集い来たりて
真也は駅前で悩みながら時間を潰した後、美空や花奈の住むアパートを直接訪ねることにした。花奈の意思を無駄にしてしまう気はしたが、どうやったら逃げられるのか、皆目見当が付かなかったからだ。彼女がGPI職員を信用するなと言っていたのも、腑に落ちなかった。南雲や有馬は、目的の為には強硬な手段を取るかもしれないが、根が悪人とは思えなかったし、彼らの判断は合理的だと感じていた。
道順はちゃんと覚えていた。チャイムを鳴らすと、男性の声が応答した。音質が悪い。かなり古い物件をリフォームしたらしい。ガチャリと鍵が開いて、チェーンを付けたまま夏樹が顔を覗かせた。
「・・・・・・どちら様ですか」
初対面の所為か、警戒心の強い顔と口調だった。
「・・・・・・花奈の紹介で来たんだけど」
彼女が教えてくれた言い回しを使うと、夏樹は迷いながらも室内に通してくれた。
テーブルの上は片付いていたが、醤油の匂いがした。昼食を取り終わったところらしかった。四つの椅子に、それぞれが座る。真也は花奈がいつも座っていたであろう場所に座った。
最初に切り出したのは美空だった。
「ちょうど良かったわ。あたし達、もう出掛ける時間なのに、花奈が帰って来ないから」
「美空、そういうのは用件聞いてからにしてよ」
覚が横槍を入れた。
「そうね。で、あなたは何処のどちら様で、どういう用事なのかしら?」
真也は掻い摘んで、今日会ったことを話した。公園で花奈に会い、悠という能力者に襲われ、逃げた、と。自分の繰り返している記憶については伏せたので、若干強引な話になった。
「――つまりあんたとしては、ギフテッドと見做されるのは嫌で、花奈の居場所は知らないのね」
「俺は別に能力者でもいいと思うんだけど」
「ああ、そこは花奈の希望なのね。確かにあの子、GPI職員は大っ嫌いだから」
「そうなのか?」
「そーよ。あそこにネームプレートの無い部屋あるでしょ。今は物置にしてるけど、元々はGPI職員が寝泊まりする部屋だったのよ。新生活当初は、分からないことが多いだろうって、住込みみたいにずっといたんだけど、花奈が凄く頑張って、一通り生活出来るようになったら、即追い出したから」
「・・・・・・へえ」
彼女は、自分の想像以上にアグレッシブな性格をしているらしかった。
ピリリリ、と機械音がした。
「あ、私」
美空がスマホを取り出した。そのまま電話に出る。
「――え?」
顔色が変わる。向こうの音声はくぐもって、よく聞こえない。
通話は数分で終わり、それから美空は溜め息を吐いた。
「花奈が、未登録のギフテッド疑いの逃走幇助で拘束されたらしいんだけど、これってあんたのことよね」
夏樹が顔を顰めた。
「あー、花奈は変な所で突っ走るからな・・・・・・」
「そんなことは今どうでもいいだろ」
覚の言葉が鋭く刺さる。
「徹底的に状況を把握したかったら、こいつの頭を直接覗けばいいじゃないか」
「あたしはあまりお勧めしないけど、仕方無いか」
美空も夏樹も、無理に止めようとはしなかった。真也も、自分の記憶のことがバレるのを承知で割り切った。彼らの中での優先順位は、出会ったばかりの怪しい自分より、花奈の方が上だ。
「ほら、立てよ」
覚が真也を椅子から立たせた。向かい合って立つと、覚は真也の頭を両手で掴んだ。
「僕の目を見て」
冷たい声で言われ、戸惑いながら目を合わせる。黄金の双眸とかち合う。思考にノイズが混じる。頭を覗かれる感覚、と形容するに相応しい違和感だった。金色の目が、文章を読むように細かく動き、ぱちりと閉じられる。
「――うん、大体わかった」
再び開けられた目は、元通りの青みがかった黒色だった。
「美空、花奈はこれからどうなるか言ってた?」
「数日は謹慎処分にして取り調べするから、帰って来ないって。あと、逃走してる奴の情報が入ったら連絡してって」
「そう」
覚はしばらく考え込んでいた。
「・・・・・・今夜、GPIの支部に行って花奈に会おう」
「それが、あんたの結論なのね?」
「うん」
「この人の頭の中に、何を見たの?」
「憶測で物を言うのは好きじゃない」
「でも、こうするのが正しいと思うわけね」
「・・・・・・うん」
「だったらあたしも協力するわ。夏樹は?」
「え、ああ、いいけど」
