半人前の記憶とリリィメモリー
週に2~3話の更新予定です!
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「そ、それは……」
席を立ったアンドリューは得意気に鼻を鳴らすと、俺の目の前にソレを置いて見せた。ドンと置かれたテーブル上には、立派な花瓶に生けられた大きな白い花が2本並んでいる。
花?……何故急にこんなものを見せるのだろうか。
「あの、これは……」
「コイツは【白銀百合】って花だ。まぁここいらでは別の名前で呼ばれることのほうが多いが」
「は、はぁ……」
突如目の前に並べられた花を訳も分からず眺めていると、アンドリューはそれを自らの方へと引き寄せた。
「この花はとても希少でな、このくらいのサイズなら一本5000ベルはくだらない代物だ」
一本5000ベル、俺の時間的報酬が1050ベルだから……約五時間分か……ウソだろっ?! たかが花がそんなに高いのか、信じられん。
アンドリューは驚きを隠せない俺の顔を見て、ニヤけ顔でまた語り出した。
「そもそもこの花は多年草で、基本的には通年収穫できる。しかしながら、この花が希少な理由はその扱いの難しさが関係していてな。知識のないヤツが雑に触れると、すぐに枯れちまうのよ。それ以外にも花を着けるまでの生育環境にやたらと縛りが多い……だが俺はこの花の特殊な生育条件を全てクリアし、こうして繁殖に成功した。自慢じゃねぇがそこらの花農家じゃとても育てられねぇ」
「一本、5000ベル……二本あるから10000ベルか……つまり十時間分……」
花の値段に動転する俺に構わず、アンドリューは長々と説明を続ける。俺の頭の中はまったく別の事柄でとらわれていた。
待て待て、この花を育てた方がこの店で働くよりも稼げるのではないか? いや、むしろ家でコイツを育てればわざわざ働きに出る必要もないのか……?
「……てなわけだ。どうだ? すげぇだろ、って、おいおい、俺の話し聞いてたか?」
「え、あぁ、凄い花なのは分かりました。ですが、これが一体どうしたっていうんですか?」
俺の質問にアンドリューは薄笑いで花瓶に手を掛けた。スッと俺の近くへと寄せる。
「実はこの二本の百合のうち、どちらか片方は半値も付かない粗悪品だ。そこでだ、シアン。お前さんの花を見る目を見させてもらいたい」
な、何を言っている?! そんなもん見ただけで分かるわけないだろ……
「選んだ方は売り物にならない粗悪品だ。処分してくれて構わない、触れて貰えばすぐに枯れる。だが万が一にも良品の方を選ばれたらウチの店は損害、その時は弁償してもらわねぇといけねぇ」
5000ベルだぞ?! そんなもん持ってるはずもないだろ、リリィザに言ったら何て言われるか……
「ウチの採用条件はたった一つだ。花を大切に出来るかどうか。さぁ、これでもどちらか選べるかい?」
ふざけろ?! こんな条件のめるわけが……
……いや、待てよ。この身体ならその違いが分かるのではないか? そうだ、先刻見せたあの知識量ならば、あるいは正解が見分けられるかもしれん!
俺はゆっくりと頷いた。
「ほぅ、花の目利きに自信がアリって顔だな。それじゃ、選んでもらおうか?」
落ち着け、先程の感覚を思い出すのだ。冷静に、花をじっくりと見ろ。さぁ、眠れるシアン・ウイークの記憶よ! 俺に知識を与えたまえ!
壁掛け時計の振り子の音だけが、部屋の中に響きわたるのであった。
◆
「……」
「……」
「……なぁ、もういいか?」
「あ、いや、まま、待って! もう少しっ、もう少しで分かりそうなんだ!」
花を見つめること、早10分。俺にシアン・ウイークの閃きはまったく降りてこない。
まずい、まずいぞ?! 何故何も浮かばないんだ、さてはシアン、無知なのか!?
「なぁ……」
しびれを切らしたアンドリューが呆れ声で急かす。俺は何とかこの窮地を脱する為の策を、ただひたすら花を見つめて考えていた。
「はぁ、見込み違いか。もういい、止めにしよ……」
「待ってくれっ!」
これ以上引き伸ばすことも出来ない。こうなればもう覚悟を決めて、どちらか選ぶしかない。これまで死線はいくつも越えたはず、己が心を決めるしかない。
ゆっくりと深呼吸をする。なぜだか不意に愛する妻の名前が頭を過る、その名に感情が奮い立った。……よし、決めた、俺は決めたぞ!
