現状把握、恐らく無職。
シアン・ウイークは何処にでも居るような普通の青年だ。
年齢は21歳。細身の体つきに決して高くはない平均的な身長。
童顔のせいか、実年齢よりもずっと幼く見える。数ヶ月前にこの最果ての町に訪れた彼は、町の西側に立つこの家を購入したらしい。
新天地にて妻と二人暮らす為、仕事を探しながら新婚生活を始めていたようだ。
「それにしてもコイツの体はなんて……」
朝食の後自室に戻り鏡の前に立つ、寝巻きを脱いだ上裸の自身を見て頭を抱えた。華奢な二の腕で不健康そうな青白い肌を擦ってはため息が溢れた。
何度見ても情けなくなる。
「……なんなんだ、コイツのこの軟弱な体は」
希代の暴君、レッド・ドラグーンは転生先の肉体に怒りと哀しみと深い絶望と、複雑な感情で忙しく悶えていた。
『シアンさーん、着替え終わりましたかー?』
扉の外から聞こえる声にドキリと固まり、いそいそと農作業用のツナギに袖を通す。
声の主の姿を頭に浮かべると、無条件で少しだけにやけてしまう。
リリィザ・ウイーク。
僕の妻だ。年齢は23歳。
容姿端麗、その一言がこんなにも当てはまる女性を見たことがない。
すらりと伸びた背丈は俺とほとんど変わらない。細身の体に女性らしい身体のラインが嫌でも目立つ。
滑らかな銀色の長い髪は高級な布繊維のようであり。深みのある青い瞳は、本物の宝石のようだ。白い肌は儚く繊細な雪のようで、触れる事を躊躇ってしまうほどに美しい。
僕の妻だ……
……何故だか俺の妻だ。
俺にはこの男、シアン・ウイークの記憶がまったくにないのだ。念願の転生を果たした俺はすぐにでも作り上げた自国、へルセリアへと発とうとした。しかし、思わぬ人物に呼び止められ、この田舎の民家から出ることができなかった。
……まぁ、あれだ。少しだけこのリリィザという女に付き合ってやることにしただけ。ただの気まぐれで、本当ならばすぐにでもこんな田舎を立ち去りたいのだ。
……少しだけ気になっただけだ。決して好みだとか、美人な妻のいる生活というものに憧れたワケではない。そう、この身体の出自が気になっただけで、決してやましい気持ちなどではない。
『準備出来たらこっちに来て下さい。今日の私の服装、変じゃないか見てほしいの』
「は、はぁい!」
どんな格好をしているのだろう。どんな格好でもきっと似合うに違いない。
いや、決して浮かれてなどいないのだ。
「しかし、なぁ……」
これまでこの青年がどのよう生きてきたのか? 平々凡々に思えるこの男が、どうやってあのような絶世の妻を娶ることができたのだろうか?
首をかしげて唸り声をあげてみる。
念願の転生を果たしてからというもの、シアンという人物に成った暴君は答えの出ない自問自答を日々繰り返している。
『___もぅッ! シアンさん準備できましたか?』
ガタン、という大きな音に反してゆっくり開かれる。建て付けの悪い扉の向こうから、柔らかい声の主が姿を表す。
長い銀髪を頭頂部にまとめあげ、身長よりも少し大きなオーバーオールを身に纏った彼女。
やはり…僕の妻は何を着ても似合う。うん、こんな田舎臭い格好でも途轍もなく綺麗だ。
大袈裟に感動するシアンを困った顔でなだめると、リリィザは農作業に使う荷物をまとめて手渡す。彼女は大きなバスケット鞄を持つと踵を返した。
「さぁ、ドナーさんの家へ向かいましょう。もうすぐ約束の時間ですよ」
「あぁ、もう準備出来たよ。荷物もっと持とうか? 重くないかい?」
この数週間でなんとかシアンの口調を真似できるようになったらしい。一言一句気を張りながら、これまで手探りで作り上げた賜物だ。
「それじゃあ。私はお昼に皆で食べるお弁当を持っていくので、農作業の重たい荷物はぜぇんぶシアンさんにお願いしますね」
振り返り様に零れたいたずらな笑顔に、またもや胸が高鳴った。心臓の音が飛び出そうな程、異常に回転するのはどうしてだろう。
そうだ。決してこれは浮かれた煩悩なのではなく、ただの人助け。いや、やむを得ない事態に正面から対処しているだけ。そう、今はこの転生先で問題が生じる事が不都合な事態なだけだ。
うん、そうだ。この目の前の女を悲しませることに何の利益はないのだ。
……だから、
俺がやるべき事は一つ。
……俺はこの妻の為ならば、シアン・ウイークになろうではないか!
転生した暴君の疑問は、射し込んだ笑顔で晴れ渡る。今はただ、美しすぎる女神の存在が眩しすぎたのであった。