詳細を話さない覚に対して、美空と夏樹があっさりと了承したのに、真也は少し驚いた。彼らは彼らなりの信頼関係があるのだと思い至る。いつもは美空がリーダー格だが、覚は参謀枠なのだろうか。
「紙、持って来る」
覚は近くのプリンターの隣に置かれたコピー用紙を取りに行った。
「突入する時間は、夜の十時くらいにしよう」
「消灯の一時間後ね」
「内部に詳しくないお前の為に話すけど、あの建物は三階建てで、謹慎処分になると、三階の鍵付きの部屋に入れられる」
「どうも・・・・・・」
覚はコピー用紙に見取り図を書き始めた。
「入り口は正面玄関と、裏の職員通用口以外は閉鎖されてる。三階に行くには、職員通用口側の階段しかない。それとなんとかして、階段を登った所の顔認証システムを突破しないといけない」
「エレベーターもあるけど、あそこは磁気カードみたいなのが必要なのよね」
「二手に分かれて行く。夏樹と美空が正面玄関、僕と残りの一人が職員通用口」
「お前、俺の名前意地でも呼びたくないんだな」
真也のツッコミに、覚は耳も貸さない。
「正面玄関でなるべく騒いで、夜勤の職員を引き付ける。謹慎用の部屋は普通の鍵が付いてるから、職員用エリアを探さないといけない」
「ちょっと待て、覚。忍び込むのが前提なのか? 普通に会いに行けないの?」
夏樹が尋ねると、覚は視線を動かさずに答えた。
「お尋ね者のこいつを連れていけないだろ」
「あ、そっか」
「・・・・・・バイトに遅刻しそうだ。足りないことは現地集合してから話そう。僕も頭の中整理したい」
覚は見取り図を書いた紙を、真也に投げ捨てるように渡した。
*
ランクAの五人は、寝室の一つで顔を突き合わせていた。
「・・・・・・どう思う?」
「花奈が問題を起こすなんて、よっぽどのことね」
「謹慎処分なんて、本当に何やったんだろう」
「兄ちゃん達は知ってるのかな?」
「知ってたら黙ってないと思うけど。特に覚が」
ああ、そうだ(ね)。
五人の気持ちは図らずも一つだった。
「今夜あたり、不法侵入してきそう」
「僕らの、覚に対する信頼、半端ない」
「・・・・・・待ち伏せしてみる?」
「会ってどうするの」
「私は久しぶりに会いたいな~。三ヶ月は会ってないよね」
*
夜十時。四人はGPI支部の前にいた。
「質問はある? 無ければこのまま行くけど」
覚の言葉に、異議を唱える者はいない。不確定要素はあるが、状況に応じてやるしかないのが分かっている。
「じゃあ、行動開始」
四人は二手に分かれて夜闇の中を動き出した。
「あたし達は、どうしようか」
正面玄関に着いた美空と夏樹は顔を合わせた。
「割るしかないんじゃない?」
「窓の方が割りやすいかな。・・・・・・なんか、悪いことしてるわね」
「俺ちょっと不安になってきた・・・・・・」
「ここまで来て、引き下がれないわよ。あたしだって、覚が何考えてるか分からないけど、言わない方が良いと思ってるみたいだから、まあいいかってぐらいには信頼してるし。逆に、ギフテッドだからって、勝手にあれこれ決められたら腹立つわ」
「能力を使う程でもないわね」
美空は近くの石を手に取ると、ガラス窓に投げ付けた。派手な音がして、窓が割れる。割れ目から手を伸ばして鍵を開けた。
「やりすぎじゃない?」
「あたし達は扇動役でしょ」
美空と夏樹は窓から滑り込んで、床に降り立った。
「やっほ~。やっぱり来たね~」
少し先から、楽し気な少女の声が聞こえた。
照明が落とされた暗い館内で、動く影がある。
「朋子と・・・・・・文隆?」
「うん」
壁に寄りかかって座り込んでいた人物が腰を上げた。
四人は、静かに対峙していた。
「あんた達、なんでいるの?」
「花奈が謹慎になったっていうから、絶対皆来るって待ち伏せしてたの」
朋子が放った予想外の言葉に、美空はまごついた。覚、あんたこれぐらい考えてなかったの、と頭の中で文句を言った。
「・・・・・・僕らあまり情報貰えなくて。君達が来るなら、良くないことが起きてるのかな、と思って。教えてくれない?」
文隆は意外にも、話を聞きたいらしかった。
「教えたら協力してくれるの?」
「話の内容によるけど」
「それは覚に訊いて欲しいな」
夏樹の返答に、文隆は苦笑した。
「覚もやっぱり来てるんだ。何処にいるの?」
「あ、いた!」
遠くの方からバタバタと足音がする。やって来たのは犬塚冬真だった。
「冬真! 通用口はどうしたの!」
