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レッド・ヘッド・ドレッド・ドラゴン ~希代の暴君は蘇る~ [※尚、転生先は中途で新婚です]  作者: 夏野ツバメ


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魅惑の歌姫

週2~3話更新です!

是非ブックマークよろしくお願いいたします!

「そうだ! 良かったらこれ、どうぞ」


「ど、どうも」


 キャバレー【エル・メルラルド】の新人歌姫バニア・ルゥは、小さな紙切れを取り出すとヴィクターに手渡した。横からそれを覗くと、これまた派手な色の小さな四角い紙に彼女の名前と何やら細々と綴られているのが見える。


「名刺の下に書いてあるのが私の公演日よ。月に五回程出演してるので、気に入ったらまたいらして下さいね」


 そう言って彼女は金髪男(ヴィクター)の空の方の手を両手で握った。片ヒザをつき上目遣いに話すバニアの姿に照れているのか、ヴィクターは視線を泳がせながら頷いている。


「貴女にも差し上げますね」


 そう言って彼女は、俺にも同じ紙切れを渡そうと顔に近づけてきた。


 うぉっ?! 待った、これは……


 俺にはヴィクターが視線を泳がせた理由が一瞬で理解できた。彼女が着ている大きく胸元の開いたドレスから覗き見えてしまう光景に、理性が必死で抗っていたのだ。


「あれ? あなた……」


 呟いたバニアは突然俺の首もとに顔を近づけた。スンスンと匂いを嗅ぐような息づかいが首にかかる。突然の事に動揺する俺を一度直ってまじまじ見つめると、今度は耳元にそっと近づいて囁いてきた。上品で甘ったるい匂いと吐息が左の耳をくすぐる。


「……あなた、男の子の匂いがする」


「ちょっ、ちょっっ?!」


 俺は思わず持っていた酒瓶を投げ出してしまう。盛大に撒き散らされた瓶の中身はしばし宙に舞う、すぐに雨粒のように降り注ぐとバニアと俺を濡らしたのであった。


「おいおい、何やってんだよ?! 大丈夫か?」


 アンドリューは慌ててテーブルの上の無事な食べ物を動かしていた、向かいに座っていたヴィクターも立ち上がりそれを手伝っている。


「す、すいません! 手が滑ったしまって……ドレス、汚してしまってごめんなさい」


「ううん、私が急にイタズラしちゃったから。衣装はまだ他に用意してあるから大丈夫よ。それよりあなたこそ、そんなに濡れちゃって」


 バニアは手荷物から布巾を取り出して、俺の服についた水滴を拭ってくれた。


「バニアちゃん大丈夫か? うちの奴が迷惑かけちまって、申し訳ない」


「私は大丈夫ですよ。それよりシアーヌさんが濡れちゃったから……そうだ、控え室に何か着れるものがあるかもしれない!」


 バニアは思い立ったように立ち上がると、俺の手を取った。


「おれ……いや、私は、本当に大丈夫ですから……」


「なに言ってるの? 濡れたままにして、大切なお客様に風邪でも引かれたら困るわ。さぁ、遠慮しないで。早く私の控え室に行きましょう」


 確かに幸か不幸か、撒き散らされた水滴はほとんど俺に降り注いでいた。ずぶ濡れの貴人服(スーツ)からはベットリと鼻をつく酒の香気が放たれている。


 まずい、着替えなんてしたら、俺の正体が男だとバレてしまう……いや、そんな事よりせっかく取り付けたロチルド財団との商談作戦が……


「おっと、バニアちゃんそろそろ時間だろ? シアーヌをその控え室まで案内してくれたら、すぐに着替えて舞台に向かってくれ。あとはコイツが適当になんとかするさ、これ以上迷惑掛けたらせっかくのショーまで台無しになっちまう。なぁ、シアーヌ?」


 ガラス向こうの舞台上を指差すアンドリューは時計を見ながらそう言い放つと、片目を綴じて俺に合図を送ってくれている。


 な、ナイスだアンドリューッ! それならすぐに戻ってこられる!


 時計を見たバニアの顔が一瞬強ばった。あと十分程度で、時計の針は二十時を指し示そうとしている。あの表情から察するに、彼女の出番は二十時ちょうどなのだろう。

 

「わかりました。それじゃあすぐに控え室に案内します、ついて来て」


「は、はい!」




 バニア・ルゥに手を引かれて俺は暗い廊下を小走りに進んだ。すぐに控え室の小部屋までたどり着くと、彼女は手探りに壁に触れて何かを探しはじめた。カチンと音がなる、飾り気のない裸電球が頼りない明かりを灯した。


「この部屋にあるものなら、なんでも好きに着替えて貰ってかまわないから」


「は、はい」


 手狭の部屋の中には、そこかしこにきらびやかなドレスが掛かっている。


 この中からは、流石に選べないだろ……


 眩暈のしてくるような派手なデザインのドレスを見ていると、後ろでバサバサと音が聞こえた。まさかと思い振り向くと、バニアがドレスを脱ぎ掛けている。


「ちょ、ちょっと、まって! 着替えるなら出てるから!?」


「ん? 女の子同士なんだから気にしなくて良いのに。あ……それともシアーヌさん、本当に男だったの?」


「い、いや、わ、わちし、私、出てますから!」


 慌てて飛び出すと、背中で扉を押さえた。


 まさかいきなり着替えるなんて、あの女なかなかの度胸だな……


 冷や汗を拭った直後、背中に衝撃が走った。扉の向こうから何度も激しく打ち付けられている。


『ちょっと、出られないから開けて!』


「あ、わ、悪い。すぐにどくよ、ごめん」


 慌てて扉から離れると、先程とは代わり清楚な純白のドレスを纏ったバニアが立っていた。振り乱した髪を軽く撫で付けながら、彼女は微笑んで口を開く。


「ごめんなさい、急いでいるの。ステージは私にとって無くてはならない、存在意義だから。この後、心を込めて歌うから許してね」


そう言って彼女は俺の目の前を駆けていった。


「――そうだ! 今度はちゃんと自己紹介してね。シアーヌさん」


 

 すぐに戻らなければいけないのだ……だがしかし。少しだけなら……見ても良いかも、いや見てみたい……


 気がつけば俺は、彼女を追いかけて舞台袖へと向かっていたのであった。





 


 








 



 


 

 


 

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