地中の支配者モーラニュクス
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人通りの少ない路地裏で、ひっそりと営業するラピッシュ生花店。あの後も数人の客が花を求めて現れていた。それでもまばらな客足に、俺はまた不安を覚える。やはりと言うか、何と言うか、あまり繁盛はしていないらしい。本当にここに仕事なんてあるのだろうか?
「シアンさんが来てくれたお陰で、何となく自信がつきました。なんだか今日は調子がとても良いです」
栗毛の少女は楽しそうだ。すっかり懐かれた俺は、調子良く話す彼女に適当な相槌を返す。コイツ、慣れたら普通に会話出来るのだな。
「あぁ、それなら良かったよ。それにしてもここの店主、ラズリの父上はいつ戻るんだ?」
そうだ、俺はこの店の主と交渉しなければいけない。主の許しが出ない事には、まだ仕事なるものをこの手に掴んでいないのだ。
ラズリはチラッと時計を確認すると、すぐに答えた。
「この時間だともう少しで陽が陰ってくるので、そろそろだと思います」
いつの間にか外は陽が落ちかけ、少し暗くなってきている。遠くのほうで夕刻を告げる、町の鐘の音が聞こえた。
『おぉい! いないのかぁ?』
鐘の音よりも大きな、野太い声が店内に届く。
また客でも来たのか?
俺は少し顔を出して店先を覗いた。大きな人影がこちらを見ている。
覗いた俺の顔を見るや否や、見るからに体格の良い男が威嚇のような叫び声を上げた。
「ああん? なんだお前は?!」
「い、いや……」
大男の容姿は面妖であった。あの特徴的な鼻の長さ、アンバランスに発達した両腕。この特徴は、たしか土竜族であったか?
すぐさま走りよられたかと思うと、筋骨隆々とした両手で乱暴に喉元を掴まれた。土竜族と思わしき大男は間髪いれずに怒鳴り付けてくる。
「お前、何者だっ?! なんで店の奥にいる? さては盗みを働いていたのでは……」
いきなり何なんだコイツは……? く、苦しい……
声も上げられない俺は必死に大男の腕を掴んで抵抗を試みるが、圧倒的な体躯の差にびくともしない。騒がしい物音を聞き付けて、奥から出てきたラズリが大声をあげた。
「お父さんやめて! その人は求人を見て来てくれたの」
お、お父さん、? と言うことはつまり……この土竜人がラズリの父親で、この店の主なのか?
「お父さんっ早く離して!」
「なに? それは本当か?! おい、お前、娘に変なことしてないだろぉなぁ?!」
ラズリの必死な制止によって、大男はようやくその手を弛める。解放された俺は勢い余って尻もちをつくと、激しく咳き込んだ。
「もぉ、なんで人の話を聞かないの。シアンさんはそんな人じゃないんだってばっ」
「わ、悪かったよ。ついカッとなっちまってさ……」
大男はそう言って大きな手で俺を引き起こす。
「俺はこの店の主でアンドリューってんだ。兄さん悪かったな。てっきり留守中に押し入った強盗かと思っちまってよ」
先ほど、ラズリが店番の件で口ごもった理由が今わかった。花屋の前にこんな厳つい大男が店に立ってたら、そりゃあ客も逃げちまうだろう。
「いや、良く来てくれた! さぁ、奥で茶でも出すから、お互い水に流そうじゃねぇか。ガハハハッ」
「は、はぁ、」
お互いってなんだよ、今のは一方的にあんたのせいじゃ……
咳き込む俺はなにも言い返すことも出来ないまま、勢いに流されて奥へと連れていかれるのであった。
◆
「いやぁ、悪かった、悪かった。さぁ、ウチで作ってるハーブティーだ。味と香りも抜群さ、ゆっくり召し上がってくれ」
アンドリュー・ラピッシュと名乗った店主の大男は豪快にカップに茶を注ぐと、グイッと俺の前へ差し出してきた。淹れたての湯気から香る香草の香りに思わず手が延びてしまった。
「ん……うまい!」
「そうだろぉ? これもウチで育てた自家製なのさ。もちろん、無農薬だ」
鼻を抜ける何ともいえない香草の風味がさっぱりとしていて後を引く、気が付けば一気に飲み干していた。
「お父さんは本当にすぐ決めつけるんだから、悪いところだよ?」
「悪かったってぇ。それより俺はこれからこの兄さんと大事な話をするから、ラズリ、お前はちょっと店番しててくれ」
父親の指示に不服そうな表情を見せるラズリは、文句を呟きながら出ていった。
モーラニュクス族。その祖先は土竜であると言われ、地中の支配者とも言われた種族。このアンドリューという男はまさにその血が色濃く現れている。しかし、娘のラズリはどう見てもただの人間としか思えない……
「似てねぇだろ?」
心の声が漏れたかと、一瞬ヒヤリとした。アンドリューを見ると、空になったグラスに茶を注ぎながら話している。
「あの子は亡くなった女房の連れ子でよぉ。この花屋も実をいうと形見みたいなもんだ。あの子が五つの時から二人で生活してる、それから十年。こんな父親のせいで苦労させちゃいけねぇって、俺は必死で育てた。そのせいか大事に育てすぎちまって、あんな臆病な子になっちまったんだけどな」
自嘲気味にアンドリューは漏らす。
「ラズリ、いや、娘さんは臆病じゃないですよ。ついさっきもちゃんと、お客さんに向き合っていた」
「そりゃほんとか? そうか……子供ってのは見ない間に成長しているもんだな」
不思議と、向かいに座るアンドリューの体躯が小さくなったように映る。血の繋がりは無くとも、子を心配する姿は本当の父親のようだ。この男も悪い人物ではなさそうだな。
「ところで兄さん、名前何てんだ? ここで働きたいってのは本気なのかい?」
「シアン・ウイークです。仕事をくれるのなら何でもやる覚悟です」
即答である。今朝の夢のようには絶対にならない。妻の顔が浮かんだ瞬間、この店に感じていたはずの不安はすっかり忘れ去られていた。
「そうか、そうか。それなら今からすぐに面接といこう。あー、固くならなくてもいい。ウチの採用条件はたったの一つさ」
メンセツ、サイヨウジョウケン、恐らく俺はアンドリューに試されているのだと直感していた。
いかなる試練でも耐え抜いて見せる覚悟だ。
「よぉし、それじゃあ……」
アンドリューはおもむろに立ち上がると、何やら取り出して俺の目の前に置くのであった。




