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星結び  作者: 神崎 司
6/9

大体全部あなたのせい 


 真也が呼び出されたのは、施設に来てから2時間ぐらい経った頃だった。外来のような部屋に入ると、南雲がやや興奮した面持ちで椅子に腰掛けていた。


「花奈の全身CTを撮ったんだけどね、おかしな物が映っているんだよ」

 南雲は机の上のパソコンを操作し、モニターに白黒の画像を出した。

「ここはCTが撮れるんですか」

「元は病院だからね。日本人はCTが好きだから、やや性能の落ちる型落ち品は、結構安く買えるんだ」

 画面の中の断面像が、頭から胸へと降りていく。

「ほら、ここだ」

 下腹部まで来ると、南雲は画像を動かすのを止めた。臓器に加えて、白い線が放射線状に伸びている。

「この白いのは、金属によるアーチファクトだろう。大きさは数㎝程だな。問題は、これが何なのか、何故あるかだ」

「・・・・・・どうやったら、確かめられるんですか」

「そりゃあ君、腹を開けてみればいいじゃないか」

「え?」

 困惑する真也を無視して、南雲は画像を何度か往復させる。

「子宮よりも腹側にあるみたいだから、帝王切開の術式の応用でいけるんじゃないかな。有馬(ありま)に麻酔の用意をしてもらわないと。私はこれから花奈にも同じ話をするが、君も同席するかい?」


 部屋に来て説明を受けた花奈は、激怒した。真也に関する話を、信憑性が無いとして伏せた所為で、余計にこじれているようだった。

「私、何処も悪くない! お腹を切るの!? なんで!?」

「説明した通りだよ」

「納得できない!」

 真也は、怒っている花奈を初めて見た気がした。ちら、と花奈の視線が部屋の隅にいた真也の方に向く。お前はこんな横暴に対して何も思わないのか、と目が訴えていた。真也は、この時間軸では初対面である筈の花奈に、掛ける言葉が無かった。

「なるべく傷が小さくなるようにするよ」

「・・・・・・」

 南雲の、気休め程度の慰めが、会話を終了させた。 


 手術が終わるまでは、非常に長く感じた。スクラブに着替えさせられた真也は、スタッフ用の休憩室で何もせずにひたすら待っていた。ようやく手術が終わって、自動扉から出て来た南雲は、宝物を発見した子供のように興奮していた。

「見たこともない物が出て来たんだ。石のようだけど、ちゃんと解析してもらわないと」

 南雲はトレーに入れた何かを持って、着替えに行った。


 手術室の外のやや広い空間に、ストレッチャーに寝かせられた花奈と、有馬という女医が残っていた。花奈はすこぶる機嫌が悪そうだった。

「・・・・・・あの、大丈夫?」

 真也が問いかけると、更に眉を寄せた。

「大丈夫って何?」

「花奈、興奮しないで。血圧が上がるわ」

 近くの棚の上に置かれたポータブルモニターの波形が、変動し始める。花奈に付けられた心電図用の電極とマンシェットの情報を拾っているのだ。 

「その、ごめん」

「なんで謝るの? 何に対して謝ってるの?」

 びりびりと、花奈の怒りが伝わって来る。

「あなたはちょっと静かにしてた方が良いわね」


 有馬は真也を連れ出した。着いた先は、麻酔医用のモニタリングルームだった。パソコンには花奈のバイタルサインが表示されていた。天井近くのモニターには手術室と、花奈のいるスペースが映っている。

「急変しても気付けるから、落ち着くまで暫くあのままにしておきましょ」

「・・・・・・どうも」

「真也君って言ったっけ」

 手技用の帽子とマスクをした有馬の表情はよく分からないが、淡々とした声だった。


「南雲は真実を追い求めるマッド野郎だから、運が良かったのか悪かったのか・・・・・・ま、このオペに意味があったかどうかは、これからわかるから」

「有馬さんも、医者なんですか」 

「でないと麻酔掛けられないわよ。普段は麻酔の研究をしてるんだけど、大学の給料だけじゃちょっと辛いからね。ここは契約して健診の手伝いするだけでお金貰えるから、バイトみたいなものかしら。呼び出されると急いで来なきゃいけないのがネックだけど」