「こっちから音がしたから」
そこまで言って、冬真はそこに誰がいるのかようやく気付いた。
*
真也と覚は、職員通用口にいた。目の前の自動ドアは、当たり前だが前に立っても開かない。
「どうやって開けるんだ?」
「こっち」
覚はドアの隣に設置されたテンキーに触れる。迷い無く番号を入力すると、ドアが開いた。
「僕の能力なら、定期的に更新される暗証番号くらい、割り出すの簡単だから」
二人は苦も無く中に入った。廊下は静まり返っている。冬真が玄関に気を取られて言ってしまったからだが、二人には知る由もない。
「便利な能力だな」
「・・・・・・向こうも、数人は能力で開けられるの分かってるよ。だから、鍵の種類をバラバラにしてるんだ」
真也は褒めたつもりだったが、覚は感情も出さず、ただ追加情報を教えてくれた。
「僕はこの能力が嫌いだ。僕の両親は僕の能力で金を盗んで捕まったから」
月明かりだけが差し込む暗い廊下を、早歩きで進んでいく。真也は覚になんと声を掛けたらいいのかわからず、無言だった。前回案内してもらわなかったら辛かっただろうな、朋子と冬真に感謝しないと、と明後日の方向に思考を向けた。階段を上がろうとすると、上の方の段に人影が見えた。
「こんばんは、でいいのかしら」
腰まで来そうな長い髪を三つ編みにした少女だった。真也が初めて見る顔だ。暗がりの中でも、不健康そうに見える。
「睦、なんでここに」
「それはこっちの台詞。夜中に来るなんて非常識だわ」
そう言って、竜崎睦は立ち上がった。
彼女の周りに、何もない場所から数十本の注射器が出現する。宙に浮かんだそれらは、覚と真也の進路を妨害するように配置された。
「やる気満々だね」
「そうかな。ここを通すつもりはないけれど」
覚は真也に耳打ちした。
「睦の能力は《ブラッド・ドナー》って名前で、他人の血を抜き取るんだ。あの大きさだと、一本400mL。全部刺されると死ぬよ」
「さらっと言うなよ」
「多分、能力の有効範囲があるから、全力で両脇を走って抜けるしかない。睦はあんまり体力無いし」
「分かった」
二人は頷き合うと、お互いに距離を取って階段を駆け上がった。二階を過ぎて、三階に続く階段を数段上がった所で、真也は、注射器が一本も追って来ないことに気付いた。
慌てて後ろを見ると、覚が睦を床に俯せにしていた。睦は逃げようと必死にもがいている。そこにあった注射器は、全てが覚の方に向いていた。
「お前、何やってんだ!」
「これが一番確実なんだよ!」
覚は叫んだ。
「僕がお前に手を貸してやるのはこの一回きりだからな! しくじるなよ!」
「・・・・・・!」
真也は覚の意図を理解して、残りの階段を走った。
*
足音が遠くなると、睦は注射器を全部消した。
元からただの威嚇目的だったのだろう。それでも覚は、少し力を緩めただけで、睦を放さなかった。
「・・・・・・覚、何を考えてるの?」
「さあ、なんだろうね」
「あの人は誰?」
「その内分かるよ」
「・・・・・・あなたは、花奈のことが好きなんだと思ってた。他の男に譲るの?」
睦の問いに、覚は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「君には分かんないよ。好きな子の見たこと無い笑顔を、他人の記憶の中で見る気持ちは」
覚の両親は仲が悪く、喧嘩ばかりしていた。だから、二人の気持ちが“分かる”ようになれば、今より状況が良くなると、覚は思っていた。しかし、彼に出現した能力を知った両親は、まだ善悪のわからなかった息子を犯罪に利用した。
暮らし向きは良くなり両親の笑顔は増えたが、警察に見つかった時、全ては水泡に帰した。
「僕は花奈に、幸せになってほしいんだ」
この能力、《リンケージ》ランクCは、いつだって誰かのためにあるのだから。
*
三階に上がった真也の前には大きな二枚扉があった。その脇に顔認証用の機械とモニターがある。
「覚がいれば、開け方分かったかな・・・・・・」
しかし覚は、不測の事態に対応するために、あの場に留まるしかなかった。
どうしたものか、と考えていると、扉の向こうから足音が聞こえた。慌てて廊下の隅に隠れると、中から二人の男女が小走りで出て来た。そのまま階段を下りていく。廊下が暗いためか、真也に気付かなかったらしい。真也は急いで、閉まりかけた扉の間に滑り込んだ。