目を見開き高らかに右手を掲げる。そして人差し指を一本伸ばした。
「さぁ、どっちにするんだよ」
半ば飽きた様子のアンドリューは片肘をつき、欠伸を噛み殺して見つめている。
今の俺に出来ること……それは……
覚悟を決めたように瞳を閉じる。伸ばした人差し指を戻すように、右手を握った。
「古来より生物は生きるために争ってきた。生きる事は争いと切っては切れない関係にある、それが生物の長きに渡る歴史。歴史は常に強き者にだけ微笑み、弱き者には苦汁を啜らせた。とてもシンプルな世界だ」
俺は何を口走っている……ええい、もう、どうとでもなれッ……
「強さは正しい。しかし、突き詰めた先、自分の後ろには敗者しか残らない。それでは人を集め、国を作ることなど到底不可能だ。その時に初めて気づいた、己が強者ならば弱者を背負えるだけの覚悟を持たねばならないのだと。それが英雄王という名が背負うべき、天命なのであると。打てば砕ける儚い命であろうと、奪われれば必ず悲しむ者が居るだろう。それをこそ守る為に必要なモノ、それこそが真の力だ」
とても目を開けられない。自分でも何を言っているのか、支離滅裂なのは明白だ。だが……この戦い、メンセツとやらは、決して引くわけにはいかないのだ。
「強大な力の前に生命は常に平等だ、強者の選択に弱き者は常に脅かされる。それ故に、俺は選ばない! それがどんな生命でも、必ず守ると決めた。生きようとする健気な命は、守るに価する存在であると」
捲し立てるように語り終えると、部屋の中には再び静寂が戻った。
アンドリューは今どんな顔で俺を見ているのだろう? なりふり構わず語り出した後、一気に後悔が押し寄せてくる。
……終わった、完全に終わったな。だが、心地よいほど語りつくした。
心を決めて目を開けると、目の前にいたはずのアンドリューの姿がない。あれ、何処に?
「……お前さん、なに言ってんだ?」
後ろから現れた大男は淹れ直したティーポッドを片手に、シニカルな笑みを浮かべていた。
「シアン、お前さん歴史オタクだろ。今の大昔の偉人の演説じゃねぇか。まぁ、俺もガキの頃好きだったけどな、【古今無双の英雄、レッド・ドラグーン】だろ?」
な、何故、俺の名を?! いや、アンドリューが言っているのは昔の俺の方か……
「カッコいいよなぁ、強い男になりたいって本気で思ってた時期、男なら皆あるもんだ。それじゃあよ、明日からはお前もこの店を守れるように死力を尽くしてくれよな?」
「いや、まぁ、それ程でも。は、はい、今なんて……?」
この男は今、何と言った? 明日からとは、もしや……
「なんで、お前が照れてんだよ? ああ、採用だ。お前はウチの採用条件に合格したんだ」
アンドリューは笑いながら話している、何故だ、俺はサイヨウというものに価したのか?
「言ったろ? ウチの採用条件はたった一つ、それは花を大切に出来ること。お前はたとえ粗悪品でも、この花の命を思ってどちらも選ばなかったんだろ?」
そこまで考えていたわけではない。何となく有耶無耶に出来ないかと、思いつく限りの言葉を口にしただけ。悟られないよう、とりあえず頷いた。
「切り花なんてほっといてもそのうち枯れる。美しく咲き誇る期間なんてほんの僅かだ。だが、その短い間を大切に見守ってくれる方が、生産者としては嬉しいじゃねぇか? 種明かしするとな、この二本の花はどちらも上等品なんだよ」
「え、えぇ?」
「普通に考えてみろよ、触った瞬間に枯れる花なんてあるわけないだろ? そんなもん売ったら即クレームもんだ。俺はかま掛けてお前に質問しただけさ」
アンドリューの言葉を聞いている俺は、今どんな顔をしているのだろうか? 口元が弛んでいる気がする、不思議な達成感が満ちてゆくのがわかる。
『やったっ! じゃあ、明日からもまたシアンさん来てくれるんだ!』
店へ続く扉の向こうから声が聞こえた。扉が開くと、嬉しそうに笑うラズリの姿が見える。
「ラズリ、お前盗み聞きしてたのか? まったく。店番してろって言ったのによ」
「お父さんだって大事な話とか言って、ただお茶飲んでただけじゃない」
他愛ない口喧嘩をするラピッシュ親子の姿に呆気にとられたが、今はそれよりも念願叶い手に入れた仕事に段々と胸を高鳴らせていた。
「そうだ。今日はラズリが世話になったようだな。今日の給与って言ったらアレだが、これ持ってけ」
