婦人の御予定
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「シアンさんっ、早く来てください! お客さんですよ」
「なんだっていうんだよ、せっかく楽しみにしてる昼飯の時間だってのに……」
店のほうから俺を呼ぶ声が何度か聞こえたかと思うと、彼女は事務所まで来て俺の手を引っ張った。
「僕に客って誰なんだよ、いったい」
「わかりませんよ。とにかく、す、凄く、綺麗な女の人で。都会の人って感じで、私、緊張しちゃいました」
綺麗な女の人? 俺が思い当たる人物は一人しかいない。手を引かれたまま店まで戻ると、花を眺める女性の姿が見える。
俺の予想は的中していた。彼女ほど綺麗な人など、そうはいない。
「あれ、リリィザ……? どうしてここに君が?」
「用事で近くまで来たものだから、つい顔を出してみました。ごめんなさい、お邪魔だったかしら?」
白銀の髪を器用に編み込み、淡い色合いのワンピースドレスに身を包んだリリィザ。毎日顔を会わせているはずなのに、今日は普段よりもずっと可憐な彼女に胸がときめく。口元に薄く塗られたルージュが、見事に洗練された彼女の魅力を際立たせている。
これはラズリが緊張するのも無理ないな。妻でなければ俺だって緊張して、ろくに目も合わせられん。
「し、シアンさん、お知り合いの方ですか?」
「知り合いもなにも、妻のリリィザだよ」
「ええぇぇッ?! シアンさん結婚してたの?!」
「そ、そんなに驚かなくてもいいだろ?」
よほど驚いたのか大声をあげるラズリをよそに、リリィザはかしこまって頭を下げていた。
「初めまして。いつも主人がお世話になっております。……シアンさん、もしかして、こちらの方が店主のラピッシュさんかしら? ずいぶんお若く見えるけれど」
リリィザは小声で俺に尋ねる。いや、どう見ても違うだろ。
「違うよ。いや、違わないか、ラピッシュはラピッシュだな。そうじゃなくて彼女はラズリ、ここの店主の娘さんで……」
二人との会話を交互に応えていると、リリィザの背後から大きな影が伸びた。
「おおい、帰ったぞ。なんだお客さん来てるじゃねぇか、お前らちゃんと接客しろよな。いらっしゃい、おや? お客さん、ずいぶんべっぴんさんだね。こりゃあサービスしなくっちゃあな! ガハハハッ」
いつもなら日暮れまで帰ってこないはずのアンドリューまでなぜか帰ってきた。余計に説明がややこしくなる。
「シアンさんが結婚してるなんて、私は聞いてませんよ?!」
「シアンさん、こちらの大きな方はどなた?」
「おぅ、シアン。こちらのご婦人に特別サービスしとけよ?」
好き放題に話し始める三人に俺は慌てて応える。一斉に話すな、せめて順番にしてくれよ……
「シアンさん!」
「シアンさん?」
「おい、シアン聞いてんのか?」
あー、もうややこしいッ、一人ずつ話してくれ! 俺はたまらず手を叩くと、声を張り上げた。
「ひとまずッ! 皆、奥で話しませんか?」
◆
騒々しい三人を無理やり事務所まで引っ張った俺は、なんとか一応の紹介を済ませたのであった。テーブルを挟み二人ずつ向かい合うように座ると、気を利かせたラズリが茶を用意してくれた。
「なんだよお前水くさぇなぁ、早く言ってくれればよかったのに。こんな美人の嫁さんがいるなんてよ」
「いや、話すタイミングがなかなか無くて……それより店主、今日はやけに店に戻るの早くない?」
「ああ……この後ちと、用事があってな。畑のほうは早めに切り上げてきたんだ」
アンドリューはどこか不機嫌そうに話している。
そういえばリリィザも用事で近くまで来たと言っていたな。よそ行きの格好、普段よりもめかし込む用事って……まさか誰かと会う約束とか?
……いやいや、リリィザに限ってそんな事は。……な、ないよな?
「あ、あの、り、リリィザさんの用事は、もう済んだんですか? もしお引き留めしてたら悪いかなって……」
アンドリューの隣に座るラズリが小さな声でリリィザに尋ねた。
心の中で俺は叫んだ……ラズリ、ナイスだッ! なんならその用事は何かと聞いてくれッ!
リリィザは首を左右に少し振ると応える。
「いえいえ、私が勝手にお邪魔したので、むしろ仕事中にご迷惑お掛けしてごめんなさい。今日は寄合に参加する為に町に来たんです。隣の奥様に頼まれて代理なんですけどね」
「お? なんだ、奥さんの用事も寄合だったか」
ヨリアイとはなんだ? 隣の奥様ってことはユフェル・ドナーの事だよな。アンドリューの話からすると、彼の用事もそのヨリアイのようだ。
「はい、ドナーさんの……隣家のお子さんが熱を出したみたいで。シアンさん、ごめんなさい。本当は相談しようと思ったんだけど、フェルウンさんからどうしてもって頼まれてしまって」
「それは全然構わないけど……」
内心、妻の用事を知れて安心していた。
「代理ってドナーのところの事か。アイツん家の子供、まだ小さいからな。……まてよ。それなら俺の代わりにシアン、お前が奥さんと行ってやれよ? よく知らない連中の中に一人で行かせるのは可哀想じゃねぇか。うん、そうだ、それがいい!」
アンドリューはドナー夫妻を知っているようだ。
それはそうと、俺がアンドリューの代わり? まぁ、確かにリリィザ一人で行かせるのは、変な男でもいたらと考えると心配だ。
「調子良いこと言って、お父さん行きたくないだけでしょ? それに店の代表が寄合行かなくてどうするの」
「いいんだよ。やれ祭りの出し物だの、町会費がどうのだと、どうせ集まったってろくな話なんかねぇんだし。それならラズリ、お前も一緒について行ってやれよ。ほら、社長令嬢と補佐社員って事で。店番は俺がやっておくから、よし、それで決まりだ!」
横やりを入れるラズリに、アンドリューは無理やりこじつけた。困ったように笑うリリィザは二人を宥めようとしている。
「仕方ない、僕は店主の指示に従うよ」
やれやれといった顔で答えはしたが、俺は内心ワクワクしていた。




