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星結び  作者: 神崎 司
2/9

普通の少年と普通じゃない少女


 その日の仕事は、花奈(かな)真也(しんや)が担当することになった。というよりも、他の三人が全員バイトの予定を入れていたので、必然的にそうなった。


「試験終わったからって、その日にバイト入れるんじゃなかったかなー」

「いや、これは予想できないよ」

「・・・・・・」

 その後三人は昼食のメニューを話し合いながら、店を後にした。眼鏡の少年は最後まで真也を睨んでいた。


 店長はもうだいぶ落ち着いたのか、昼食を取った後に仕事を説明すると言って、二人を休憩室に連れて行った。休憩室にはテーブルと流し、更衣用のブースが一つあり、壁際に置かれた棚には電子レンジやポットが置いてあった。真也と花奈は言葉少なにコンビニ弁当を咀嚼した後、渡されていた制服に着替えることになった。


「私、接客業は初めてだから緊張するな」

 先に着替え終わった花奈は、胸の高さまであるプラチナブロンドの髪を纏め上げながら言った。

「この髪と目だと、接客業の面接受けようって気にならないんだよね。いつもは清掃業とか、地味な仕事ばっかりしてるの」

「他の人達はどういう所で働いてるんだ?」

美空(みそら)がファミレス、夏樹(なつき)がファストフード店、(さとる)が本屋だよ」

「へえ」


「よし、できた」

 花奈は髪をきっちりとシニヨンにした。露わになった、日焼けを知らなさそうな白いうなじに真也がドギマギしたのは、墓場まで持っていきたい秘密だった。


「・・・・・・それって、生まれつきなのか」

「うん、アルビノって奴。色素を作る機能がないんだって」

「そっか」

 上手い返答が思い付かず、真也はそっと視線を逸らした。 


 店に戻ると、店長から白紙の名札用プレートを貰った。本来ならばきちんと印刷されるだろう場所に、サインペンで名前を書き込んでいく。

「そうだ、自己紹介してなかったね。私、琴寄花奈(ことより かな)

「・・・・・・鷲尾真也(わしお しんや)、です」


 与えられた仕事は、商品管理や清掃だった。指示を受けながら、二人で黙々とこなしていく。元々手が回っていない場所もあったのか、一通りの作業を終えると、すでに夕方になっていた。


「お疲れさん」

 店長から労いの言葉と共に、十個くらいの色々なパンが入った箱を差し出された。

「昨日が賞味期限だが、まだ食べられるから、持って行きたければいいぞ。内緒だからな」

「ありがとうございます。全部もらってもいいですか」

 花奈は躊躇うことなく、笑顔で箱ごと受け取った。食べ盛りの男が多いからか、食費に余裕がないのだろうか、と真也は思った。


 休憩所に戻ると、今度は真也が先に更衣室を使った。元の服に着替えてドアを開けると、花奈はテーブルでスマホを弄っていた。

「連絡来てるのか?」

「うん、私今日バイト無かったから食事当番だったんだよね。でも夏樹が、『慣れないことして疲れてるだろうから替わる』って」

「・・・・・・一緒に住んでるのか?」

「そうだよ。・・・・・・真也君、もし良かったら、うちに夕ご飯食べに来る?」


 遠慮してくる花奈をなんとか説き伏せて、真也はパンの入った段ボール箱を抱えた。二人で夕方の住宅街を歩いて行く。もう夕食の準備をしている家もあるのか、肉を焼く匂いがわずかにした。


「もしかして花奈も、ギフテッドなのか?」

「四人ともそう」

「・・・・・・」

 今日は、返す言葉が見つからないことが多い。


 ギフテッドとは、“大落星(だいらくせい)”の後、五歳を中心とした子供に確認された、物理法則を覆す超能力者だ。彼らによる事故は一時世間を騒がせていたが、最近はテレビで時々特集が組まれるくらいだ。真也も今までギフテッドの能力を実際に見たことはなかった。


