流行りモノ好きな妻、ちょっとした有名人の旦那
週に2~3話を更新です!
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「シアンさーん、起きてますか? 朝ごはん出来ましたよ」
「ありがとう、着替えたらすぐにいくよ」
寝室の扉の向こうから、リリィザが俺を呼ぶ。ロチルド卿の財宝探しから三週間、我が家にはすっかり日常が戻っていた。
「おはようございます。さぁ、頂きましょう」
「おはよう、今日も美味しそうだね。頂きます!」
くだんの件以来俺は妻との他愛のない平穏な毎日を、前にも増して噛み締めていた。
あの日、目を覚ました俺は事の顛末を皆の口から聞いた。想像だにしなかった結末に初めは信じられずただ驚いた。しかしあれから少し時間が経った今にして思えば、それは小さな事柄が何重にも重なった結果だった言えるかもしれない。
「うん。今日も美味しい」
「あまり代わり映えしなくてごめんなさい。そうやって喜んで貰えると嬉しいです。今日のお帰りも、いつも通りの時間ですか?」
「そうなると思うけど、何かあった?」
「いえ、大した事ではないんですけど。もしお帰りが早かったなら、買ってきて貰いたい物があって……」
リリィザは遠慮がちに微笑んで言った。彼女からの頼まれ事は正直言って嬉しい。
「構わないよ。何を買ってくればいいの?」
「本当ですか? 嬉しい。つい最近広告が入ってたのですけど、あった。これです」
彼女は一枚の紙を取り出し、指を差して見せた。我が家の朝食の定番である塩漬けの肉が挟まれたパンを噛りながら、紙に書かれた大きな赤い文字を目でおった。
「商店街の方々も色々と考えましたよね。私も一度は食べて見たいなって思って」
「サンスビア新名物……【レッド・ドラグーンの拳銃甲手饅頭】?」
見覚えのある形をした茶色い塊の挿し絵が、彼女の言う「食べてみたい」モノなのだろう。洞穴で見つかった拳銃甲手を型どった饅頭の横には、何とも甘ったるそうな説明書きがびっしりと綴られている。
商魂たくましいと言えば良いものか、商店街の連中もまた奇妙なモノを作ったもんだ……
町外れで見つかった歴史的な発見は世間を騒がせた。洞穴の中で見つかった【レッド・ドラグーンの拳銃甲手】、それがこの田舎町に伝説の英雄が訪れていたという裏付けとなったのである。それまで観光資源など皆無に等しかったサンスビアは、この報せにより一気に注目を集めたのだ。
「雑貨店のカザックさんの所か。あの人もなかなか仕事が早いな……わかった、帰りに寄ってみるよ」
「ありがとうございます。フフ、楽しみ」
嬉しそうに笑うリリィザにつられて笑ってしまう。意外に流行りものに弱いという、彼女の新たな一面を垣間見れたのが少し嬉しいと思うのであった。
◆
家を出た俺はいつもの通り、職場であるラピッシュ生花店を目指して川沿いの道を進む。のどかな光景は変わらないが、この頃は良く町の人に声を掛けられるようになった。
『やぁ、ウイークさんおはよう。今日もいい天気だね、いってらっしゃいっ』
『お、シアンのダンナ。今日も早いな!』
『おはようございます、今日も仕事頑張って』
「おはようございます」
道行く人々に軽く挨拶を交わす。初めこそ知らない人々に声をかけられて驚いたが、毎日の事になるとほとんど顔見知りになっていた。
この間の一件以来、ずいぶんと名前を覚えられたものだ……
財宝探しの途中、爆発の衝撃で崩れた洞穴の中で俺の意識は飛んだ。正確に言えばロチルド財団による爆破工事によって崩れ落ちてきた巨石が頭部に直撃、そのまま岩の雨に埋もれてしまったのだ。幸いな事に閉じ込められたのは出口から一番離れた奥にいた俺だけで、リリィザやアンドリュー、商店街の連中は落石に巻き込まれることはなかった。俺を助けるため落石を掘り返す人手が足りないと見るや、アンドリュー達は町に戻り協力を仰いだ。彼らの必死の呼び掛けに、サンスビアに住むかなりの人数が手を貸してくれた。その後俺は無事に助け出され、町で唯一の病院へと運ばれたのである。
まさかサンスビアの町人に命を救われるとはな……
日中はジリジリと暑いが朝は穏やかな気温で、まだ微睡みの余韻を残している。気がつけばあっという間に店へとたどり着いていて、いつも通り騒がしい声が中から聞こえていた。
「あ、シアンさんおはようございます! 今日はよろしくお願いしますね。……て、ちょっとお父さん?! シアンさん来たよッ、あー、もう片付けはいいからっ私やるから!」
半分だけ開かれたシャッターをくぐり中に入ると、栗毛の少女が世話しなく走り回っていた。店の奥の方からは野太い声で億劫そうな返事が聞こえる。
「おはようラズリ。まだ時間はあるんだろ? なにもそんなに急がなくても……」
「なに言っているんですか?! 取材ですよ、ちゃんと良いところを宣伝して貰わなきゃ……あ! お父さん作業着じゃなくてもっとよそ行きの服着てよ」
「あー、もう。うるせぇなぁ……いいんだよ普段通りでさぁ」
奥の事務所からアンドリューは、さも面倒くさそうに欠伸を噛み殺しながら現れた。だらしない父の姿にラズリの声が一段と大きくなる。
この日のラピッシュ生花店には、とある予定があったのだ。
