もし、私が私じゃなかったら
二日目のコンビニも、花奈と真也のペアだった。店には店長と、初めて見る青年がいた。
「俺は事務仕事があるから奥にいる」
「今日は宜しくね」
人の良さそうな顔をした彼は、にこりと笑って二人に挨拶した。
花奈と真也は、昨日と同じように店内の仕事を済ませると、今度はバックヤードに入った。商品がぎっちり詰まった箱を移動させるのは、運動不足の真也にとってはしんどかったが、花奈が見ている手前、かっこつけて作業する羽目になった。ただ、昨日よりは変に相手を意識することはなかった。
コンビニの仕事が終わると、真也が花奈に「家まで送っていく」と言うと、花奈は普通に了承した。二人でアパートに着くと、短く別れの挨拶を述べて、真也は一人自宅へと戻った。
「このアホ息子ー!!」
居間に入った瞬間、スリッパが飛んで来た。
「書き置きもしないで、こんな遅くまで何処ほっつき歩いてたの!?」
葬式から帰って来た母親が、憤怒の表情で仁王立ちしていた。その奥で、父親がオロオロしながらこちらを見ている。
真也はこの二日間で起きたことを吐かせられた。母親は終始難しい顔をしていたが、話を聞き終わると、こう宣言した。
「――母さん、明日、そのお店行くからね」
「え!?」
◆
「この度は、うちの息子が大変ご迷惑をおかけしましたー!」
「いや、お宅の息子さんは巻き込まれただけで、悪いことはしとらんですよ」
コンビニに入って早々、店長に向かって頭を下げる母親に、真也は頭を抱えたくなった。この人は昔から、人の話を聞かず突っ走るのだ。店長も気圧されている。
「この子は他人の為に何かしようだなんて、そんな性格じゃないです。きっと何かやらかしたんでしょう」
「やらかしたというか、ええと、青い春、という奴ですよ」
それまで近くで会話を見守っていた、今日のペアの美空が、スマホを片手に近寄った。
「写真見ます?」
「まあ、こういう子が好みなの! 知らなかったわ!」
――やめてくれ恥ずかしい。なんで皆、俺が花奈を好きだと思ってるんだ。
この場で真也だけが羞恥心に苛まれていた。
「これ、つまらない物ですが」
母親は持っていた紙袋から菓子折を取り出して店長に渡した。
「息子がご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「いえいえ。このお菓子は私も好きですよ」
和やかに会話は終了し、母親は安堵した表情で帰っていった。
「死にたい・・・・・・」
休憩所のテーブルに突っ伏した真也を、美空が座ったまま呆れながら見下ろしていた。
「良いお母さんじゃない」
「・・・・・・」
真也とて、母親が引き籠りの自分を気にかけてくれているのは理解している。ただ、どうにも譲歩できない点があるだけで。
「あたしの家と比べたら、羨ましいと思うけど」
「そうなのか」
美空が無意識なのか、髪を弄りだす。ツーサイドアップの房を小さなシニヨンにした、特徴的な髪型だ。
「・・・・・・あたしの父親は飛行機のパイロットで、母親はキャビンアテンダントだったの。いつも世界中を飛び回ってて、あたしと弟は小さい頃からシッターに育てられてた。でも、家に帰って来た時にしてくれる土産話が楽しくて、あたしは将来パイロットになろうって思ってた」
「?」
唐突に始まった過去話に、真也はついていけなかった。
「でも五歳の時、・・・・・・なんだったかな、おもちゃの取り合いとかそんな些細な喧嘩だった気がするけど、突然弟が宙に浮いて、窓を突き破って、ベランダから落ちたの。それがあたしの能力が初めて発動した瞬間だった。弟は下半身不随になって、当然二人の世話が出来るわけなくて、両親は揉めたわ。その後あたしはすぐに施設に引き取られたから、今はどうなってるか知らないけど」
「・・・・・・」
「私の能力は《フライ・アンド・フォール》ランクB。自分または他者に翼を生やして飛び、落ちることを定められた名前」
「・・・・・・なんで、俺にそんな話をするんだ」
「ギフテッドは、能力の把握後、問題が無ければ親元に返されるの。あたし達四人は事情があって帰れない、いわば余りものなのよ。もしあんたがあたし達と関係を持ちたいなら、このことはちゃんと知っててほしいの」
「・・・・・・」
「言っとくけどあたしは、自分の過去については知られても構わないと考えてるから話す。でも、他人の過去は話さない。本人の口から聞くべきだと思うから」
