中途転生から始まる新世界
旧世界歴2000年。かつて建国して間もない王国へルセリアには、歴史に名を残す伝説の王が存在した。
彼はたった一人で数多の大国と渡り合い、世界の中心であるこの地に全てを統べる巨大な王国を作り上げたのだ。
革命の歴史を色濃く残す首都へルセリアには、町の中央に今でも彼の石像が据えられている。
しかし偉大な人物であると語り継がれる一方で、歴史書には不名誉な記録も残っているのである。
___希代の暴君
名だたる大国と相対した彼は自らの力のみで渡り合った。破壊、暴力、強奪…時には語るに苦しい蛮行まで、全てをその腕力で奪い取ってきたのである。
当初は希代の極悪人とも呼ばれ、世間から敬遠されていた。
だがそれは、彼がそれまで戦乱にまみれていた国々を纏めあげると同時に一変したのだ。彼は途端に英雄王と成り得たのである。
英雄王となった彼を型どった石像は、当時の様相を忠実に再現しているらしい。
数多の戦で焼け焦げた長髪を荒々しく束ね、額に刻まれた大きな傷を隠すように真っ赤なターバンが巻かれている。鍛えられた肉体はゴツゴツと力強く、ここにも多数の戦傷を残す。
右手には自らの手よりも大きな鉛のガントレット。
左手には体よりも丈の長い銅の剣。
【レッド・ドラグーン】
小さく彫られた名前の横には、武功を称える二つ名が刻み込まれた。
【古今無双の英雄】
英雄、はたまた稀代の暴君と呼ばれたレッド・ドラグーンの石像は今でも大切に管理されている。
ただし……それは決して崇拝や信仰心からではない
民衆はただ恐れていたのだ。
壮絶な最期を遂げたレッド・ドラグーンが残したとされる災いが、再び平和な現世に甦る悲劇を……
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侵略と戦争にまみれた時代が終わりを告げると、世界は文明開化の季節に変わっていた。
新世界歴900年。世界統一を果たした王国へルセリアはその名を、新国家ベルフリアと変えた。
その年、大統領である【オリヴィア・ピースメイク】は全世界の民に厳しい廃武器の統率を敷いたのであった。
『我等が統一国家ベルフリアは今後一切、争いのない平和な世界を約束しよう!』
民衆はこれに賛同すると、平和な世界を夢見て武器を捨てた。この世界から暴力や戦争といった、浅ましい概念が消え去ったのである。
この世紀の大革命により悲しみの時代は終わり、世界はゆっくりと平和の時代に移り変わる。
そうして稀代の暴君の存在もまた、いつしか誰の記憶からも忘れ去られて行くのであった。
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新世界歴930年。大陸の端にある辺境の町には、今日も住民達の慎ましい生活が広がっていた。
優大な山々に囲まれた発展都市サンスビアでは、ゆっくりとした日常が流れていたのであった。
町の中心に流れる川を進む先、最西端にある小さな木造の家。ここでもいつもと変わらない、ありふれた日常の営みが聞こえる。
◆
「おはようございます。そろそろ起きてください。ほら見て、良いお天気!」
大きな物音と共に開かれたカーテン。窓から降り注ぐ眩しい日差しで、一瞬に目が覚める。
思わず片手をかざす。薄目に声のする方へと視線を向ける。いつものように、朝日を背にした女性が優しく微笑みながら立っていた。
「さぁ、起きて起きて! 早く朝ごはんにしましょう」
銀髪の長い髪を一つに結わいた女性は、朝の日差しに照らされているせいか一段と輝いている。
……ああ、そうだ。彼女は妻である、リリィザ・ウイークだ。
「あ、あぁ、おはよう……」
わざとらしくグッと伸びた後、ゆっくりと体を起こした。
「シアンさん、今日は隣のドナーさんの家で農作業について教えて貰う約束の日ですよ。まさか、忘れてはいませんよね?」
シアンとは……僕の名前か。何度呼ばれても、まだしっくりこないな。
「あぁ、忘れてないよ。大丈夫」
一拍遅れて応えると彼女は怒ったようにむくれたが、すぐにまた優しい笑顔を見せる。
美人な妻と二人、のんびりとした田舎の町で暮らす若い夫婦。僕の名前はシアン・ウイーク、世間から見たらとても幸せ者だと思われるだろう。
……ただ、何故、こうなってしまったのか?
この数週間、上手く話を合わせてきたが何故こんな事になってしまったのだ?
転生したはずの俺は、何故よりにもよってこんな田舎の平民なのだ?!
俺は、あのレッド・ドラグーンだぞ?!
心の中で決して口には出せない葛藤を叫んでみる。虚しいだけの問答が独りよがりに押し寄せるだけだ。
「……どうしたんですか? もしかして、どこか具合でも悪いの?」
まずい。向かいに立つ妻は不思議そうにこちらを見ている。
「あ、い、いや。アハハッ、なんでもないんだ。僕はいつも通り元気さ! お腹が空いてボーッとしてしまって」
起き抜けに寝ぼけたフリをしたままテーブルチェアに腰掛けると、わざとらしく声を張り上げる。
「う、うわぁ、今日も美味しそうな朝食だなぁ。いただきます!」
笑って誤魔化すと、いそいそと朝食に手を伸ばす。
……僕って一人称はなんだ、いかにも軟弱で気持ち悪い。
しかし、コイツの口調に合わせなければ余計に怪しまれてしまうしな。
勢いで口に運ぶが料理の味は悪くない、むしろとても美味だ。彼女の料理は決して華やかではないが、味は間違いなく一級品であろう。
………シアン・ウイークという平民に転生した希代の暴君は困惑しながらも、その平和な生活に合わせるよう努めていた。
「ご馳走さまでした。さぁ、着替えたらさっそくドナーさんのお宅へ向かいましょう」
フフッと笑みを浮かべる綺麗な妻を、直視出来ない。照れ隠しで曖昧に笑ってみる事しかできない。
稀代の暴君と恐れてきたレッド・ドラグーン。
……事に色事については、途轍もなく純朴なのであった……