「ねえ、真也君」

 隣を歩く花奈の、顔半分は見えない。

「私達って特別なの? それって良いこと?」


 着いたのは、やや古そうなアパートだった。花奈が先に立って鍵を開ける。

「ただいま」

「おかえりー。もうすぐ夕飯出来るから、着替えてきなよ」

 ひょこりと顔を出したのは、昼に見た、翼を出す少女だった。

 間取りは3DKで、並んだ二つの部屋のドアに【美空・花奈】【夏樹・覚】とネームプレートが掛かっている。


 花奈が制服を着替えに部屋に入ってしまうと、少女は真也をダイニングテーブルに招いた。

「あたしは早乙女美空(そうとめ みそら)っていうの。<さおとめ>じゃないからね。で、台所でフライパン持ってるのが犬塚夏樹(いぬづか なつき)、眼鏡掛けてるのが丑久保覚(うしくぼ さとる)

 美空は指差しながら、ざっくりと名前を紹介した。

「あ、あと椅子を持って来ないと」

 それだけ言って、美空はネームプレートの付いていない部屋に入っていった。


「出来たよ!」

 夏樹が炒飯の入った皿を持ちながら、リビングにやってきた。カニカマと卵とレタスが入った炒飯だ。続いて覚がスープを持ってくる。

「人数増えたから炒飯にしたんだ」

「あー、気を使わせたなら悪い・・・・・・」

 夏樹はにっこりと笑った。

「別に? それに俺、やってみたかったんだ。知らない人を家に呼んで、一緒にご飯を食べるって奴」


「で、あんたはギフテッドについてどれぐらい知ってるの?」

 美空は炒飯を食べながら、唐突に切り出した。

「・・・・・・子供の時に不思議な力に目覚めた、ぐらいにしか」

「美空、あんまりその話は」

 花奈が割って入る。

「知ってて損なことはないでしょ。でね、不思議な力っていっても、危険度で五段階に分けられてるの。

ランクEはたいしたことない能力、

ランクDは人に影響を与えうる能力、

ランクCは人に危害を加えうる能力、

ランクBは人を殺しうる能力、

そして公然の秘密だけど、ランクAは能力で人を殺したことがある奴よ」

 ひく、と真也は息を飲んだ。

「でも、ランクBがランクAになった話は聞かないのよね。それでこれは噂なんだけど、ランクBが人を殺すと、施設の職員に殺され」

「美空!!」

 花奈が大声で叫んで、台詞を中断させた。

「ごめんね、真也君。私達って配属とか結構動かされてるから、人の出入りが激しいの。いつの間にか知ってる子がいなくなったりするから、そういう噂が立つだけ。怖がらなくていいよ」

「それに、あたし達の知ってるランクAっていうのは悪人じゃなくて、人に触ったらうっかりジンジャーマンクッキーにして戻せなかったとか、そういうのよ」

「・・・・・・」

 人がクッキーになるのは、全くもって普通じゃないだろう。真也の背筋に残った、ひんやりとした感覚は、しばらく消えそうになかった。

 