「地に足の着いた生活って奴ですか」

「ギフテッドに殺されたり、メンタルやられて自殺したりするリスクはあるけどね」


 有馬は机の上にごとりと拳銃を置いた。日常生活において、見る筈がない物だ。

「知ってる? ランクAやランクBが人を殺そうとした場合、射殺していいのよ。GPIの職員が嘆願して、法令が通ったの。あの時の被害者数は三十七人だったかしら。今では七十人くらい死んでるけど。あ、射撃訓練受けて、許可が下りた人しか持ってないわよ。銃は施設外には持ち出せないし」

「・・・・・・それでいいと、思ってるんですか」

 つい咎めるような口調になったが、有馬は肩を竦めるだけだった。


「私、人を救うために麻酔科医になったつもりだった。でも、どんなに医学が進歩しても、合併症や副作用で、何万人かに一人の割合で絶対に人は死ぬ。それが嫌で研究メインにしたのに、今じゃこんな人殺しの道具持って、何やってるのかしらって自分でも思うわ」

 でも、と有馬は続けた。

「それが大人になるってことなんじゃないかしら。君もいつか、甘い理想にしがみついて子供のままでいるか、碌でもない現実を受け入れて大人になるか、選ばなくちゃいけない日が来る」

「・・・・・・」

 真也はもう、怒ってはいなかった。 


「・・・・・・花奈は、持病があったりするんですか? 心臓が悪いとか」

「健康診断では引っ掛かってないし、術前に一通り検査したけど、特に無いわよ。どうして気になるの?」

「それは――」


 警報アラームが鳴った。花奈のバイタルサインが急激に落ちていた。表示される数字の背景が点滅する。

「そんな、どうして!?」

 有馬が慌てて部屋の外に飛び出して行く。その後を、真也も追った。

「真也君、心マ出来る?」

「何ですかそれ!?」

「ああ、もう!」

 有馬は輸液のクレンメを全開に上げて、棚の中から小さな箱を取り出した。

「南雲呼んで! そこの電話!」

 ボスミンのシリンジの包みを破りながら、有馬は叫んだ。モニターはすでに、フラットになっていた。

 

 かくん、と脳が揺れるような感覚がした。気付くと真也の周りの世界が止まっていた。また、この瞬間が来たのだ。真也の前に、あの大きな懐中時計が現れる。今日はまだ水曜日なのに。どうして。

「・・・・・・」

 決めなければいけないのだ、とわかっていた。もう一度時を戻すか。花奈の死を受け入れるか。人間の生死を、自分が捻じ曲げてもいいのか。悩んだ時間は、一瞬のようにも、永遠のようにも思えた。

「・・・・・・俺はまだ、花奈に自分の想いを伝えてない」

 自然と零れ出たそれが、真也の心残りだった。

 懐中時計は忠実に、己の使命を実行した。





 気付くと、自分の家だった。七月七日の正午を回っていた。

 真也は今更ながら、自分がしようとしていることの途方もなさに呆れた。告白するといったって、具体的なプランもない。取り敢えず、何故花奈は死んでしまうのかを考え始めた。二回に共通する点は無かったか。


「・・・・・・俺に会ったこと、か?」

 それがどうして死に繋がるのかさっぱりわからなかったが、もし自分が花奈に会わない場合どうなるかは、試してみる価値がありそうだった。

 少し考えて、あの公園に行くことにした。西高からコンビニに行くには、恐らく公園の前を通るだろうからだ。


 曇天の下、ともすると不安で崩れそうになる体を引き摺りながら公園に辿り着くと、木製のベンチに座る。しばらく待っていると、あの四人組が通って行った。美空と談笑する花奈を見て、視界が滲む。前回は、最後まで笑顔を見られなかった。