テーブルの上の花瓶を掴むと、アンドリューは俺の鼻先へと差し出した。隣でラズリがまた騒ぐ。本当に仲の良い親子だな。
「ちょっと! そのまま渡すなんて、ちゃんと包まなきゃダメでしょ? お父さんそうゆう所が雑だよね」
「わかってるよ、ったく。年々、母さんに似て口うるさくなってきやがって……ほらシアン、お前さんの就職祝いだ。家にでも飾っときな。あぁ、そうだ。さっき言ってた白銀百合って名前は学名でな、この辺りでの通名は……」
アンドリューがその名を告げたとき、合点がいった。なるほど、身体の記憶は全て知っていたのだな……
ラズリから包装された花を受け取ると、俺はラピッシュ生花店を後にしたのであった。
◆◆
「けっこう降ってきやがった。そういえば、夕方から雨が降るってリリィザに言われてたな」
ラピッシュ生花店を出て大通りを抜けた頃、すっかり陽の落ちた町中には街灯がボンヤリ浮かんでいた。空は厚い雲に覆い尽くされていて、星も月も、今夜はあてにならない。夕刻から降り始めた雨は、徐々にその雨足を強めていた。
たまらず街路樹の下に潜り込んだはいいが、これ、止まないよな。さっきからどんどん強くなってきているし……えぇい、それならいっそ家まで走るか? いや、着く頃にはびしょ濡れで、せっかくラズリに包んで貰った花も台無しになってしまう。
雨音が大きくなるのがわかる。これはいよいよ止みそうもない。
強まる雨声にため息をついていると、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。まさかな、俺は一体どれだけあの家に帰るのを楽しみにしているのか。自分自身をせせら笑うと、また聞こえた気がしたのである。今度はすぐ近くから聞こえた。
「シアンさん?」
「リリィザ!」
激しく打ち付ける雨の中、淡い光に照らされた傘を持って妻は佇んでいた。
「あんまり遅いから、心配になって迎えにきましたよ。ほら? 雨、やっぱり降ってきたでしょう」
なんだろう、この安心感。彼女の顔を見ただけで言い表せない感情が沸き上がってゆく。俺はまた妙な表情をしてしまっているかもしれない。
「その顔はもしかして、良いお仕事決まったんですか?」
「あ、あぁ! 決まったよ、店主は怖そうだし、仕事仲間は頼り無さそうだけど、とても良い店なんだ。そうだリリィザ、君にプレゼントがあって……」
薄ピンク色の包装紙で包まれた白い花を取り出してみせる。喜ぶ彼女の顔が今にも目に浮かぶ。
「これは……」
「白銀百合、とても貴重な花なんだ。この町の人達はこの花の事を別の名で呼ぶらしい。その名は……」
「「 【リリイザ】 」」
二人の声が重なった事よりも、リリィザの左頬を流れた一筋の水滴に驚いて言葉に詰まった。
「ど、どうした……」
「雨がまた強くなりましたね。ごめんなさい、目に入ってしまいました」
軽く目を擦ると彼女は嬉しそうに花を受け取った。
なんだ、雨粒だったのか。ただの見間違い……だけど何故だろう、確かに流れたように見えた気がした。急な事で妙に胸がざわめいている。
「ああ、喜んでもらえてよかった。リリィザと同じ名前だって知っていたんだね」
「はい……私もこの町に来て初めて知りました。とっても素敵な花ですよね、シアンさん、ありがとう」
そうだ、リリィザならこの身体の前職を知っている事だろうし。恐らく花に関わる仕事をしていたであろうこの男ならば、同じ花を贈った事があるのかもしれない。
「そういえばシアンさん、卵買ってきてくれましたか?」
「あ! し、しまった……」
そうだった、今朝家を出る前に頼まれた事を今の今まですっかりと忘れていた。
「もう、しかたないですね。近くにまだ開いてるお店ありますから、寄り道して帰りましょうか?」
そう言うとリリィザはさしていた傘を手渡す。すぐさま俺の右腕にぴったりとくっつき、大事そうに花を抱えて傘の中に一緒に入ってきた。一連のその仕草にまた胸が高鳴る。
「今日は本当にお疲れ様でした。さぁ、用事を済ませて帰りましょう。早く帰らないと、せっかく準備した夕御飯が冷めてしまいますからね」
黙ったままで、頷いて答える。微笑むリリィザに見とれてしまっていた。
……リリィザとシアン、俺はまだこの二人の事をほとんど知らない。いずれ知るときが来るのであろうか?