美空は椅子から立ち上がった。
「仕事に行きましょ。あたしは今日が初めてだから、ちゃんと教えてよね」
*
割り振られた仕事が終わると、休憩室で美空は切り出した。
「ね、花奈のこと好きなの?」
「ぶっほ!」
終わった筈の話を蒸し返されて、真也は噎せた。
「真面目な話。あんたもう当番に入れてないから、花奈に会いたいなら今から動かないとダメよ」
「シフト組んだのはお前だろ」
「直近の日程は動かせなかったの。感謝はしてるけど、無理に付き合わせる気もないわ」
で、どうするの? と視線で尋ねられて、真也は思案した。
「・・・・・・何か、考えてるのか」
「ふふ、察しが良いじゃない。明日土曜日だから、花奈と一緒にショッピングモールで、夏樹の誕生日プレゼントを買おうって話をしてたの。そのお相手をあんたに譲ろうかなって」
「誕生日っていつなんだ?」
「七月二十九日」
脳裏に炒飯を作る少年の姿が浮かぶ。夏生まれに相応しい、からっとした性格だった。
「花奈は午前中バイトがあって、午後に目的地で合流する予定なの」
なんだかもう嵌められているような気がして、真也はあっさりと承諾した。
「ふっふっふー、花奈の驚く顔が目に浮かぶわー」
「お前結構いい性格してるよな」
楽しげな美空を若干冷めた目で見つめながら、真也は溜め息を吐いた。
◆
七月十日、真也は意を決してショッピングモールにやって来た。待ち合わせのベンチに向かうと、すぐに花奈は見つかった。屋内なのに黒い麦わら帽子を被って、黒いオフショルダーのブラウスと白いズボンを穿いている。肌の白さが、明らかに周りから浮いていた。
「花奈」
恐る恐る呼び掛けると、彼女は顔を上げた。
「真也君? 奇遇だね、こんな所で会うなんて」
「いや、美空の代わりに来たんだけど」
その言葉に、花奈がぴしりと固まる。しばらく固まった後、「ちょっと待ってて!」と叫んで駆け出していった。
「え、俺、どうしたらいいんだ?」
少し離れた所に座っていた老人が、ふぉっふぉっふぉっと笑った。
*
「美空ー!!」
〈はーい〉
電話の声は、笑いを堪え切れないという感じだった。
「真也君を来させるなんて何考えてるの?」
〈あたしから見れば、花奈は奥手過ぎるのよ。惚れた男にはアタックしないと〉
「酷いよ美空・・・・・・」
花奈は階段に座り込んだ。人のいない無機質な空間に、会話が反響する。
〈性急だって言いたいのはわかるけど、あんた達にはこれぐらいで良いんじゃない? それとも、もう会わなくていいと思ってるの?〉
「それは・・・・・・」
〈どっちにしても任せるわよ。でも、気が無いなら無いなりに、最後に良い思い出あげるつもりで“振舞って”あげなよ。花奈はそういうの得意でしょ〉
「振舞う・・・・・・」
花奈の背後で、ゆらりと空間が蠢く。何もなかった場所に、真珠を縫い込んだ黒いドレスと真珠のティアラ、黒のヴェールを被った女性が形作られる。その肌は、鼻も口も全て、白い包帯で覆われていた。長いスカートの裾は透けて、空気に溶けていた。
*
ベンチに戻って来た花奈は、飛び切りの笑顔だった。
「お待たせ、真也君」
先程までの慌てぶりはすっかり消え失せて、花が綻ぶように笑っている。
「美空から話は聞いたよ。あの子が性急なのはいつものことだから私は気にしないけど、巻き込んでごめんね。でも、男の子が欲しい物は男の子に訊くべきだよね。真也君がいいなら、私と買い物付き合ってくれると嬉しいな」
「・・・・・・俺も、いいよ」
好意的な言葉を浴びせられ、頭が若干ふわふわする。
「ありがとう。男の子の誕生日プレゼントってどういう物を贈るの?」
「・・・・・・文房具とか?」
真也は友達が多いわけではなかった。寧ろ、自信を持って友達と呼べた人はいない。それでも花奈の要望に応えようと、昔の記憶を遡る。渡さなければいけない感じはなかったし、ネタに走った物の方が受けは良かった気がするが、それは望まれていない気がする。
「取り敢えず、店を回りながら考えるか」
真也と花奈は、レストラン街の下から順に下りていくことにした。通りを回っていると、お洒落な雑貨屋があった。通りとはガラスで仕切られた、明るい店だった。
「こういうお店もあるんだ」
花奈がふらっと店に入って行き、真也は慌てて追いかけた。どちらかというと女性向けの品揃えなのだが、彼女はあまりわかっていないのだろう。