「ダメに決まってるでしょ?! 写真が載るんだよ、ひょっとしたら世界中に紹介されるかもしれないんだから。……シアンさん、私も大丈夫かな? 変な所とかない?」
ラズリは必死に鏡を見返しては髪を撫で付けてみる。二人のやり取りはいつにも増して騒がしい。
「世界になんて出るわけねぇだろ、たかだか地方の情報誌が……」
「そんなのわかんないでしょ?! もし変な所とか撮されたら……どうしよう、緊張してきた……」
「ま、まぁまぁ。今日はこの間のロチルド卿の財宝についての取材だろ? 聞かれた事だけ答えればいいんじゃないかな」
あの洞穴で見つけた暴君レッド・ドラグーンの甲手を含め、古い鉄製品の数々は歴史的価値のある代物だったらしい。ロチルド卿財宝発見から一週間後。どうゆう経緯かこの報せを聞き付けた暴君を研究する歴史家や、文化保護ナントカといった者達はこぞってサンスビアに押し掛けてきたのだ。そして彼等はその歴史的な価値と町の歴史的保存を訴えたのである。
「写真撮られるんですからね? お店のお洒落さとか、従業員が清潔感とか……どうしよう、私、緊張してきた……」
「いや、ラズリ。お前は別に取材受けなくてもいいんだぞ? こないだだって学校行ってて、いなかっかんだし」
「なに言ってんのよ? せっかく宣伝して貰えるのに。お父さんだけのむさっくるしい写真なんて載ったら、逆にお客さん来なくなっちゃうよ!」
再び二人の親子喧嘩が始まる。苦笑いで見る俺は、なんとかなだめようと声をかけるのであった。
◆◆
騒がしい二人がようやく落ち着いた頃、見計らったように数人の男達が大きな荷物を抱えて店を訪れた。
「ごめんください。取材に参りました【ベルフリアジャーナル】と申します。本日は快く御引き受け頂きまして、誠に感謝致します」
ボサボサ頭の中年男が形式張った挨拶をすると、他の数人の男達は挨拶そこそこに何かの機材を組み立て始めた。
「いやぁ、これはこれはどうも。ウチで良ければいくらでも取材して下さい! なんならガッツリ宣伝もして貰えると助かりますよ」
「ちょっとお父さん!」
アンドリューとラズリは見るからに浮き足だっている。二人のやり取りを困ったように見ていた中年男は、少し考えた素振りを見せると口を開く。
「そ、それじゃあさっそくいいですか? まずはロチルド卿の隠し財宝を見つけた経緯からお聞きしたい。ええと……アンドリュー・ラピッシュさん。貴方はどうやってあの歴史的な発見を成せたのでしょうか?」
「あん? ちげぇよ、財宝の場所を発見したのはシアンだ。まぁ俺達の助力があってこそってのは確かだがな! ガハハハ」
中年男がさらに困惑した表情でボサボサ頭を弄る。アンドリューは俺に近寄ると背中を押した。
「コイツがシアンだ。シアン・ウイーク。うちの従業員で、ロチルド財団からサンスビアを救った英雄だ! ガッハハハ」
中年男はいっそう困惑している。適当を言うアンドリューを細目で少し睨むが、彼はまだ大きな声で笑っている。
「そ、それじゃあシアンさん、詳しいお話を頂けますでしょうか?」
「はぁ……覚えている範囲で良ければ話しますよ」
呆れ顔の俺は財宝の隠し場所を見つけた経緯から語る。中年男はようやく落ち着いて話を聞けるとふんだのか、なにやら手元に記しながら聞いていた。
「……と、まぁ、財宝発見までの経緯はこんなところです。僕達が見つけたのは、ほとんど鉄屑だらけでしたけどね」
「なるほど……いやいや鉄屑なんて、そんな事はないですよ。後から調査に入った研究者達はとても貴重だと語っていたそうですからね」
ベルフリアという国の研究者達はいち早く洞穴を調べにやって来た。その中にはかなり権威な人物も参加していたようで、ロチルド財団による開発計画はこの人物の登場により一気に形勢が傾いたのだ。
「それに聞くところによれば、この町には開発計画があったそうじゃないですか。それもかなり強引な。それを今回の財宝発見と、あなたの身体を張った発掘で覆した。そうゆう意味ではシアンさん、町で暮らす人々にとってあなたは本当に英雄なのでしょうね」
「いやぁ、そんな大した者では……」
英雄か……久しくそんな風に称賛されることも無かったものだな
俺が軽く謙遜気味に答える。調子の良いアンドリューは豪快に笑う。
『――撮影、準備出来ました』
店の外から聞こえた声に中年男は立ち上がり俺達を集めた。
「準備が出来たようなのでお話は一旦中断して、発見者の撮影に移りましょうか」
言われるまま俺達は店の前で並んで立たされた。何度も手鏡を確認するラズリ。「男前に撮ってくれよ?」と男達に悪絡みをするアンドリュー。俺は二人の間で初めて目にする撮影機というものに釘付けになっていた。
『――それじゃあ、撮影いきまーす』
合図と共に光が瞬いた。
◆◆◆
ラピッシュ生花店を背景に映る三人の姿は、その後情報誌の隅を小さく飾った。田舎町の小さな記事は世界へ、広く発信されたのだ。僅かに注目を浴びたサンスビアであったが、話題はすぐに落ち着いた。町にはまたのどかな時間が戻りつつある。
しかし……この一枚の小さな写真から、シアン・ウイークとレッド・ドラグーンの宿運は動き始めたのだ。