 ふと、花奈がこちらを見た。慌てて俯き、四人が去ってしまうのを待つ。何かする必要なんて無い。今の自分達は他人同士なのだから。

 地面を凝視していると、ぽつぽつと音を立てて、黒い染みが出来た。

「雨・・・・・・?」

 髪や腕に、雨粒が当たる感触がする。

 次第に濡れていく大地は、今の真也の心境に似ていた。


「濡れちゃうよ、お兄さん」

 不意に雨の感触が無くなって、落ちてきた声に顔を上げると、花奈がピンク色の折り畳み傘を差し出していた。

「え、は、」

 驚いて、上手く言葉が出ない。彼女がどうしてここに来たのか、さっぱりわからない。


 傘に雨粒が当たって、跳ねる。

「あ、でも、やみそうかな」

 局地的な小雨なのか、本降りにならない。 


 何故だろう。何か引っ掛かった。この場所と記憶に。

 だって、彼女は“お兄さん”と呼んだのだ。

 点と点が繋がるように、思考が一つの考えを弾き出す。


「・・・・・・俺と昔、六年前くらいに、この公園で会ったことあるか?」

 今度は花奈が目を見開く番だった。

「・・・・・・どうして、そう思うの?」

「え、うん、似てたから」

 姿ではなく、仕草や声音が。


「・・・・・・なんで、わかるのかな」

 花奈が溜め息を吐きながら、呟いた。


「私は君のことよく覚えてるよ。約束だったから教えてあげる。私の名前は琴寄花奈。また会えて嬉しいよ、真也君」

 雨が、やんだ。


 花奈は真也の隣に座って、話しだした。

「あの頃は施設の外に出れなかったんだけど、こっそり抜け出したんだ。私の能力はそういうのに向いてるから。目立たないよう黒髪にしたんだけど」

 思いがけない事実が判明して、真也は混乱した。


「高校に入ってから、真也君のこと探したんだけど、見つからなくて、でも」

「・・・・・・花奈、か?」

 声がした方を見ると、公園の外に、見覚えのあるタンクトップの少年がいた。

「・・・・・・悠」

 花奈が、驚いたように言う。

「なにお前ら、付き合ってんの? あの花奈が恋愛なんてするんだな」

 にやにやとした笑いに、真也の心がささくれ立つ。


 悠が気怠そうな足取りで公園に入って来た。

「ちょっと遊んでやろうか!」

 影が伸びて槍のように尖り、向かって来る。真也は反射的に、能力を展開した。

 目の前に出現した懐中時計のチェーンが素早くうねり、そのピンが影を地面に縫い止めた。

「・・・・・・え?」

 三人共が驚愕したが、最初に気を取り直したのは花奈だった。

「真也君、逃げよう!」

 手を引かれて、全速力で走る。花奈は足が速かった。呆然とする悠を置き去りにして駆ける。


 数分走ると、日頃運動不足な真也の息が切れた。二人で呼吸を整える。悠の姿は見えなかった。

「真也君はギフテッドだったの?」

「俺もよくわからない・・・・・・」

 正確に言えば、この歳で能力に目覚めたと思われるのだが、それを話すのは躊躇われた。

「困ったな・・・・・・悠は絶対GPIに報告してるよ。未登録のギフテッドなんて」

 花奈はしばらく考え込んで、やることを決めたようだった。

「ほとぼりが冷めるまで逃げよう。あの人達を信用しちゃ駄目」

 花奈は、バスで駅まで行き、電車に乗ることを提案した。


 最寄りのバス停に着くと、花奈はスマホを取り出した。

「真也君、できたら連絡先教えて」

「俺、スマホは持ってない・・・・・・」

「そうなんだ。じゃあこれ持って行って」

 花奈はスマホを真也に押し付けた。

「困った時は早乙女美空って人に電話して。私の紹介だって言えば、力になってくれると思うから。それから――」

 バスがブレーキ音を立てて、停留所に滑り込んで来た。

「ほら早く乗って!」

 花奈が真也をバスに押し込む。

「なんだよ、そんな必死になって・・・・・・」

 振り返ると、花奈は道路に立ったまま、少し後退した。ドアが自動で閉まる。

「え、ちょ、」

 エンジン音と共にバスが発車して、花奈の姿が遠ざかっていく。


「なんだっていうんだ・・・・・・」

 花奈は最初から、別行動をするつもりだったのか。

 頭がまとまらないままスマホの画面を撫でると、きっちりロックが掛かっていた。

「これじゃ電話は出来ないだろ・・・・・・」

 彼女はそこまで気が回らなかったらしい。

 バスは、目的地を決められない少年を乗せて、規定通りのルートを走っていった。



 遠くなるバスを見送って、花奈は頭を振った。

 花奈は自分の能力が、さほど好きではない。誤魔化すしか取り柄の無い能力だし、何故か能力を使うと体が痛くなる。けれど今は、彼を安全に逃がすことを最優先するべきだと思った。ギフテッドなんて碌でもないモノに、彼を分類されたくはなかった。

 道路に設置されたカーブミラーに映り込んだ“少年”の姿を、花奈は感情のこもらない目で見上げた。


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