店内はレトロな洋風で、女性の思う『可愛い』を詰め込んだような内装だった。花奈がアンティーク調の棚を眺めていくのを、真也はおっかなびっくりついていった。女性の買い物に付き合わされる男性の気持ちがわかった気がした。
「これ可愛いね」
そう聞こえて振り向くと、花奈の手には、花の彫刻がされた木箱があった。中はビロード生地で裏打ちされている。内蔵されたオルゴールの横にスペースが設けられていて、小物が収納できるようになっていた。
「曲は?」
「え?」
真也は花奈から箱を受け取って底面を見たが、書いていなかった。
「回せばわかるか」
箱の横のゼンマイを巻くと、メロディが流れ出す。『グリーンスリーブス』だった。緑のドレスを着た女性に振られるという、哀愁漂うイングランド民謡だ。
「おおー」
花奈が感嘆の声を上げる。最初に会った日の花火の辺りから気付いていたが、割と子供っぽい物が好きなようだった。
「・・・・・・でもこれ、夏樹は喜ばないな」
真也は心の中で合掌した。うんうん、あげる人の好みを考えるのは大事だな。良く気付いた。
その後も花奈は店を暫く物色していた。品揃えが琴線に触れたらしい。その隙に真也は先程のオルゴールを手に取った。
「ここじゃなさそうだし、別の店に行こうか」
花奈は真也を、店の外に連れ出した。
「・・・・・・何か買わないのか」
「生活費の支給額は決まってるからね。余った分は貯金に回したいし」
取り留めない話をしながら、次々と店を回っていく。
次に花奈が足を止めたのは、鞄や財布を売っているテナントだった。
「そういえば夏樹って、鍵とか財布とかポケットに入れて出掛けるんだよね。穴が開いたらどうしようとか考えないのかな」
「いや、男では普通だと思うぞ」
今日だって、花奈は小ぶりの深緑色のショルダーバッグを肩に掛けているが、真也は手ぶらだ。
「小さな鞄だったらどうだろう・・・・・・」
花奈は男性向けの棚を矯めつ眇めつしていたが、やがて一つを手に取った。
「これはどうかな」
花奈が選んだのは、斜め掛けするボディバッグだった。焦茶色の合成皮革で、デザインもシンプルだ。
「・・・・・・良いんじゃないか」
Tシャツにも合いそうな品物で、彼女のセンス自体は悪くないのだと思う。
「値段は・・・・・・あ、これぐらいで買えるんだ。よし決めた」
花奈は即決して、鞄をレジに持って行った。
目的の品を手に入れた花奈は、ほっとした表情を見せた。
「誕生日プレゼントを選ぶのは初めてだったから、ちゃんと買えて良かった」
「そっか」
「・・・・・・この後、どうしようか」
「・・・・・・帰るか。家まで、送る」
二人並んで出口に向かって歩く。渡すならここがそのタイミングなんだろう。
「花奈、ちょっと」
真也と花奈は休憩スペースのベンチに寄った。
「これ、やる」
「え?」
簡単にラッピングしてもらった箱を、上着のポケットから取り出して押し付ける。
花奈は戸惑いながらも包みを開けた。
「これって、さっきの店の」
「・・・・・・気に入ってた、みたいだから」
中から出て来たオルゴール付きの箱に、花奈は目を見開いた。
「でも私、誕生日はまだ先だよ」
「ここ数日楽しかったから。そのお礼」
「真也君・・・・・・ありがとう。すごく嬉しい」
花奈は頬を赤らめて、丁寧にお辞儀した。
「いやそんな大したもんじゃないから。ほら帰ろうぜ」
照れくさくなって、真也は立ち上がった。
「うん」
今度こそショッピングモールの外に出ようと、真也は足を進める。
――今日は一緒にご飯を食べたりは無理だろうけど、また次に会えたら――
床に鈍い音が響いた。
「花奈?」
後ろを振り向くと、彼女が床に倒れていた。胸の辺りを抑えて苦しそうにしている。
「花奈!? 気分が悪いのか?」
慌てて駆け寄って、そして。
◆
「真也君」
声を掛けられて、意識が浮上する。声がした方を見ると、花奈がコンビニの制服姿で立っていた。
「ぼーっとしてないで、これ」
はい、と窓拭き用のスプレーと布巾を渡される。
「・・・・・・それはもうやっただろ?」
「やってないよ。真也君、仕事をサボる理由が斬新過ぎるよ」
まったくもう、と花奈は呟いて背中を向けた。
辺りを見渡せば、真也はコンビニにいた。そうだ、今日は仕事二日目だった。
薄っすらと感じる既視感に首を捻りながら、真也は本棚の前のガラスを拭き始めた。