸を置いて受け取ると、そこには耳の長いの獣が何やら楽しげに荷物を運んでいる絵が載っていた。ことさら目を引く絵の周りには文字列が並んでいる。


「[あなたの職業選びはお任せください、最新鋭のAI診断ハローズワークショップ]……? こんな所があるのか、知らなかった。丁度いい、行ってみるよ」


 紙切れに書いてある言葉は良くわからないモノだらけだが、これなら仕事を探す手間が省ける。


「でもシアンさん。あまり無理な仕事は選ばないで下さいね? まだ病み上がりなんですから……」


 リリィザは心配そうに眉根を下げている。彼女は俺が転生した時の事を、何かの病気だと思っているのだ。


「心配いらないよ! 僕はこの通り元気だ。それよりも早く仕事を見つけないと、この家と君を守らなくちゃあね」


 細腕で力こぶを作って見せると、彼女は微笑んだ。

 

 そうだ、早く仕事というものを見つけなければ。正夢になってしまったらと考えただけで、再び心拍数が上がる気がする。


「ゆっくりで構わないですからね。さぁ、冷めないうちに朝ご飯頂きましょう」


 両手を合わせて呟く彼女に、俺も見様見真似でそれに続く。


「いただきます」


 うん、今日の朝飯も美味しいなぁ。しかしながら……仕事って、働くって、いったい何をすればいいのだろうか? この身体じゃあ、昨日みたいな農作業はとても無理だよなぁ。

 ぼんやりと考えたまま俺は箸を進めるのであった。








 




 

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