酔っ払いの奇策
週に2~3話更新です!
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シンと静まりかえった暗い路地裏に、ぼんやり明かりを灯した建物が一軒だけ見えた。途端に感じる安堵感。あと数百メートルという焦れったさに、なんとか自分を鼓舞して引きずりながら足を進める。
ラピッシユ生花店と書かれた看板の横でポーチライトが控えめに輝いている。昼間にはいつも開いているシャッターを何度か叩いた。しばらくその場で待つと、色褪せたシャッターは耳障りな錆びた悲鳴をあげて開かれたのであった。
「フワァ……おかえりなさい、ずいぶん遅かったね。私寝ちゃいそうだったよ……って、ちょっとお父さん?! なんでそんな酔っ払ってるのよ!」
「おぅ……帰ったぞぅ……」
「はぁ……やっと着いたよ、本当に疲れた……」
酩酊状態でまともに歩けないアンドリューを支えながら、俺はなんとか店まで帰ってきた。幾度となく道に座り込む彼の面倒をみながら、ようやく店に辿り着いた頃には日付をまたぎかけていた。
「シアンさんも何その格好、お化粧も全部落ちてボロボロじゃない。とりあえず、お父さんはソファーに」
「ああ。ラズリ、すまないが手を貸してくれ」
疲労困憊の俺はラズリと共に、酔っぱらいの大男を支えて店の中に入った。
◆
「ありがとう、ようやくスッキリしたよ」
落ちかけの化粧と汗まみれだった俺は、ラズリの好意で風呂を借りた。ようやくまともな格好に着替えられると、深く溜め息をついて椅子に腰かけた。
「ううん、馬鹿なお父さんのせいでごめんなさい。シアンさんが連れ帰ってきてくれなかったら、どうなってたか……」
ラズリはそう言うとソファーにぐったりと寝そべる父親を見て、不快そうに目を細めた。
「そう言えば、シアンさんの家は平気なの? こんなに遅いんじゃ、リリィザさんもきっと心配してるよ」
「ああ、それなら大丈夫だよ。彼女には先に話してある、最悪アンドリューと徹夜でヴィクターを説得するってさ」
手拭いで濡れた髪を拭きながら、昨晩の妻との会話を思い出していた。
一筋縄ではいかないと予想はしていた。しかしまさか、まったく予想外の苦労があろうなどとは。昨日は考えもしなかったな……
「えっと、つまり、じゃあ。今日、シアンさん泊まっていくの……?」
「迷惑駆けちゃうな、ごめん」
俺は頭を下げた。彼女はなぜか初めて会った頃のように、なんども前髪を両手で撫で付けていた。
「てことはさ、二人きり……なんだよ、ね」
歯切れの悪い彼女を不思議に思って覗き込むと、真っ赤な顔で慌てたように声を荒げた。
「お、お父さんもいるしねッ!? ま、まぁ今はだらしないけど……あ! そうだ、こんな時間になっちゃったし、お腹すいてない? わ、私何か作るから座ってて!」
「あ、ああ……? ありがとう」
彼女は慌てたように部屋を飛び出していった。
「それにしても……せっかくのチャンスだったのに。結局なんの成果も無しかよ」
高いびきのアンドリューを見下ろしながら、俺はまた溜め息をつくと呟いたのであった。
◆◆
しばらくして戻って来たラズリは、何やら湯気の上がる器を俺の前に置いた。鼻をつく出汁のいい匂いに、思わず腹の虫が鳴いたのである。キャバレーではなんだかんだで何も食べていなかった事を、今さらに思い出した。
「お待たせ。熱いから気をつけてね」
「ありがとう、美味しそうだな。いただきます」
箸を取ってさっそく頂くと、見た目の通り熱さにむせ返る。
「だから熱いって、ゆっくり食べてね」
「あ、熱っ、でも旨い!」
熱々の汁の中には細長い練りものが浮かんでいる。初めて食べる代物だか、なんとも身体に染み渡る素朴で深い味わいであった。
「細かい所に気が利くし、料理も上手だし……ラズリはきっといいお嫁さんになるよ」
器の中身を啜りながら何気なくそう呟くと、彼女は再び顔を隠すように前髪を撫で付けていた。
「な、何おかしな事言ってるんですか。そ、そんな、お嫁さん、なんて……その、あの……」
――スゥー……スンスンッ、スンスン
顔を赤らめたラズリがしどろもどろに話していると、荒い鼻息が聞こえた。それがソファーに寝そべる父親のモノだとわかったのか、彼女は怒ったように声色を変えて口を開いたのである。
「ちょっと、お父さん。やっと起きたの?! 何やってるのよ、ほんとにもぅ……」
「んんぅ? なんかいい匂いがするなぁ。お! シアン、旨そうなモノ食べてるじゃねぇか。ラズリ、俺にもひとつ作ってくれよ」
大あくびをしながら起き上がったアンドリューは、叱りつけるような娘の声をあしらって立ち上がった。わざとらしく謝る父の頼みを渋々と受け入れたのか、ラズリは文句を呟きながら再び部屋を後にしたのであった。
◆◆◆
「おい、いったいこれからどうするんだよ。店主があんな酔っ払ったせいで、せっかく取り付けた作戦が――」
「まぁまぁ、慌てんなっての。俺だってちゃあんと、仕事はしたんだぜ? コイツを拝借した事がバレないように、わざとロチルドに酒を進めてよぉ」
俺の言葉を遮るとアンドリューはどっしりと向かいの椅子に腰を降ろした。すぐに貴人服の胸ポケットをまさぐると、小さく折り畳まれた数枚の紙切れを机に置いたのである。
「これは?」
散らばった一枚手に取るとそれを広げて見る。それは何処かで見た事があるような、地図の切れ端であった。
「これって……もしかし、サンスビアの地図?」
「ああ、そうだ。だがコイツはただの地図じゃねぇ。巨大施設【サンスレクチュアリ】の建設予定地の地盤調査場所が記されている」
たいそう自慢げに話すアンドリューは他の紙切れも開くと、それぞれを繋げて並べ出した。
地盤調査場所がなんだって言うのだ? そんなモノ知り得たところで、建設を止められないだろう……
眉根を寄せる俺の顔を鼻で笑うと、地図を指差しながらアンドリューは口を開く。
「てんでわかんねぇって顔してるな、いいか? この印が施設の柱を建てる場所だ。で、こっちの印がそのボーリング調査箇所だ……」
ボーリングチョウサ? 柱って所までは理解できたが……
ひとまず俺はわかったフリをしながら、黙ったまま頷いて聞いていたのであった。
「……これはひょっとすると、何とかできるかも知れねぇぞ?」
アンドリューは不適に笑うと、話を続ける。どうやら彼は何か考え付いたようだ。