 食事の後、美空がルーズリーフを持って来た。

「使えるものはなんでも使う主義だから。あんたにもがっつり手伝ってもらうからね」

 そう言って、さらさらと紙面に線を書き出す。

「名前なんだっけ」

「鷲尾真也」

「鷲って、鳥の鷲? なんでそんな画数の多い漢字使おうと思ったの?」

「俺に訊くなよ!」

「まあ、下の名前でいいよね。あたし達もそっちのが慣れてるし」

 美空は名前を書き込んで、表を完成させた。


 7月8日 花奈・真也

 7月9日 美空・真也

 7月10日 覚・夏樹

 7月11日 夏樹・花奈

 7月12日 覚・美空

 7月13日 美空・花奈


「これで全員の予定が合う筈だけど」

 ぐるりと一同を見回して、美空は頷いた。

「面倒な話はこれぐらいにしときましょ。後は臨機応変に。・・・・・・それに今日は、待ちに待った大イベントがあるからね」

 それに応えて、夏樹が戸棚から何かを取り出す。

「さあ、花火よ!」

「・・・・・・へ?」

 スーパーマーケットでも売っている、ぺらぺらな袋に入った花火を見て、真也はぽかんとした。


 話を聞けば、彼らはほとんど花火をしたことが無く、定期テストが終わったら是非やろうと計画していたそうだ。このご時世にそんな人がいるのか・・・・・・と真也は思った。

「小さい頃のことってあんまり覚えてないものね。えっと、必要な物は、水の入ったバケツと、蝋燭に着火するもの、あと・・・・・・」

 美空が袋の裏面を読み込んでいる。

「着火するものって何? コンロで点ければいいの?」

「ちょっと待て。この家、マッチとかライターはないのか?」

「そういえば、ないね」

 駄目だこいつら。真也は覚悟を決めた。


「俺が、教えるから」 

 真也は、花火のやり方について話し始めた。

「蝋燭を立てる台と、風除けを作った方がいい。蝋燭の下を炙って柔らかくすると、台に立ちやすくなる」

 真也の指示の下、四人が動き出すと、すぐに準備が終わった。蝋燭は夏樹の能力で点火することになった。


 五人で近くの公園に向かう。立て札にある花火に関する事項を確認して、夏樹は蝋燭に火を点けた。

「ひらひらした紙が付いてる奴は、これを千切って――」

 真也がお手本に一本始めると、歓声が上がった。

「凄い凄い!」

「結構、煙出るんだ」

「音も大きいわね」

「・・・・・・」

 感想はバラバラだったが、皆花火に釘付けだった。

 真也が燃え尽きた花火をバケツに入れると、四人もそれぞれ花火に火を付けた。


「これ、緑色だね。みんな色が違うの? どうして?」

「・・・・・・金属の炎色反応を使ってるとか、なんとか」

「ああ、ナトリウムは黄色、って奴だね」

「カリウムが紫ー」

「ストロンチウムが紅」

「え、なんでしりとりみたいに続けてるの」

「夏樹アウトー」

 くすくすと残りの三人が笑っている。

 花火のやり方は知らないのに、炎色反応は知っているギャップが、どうにも不思議だ。訝しんだ真也を見て、花奈が説明を始めた。

「私達ギフテッドは、小さい頃に家族から離されて施設に入れられたんだよ。だから、一般家庭でやるようなことは覚えてないか、あまりやったことないの。でも、中学校までの勉強は施設で出来たから、義務教育は終わってるの。今私達は高校受かったから、外で暮らしてるけど」

「ああ、成程」

 納得した真也は花火レクチャーを続け、最後はお決まりの線香花火で締めくくった。


 アパートに戻り、花火の始末が終わった頃には、夜もだいぶ更けていた。

「連絡先、聞いていい?」

 美空がスマホを取り出した。

「いや、俺、ケータイ持ってない」

「そうなの。変わってるわね」

「何か訳があるの?」

 花奈が会話に加わって来る。今となっては使わないから親に解約されたのだけれど、もう一つ思う所がある。

「・・・・・・繋がってないといけない感じが、嫌なんだ」


 七月七日水曜日、曇り。その日真也は、新しい世界に出会った。



◆ 



「今日、委員会だから行ってくるね」

 昼休みを告げるチャイムと共に、花奈が席を立って足取り軽く駆けていくのを、同じクラスの三人は見送った。


「・・・・・・どう思う?」

 最初に切り出したのは覚だった。

「どうもこうも、別にいいんじゃないの?」

「見た目は普通だし、覗いた限りでは問題なさそうだったけど、だからってあいつがこれからも安全とは限らない」

「よしなよ、二人とも」

 覚と美空の間の空気が剣呑になり、夏樹が割って入る。この三人だと、緩衝材になれるのは彼しかいなかった。


 美空が言い放つ。

「花奈が能力者じゃない誰かを気に入るなんて、初めて見たもの。あたし達はこれから、普通の人間の中で生きてかなきゃいけないんだから、そういう人と仲良くなるのは間違ってないでしょ」 


 ギフテッドとして隔離されて過ごした時間は短くない。このクラスの中で、周りの生徒に馴染めず浮いているのは、四人とも自覚していた。



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