逆転と暗転
週に2~3話投稿です!
是非ブックマーク宜しくお願いいたします!
「シアンさん、一体何の臭いでしょう」
強烈な臭気に噎せかえりながら隣で寄り添うリリィザが尋ねていた。
「ロチルド卿が隠していたモノだよ。長い間密閉された岩の間に在ったせいか、中の空気に匂いが移ったんだ」
崩れた岩の奥は洞穴のように人工的にくり貫かれていた。洞穴から香る生臭い金臭さは、この中に在るものを想像して嫌悪感を示すかもしれない。
「この匂いって、まさか……」
「違うよ。きっとリリィザの想像しているモノじゃない」
想像通りの勘違いをしたリリィザの言葉を遮る。口元に手を置いた彼女は弱々しく頷き答えた。
『――おぉーい、見つかったのかぁッ?!』
背後から聞こえた声に目を向けると、アンドリュー達がこちらへ向かって走り寄ってくるのが見えた。その後ろに小さく見える鉄の車を動かしていた男は、呆気にとられた様子でその場から動かないでいる。
「おぉ! そんなところに隠し場所があったのかよ。って、なんだこの臭いは? まさか死体でも隠されてんじゃねぇだろうな」
皆がその臭気に顔を歪めた。俺はまたも説明する間もなく、灯りを持っている者を探したのである。そのうちの一人が持ってきていた小さなランタンを受け取ると、火打で火を灯した。
「大丈夫だよ、皆が思っているようなモノはない。この金臭さの根元はロチルド卿の財宝。さぁ、早く見つけ出そう」
言い放つと俺は洞穴へ一歩、足を踏み入れた。一拍子遅れて皆の足音が後ろで聞こえる。
◆
洞穴の中は入り口とは比べ物にならないほど臭気に満ちている。ランタンの弱い灯りを頼りに進むと、匂いの根元はすぐに目の前に現れた。予想とはかけ離れたロチルド卿の財宝に、皆は驚きと落胆の混じった声を漏らしたのであった。
「……こんなのってないだろ」
「ああ……せっかく隠し財宝が見つかっても、こんな鉄屑じゃあなんの役にもたたない」
「ふざけるなよ、俺達は一体何の為に必死になっていたんだ」
口々に悲観的な言葉を呟きながら、一人また一人と項垂れるように膝をついていく。落胆する皆の姿は、やはり俺の予想通りであったのだ。
いくらあの時代では宝などと持て囃されようと、この時代では無価値な代物だったか。それはそうだよな、あんなにも巨大な鉄の車を産み出せる時代だ。鉄や鋼鉄の一つや二つ、別段珍しいモノでもないだろう
ロチルド卿の隠し財宝。その正体は町の住民から巻き上げた鉄製品の数々であったのだ。戦争の火種が燻るかの時代では、武器を作る為の鉄や鋼鉄といった資源が枯渇していた。他国よりも多い兵器を作り出す為に使われた金属は、一時期では金や銀よりも高く取引が行われていたのだ。
「ゴマすり……いや、ロチルド卿は集めた鉄や鋼鉄を各国の将校に賄賂として送っていたんだよ。その見返りにサンルゥレィビアは強国に守られて発展していったんだ」
無造作に置かれた鉄の山から手頃な塊を一つ掴んでみる。長いこと放置してあったのであろうその鉄塊は、所々が腐食されていた。同時に錆びた臭いが鼻の奥へと運ばれてくる。
「残念だけどこれが財宝伝説の正体なんだ、この方法は諦めるしかないよ。町の工事を止めるには別の方法を探すしか……」
鉄塊を放りながら俺は呟く。冷たい音を立てて地面に転がるソレを、皆は口惜しそうに見つめている。ふと一人に目が止まる。アンドリューだけは、まだ名残惜しそうに鉄山を漁っていたのであった。諦められないその姿に声を掛けようとした時、彼は何かを掲げて叫んだのだ。
「皆、これを見てくれ!」
半ば呆れた皆の視線がアンドリューの大きな手が掴むモノへと集まる。
「諦めよう店主、鉄屑なんていくら見つけたって何の足しにも……え、これって」
「歴史書の挿し絵でしか見たことなんて無いが、間違いないよな?」
鉛色の武骨な鉄の塊に目を丸くして驚くアンドリュー。俺もまた今まで忘れていた記憶の欠片に驚いたのであった。荒々しい作りはなんとも懐かしく、そこに刻まれた歴戦の傷痕の記憶まで事細かに甦ってきたのだ。
「それは、間違いない……おれ、いや、レッド・ドラグーンの拳銃甲手!」
「やっぱりそうだよな?! 鉄屑なんてとんでもねぇ。もしかして、これは歴史的な大発見じゃねぇのか?!」
甲手というにはあまりに巨大なあのフォルムは、先端に取り付けられた信管から爆薬を起動させる為の特別製だ。これは紛れもなく本物の俺の甲手に違いない、だが……どうしてロチルド卿の財宝に紛れていたのだ?
「この地に【希代の暴君レッド・ドラグーン】の痕跡が見つかったとなれば、無理な開発なんてベルフリアの研究者が許すワケがねぇ。きっとこの歴史的事実が世に知れれば町は守られるぞ!」
――俺達はやったんだ! 町を護ったんだ!
洞穴の中は途端に歓喜で沸き上がったのだ。皆口々に叫んでいる。アンドリューに群がる皆の姿を遠目で見つめながら、押し寄せた疲労に負けた俺はその場に座り込んでしまった。狭い洞穴が反響する喜びの声で震えたように思えた。
疑問は残るが、何はともあれこれで町は救われる。俺と妻の平穏な生活も護られたんだ……ほら、彼女も嬉しそうに笑っているんだ。今はこれで良かったのだ、理由などまた思い出せばいい……
これまでの疲れが一気に押し寄せるような倦怠感を感じたが、達成感と高揚感はそれを遥かに上回っている。「もう一息」と自らを鼓舞すると、立ち上がって皆に習いアンドリューの側へ駆け寄った。
「他にも何か見つかるかもしれない、皆で手分けして探して……」
俺の声は突如感じた異変に遮られたのであった。
◆◆
「皆、落ち着いてッ」
「壁際をつたって出口を目指すぞ、そう離れてはいねぇ!」
それは突然の事であった。洞穴の中に地響きのような残響が広がると、岩肌は震えて欠片を降らせる。先程感じた感覚は幻ではなく、現実にこの岩の丘を激しく揺らしていたのだ。
「じ、地震か?」
「いや、地面は揺れてる感じがない。まさか爆薬か?! ロチルド財団の野郎、この穴の近くをすでに壊し始めていやがったのか」
「店主このランタンをッ! 先頭を行って皆を誘導して」
洞穴の入り口へ続く一本道の一番近くいるアンドリューへランタンを渡してくれと、俺は近くの一人に頼んだ。ランタンの光が手渡しに流れると、受け取ったアンドリューは大きな声で答えた。
「リリィザ、君も早く前へ行って!」
「シアンさんも……」
彼女の声が届く間もなく、今度はすぐ近くから衝撃音が反響する。
そして俺の眼前は一瞬にして暗転したのだ。




