普通の少年と普通じゃない少女
その日の仕事は、花奈と真也が担当することになった。というよりも、他の三人が全員バイトの予定を入れていたので、必然的にそうなった。
「試験終わったからって、その日にバイト入れるんじゃなかったかなー」
「いや、これは予想できないよ」
「・・・・・・」
その後三人は昼食のメニューを話し合いながら、店を後にした。眼鏡の少年は最後まで真也を睨んでいた。
店長はもうだいぶ落ち着いたのか、昼食を取った後に仕事を説明すると言って、二人を休憩室に連れて行った。休憩室にはテーブルと流し、更衣用のブースが一つあり、壁際に置かれた棚には電子レンジやポットが置いてあった。真也と花奈は言葉少なにコンビニ弁当を咀嚼した後、渡されていた制服に着替えることになった。
「私、接客業は初めてだから緊張するな」
先に着替え終わった花奈は、胸の高さまであるプラチナブロンドの髪を纏め上げながら言った。
「この髪と目だと、接客業の面接受けようって気にならないんだよね。いつもは清掃業とか、地味な仕事ばっかりしてるの」
「他の人達はどういう所で働いてるんだ?」
「美空がファミレス、夏樹がファストフード店、覚が本屋だよ」
「へえ」
「よし、できた」
花奈は髪をきっちりとシニヨンにした。露わになった、日焼けを知らなさそうな白いうなじに真也がドギマギしたのは、墓場まで持っていきたい秘密だった。
「・・・・・・それって、生まれつきなのか」
「うん、アルビノって奴。色素を作る機能がないんだって」
「そっか」
上手い返答が思い付かず、真也はそっと視線を逸らした。
店に戻ると、店長から白紙の名札用プレートを貰った。本来ならばきちんと印刷されるだろう場所に、サインペンで名前を書き込んでいく。
「そうだ、自己紹介してなかったね。私、琴寄花奈」
「・・・・・・鷲尾真也、です」
与えられた仕事は、商品管理や清掃だった。指示を受けながら、二人で黙々とこなしていく。元々手が回っていない場所もあったのか、一通りの作業を終えると、すでに夕方になっていた。
「お疲れさん」
店長から労いの言葉と共に、十個くらいの色々なパンが入った箱を差し出された。
「昨日が賞味期限だが、まだ食べられるから、持って行きたければいいぞ。内緒だからな」
「ありがとうございます。全部もらってもいいですか」
花奈は躊躇うことなく、笑顔で箱ごと受け取った。食べ盛りの男が多いからか、食費に余裕がないのだろうか、と真也は思った。
休憩所に戻ると、今度は真也が先に更衣室を使った。元の服に着替えてドアを開けると、花奈はテーブルでスマホを弄っていた。
「連絡来てるのか?」
「うん、私今日バイト無かったから食事当番だったんだよね。でも夏樹が、『慣れないことして疲れてるだろうから替わる』って」
「・・・・・・一緒に住んでるのか?」
「そうだよ。・・・・・・真也君、もし良かったら、うちに夕ご飯食べに来る?」
遠慮してくる花奈をなんとか説き伏せて、真也はパンの入った段ボール箱を抱えた。二人で夕方の住宅街を歩いて行く。もう夕食の準備をしている家もあるのか、肉を焼く匂いがわずかにした。
「もしかして花奈も、ギフテッドなのか?」
「四人ともそう」
「・・・・・・」
今日は、返す言葉が見つからないことが多い。
ギフテッドとは、“大落星”の後、五歳を中心とした子供に確認された、物理法則を覆す超能力者だ。彼らによる事故は一時世間を騒がせていたが、最近はテレビで時々特集が組まれるくらいだ。真也も今までギフテッドの能力を実際に見たことはなかった。
「ねえ、真也君」
隣を歩く花奈の、顔半分は見えない。
「私達って特別なの? それって良いこと?」
着いたのは、やや古そうなアパートだった。花奈が先に立って鍵を開ける。
「ただいま」
「おかえりー。もうすぐ夕飯出来るから、着替えてきなよ」
ひょこりと顔を出したのは、昼に見た、翼を出す少女だった。
間取りは3DKで、並んだ二つの部屋のドアに【美空・花奈】【夏樹・覚】とネームプレートが掛かっている。
花奈が制服を着替えに部屋に入ってしまうと、少女は真也をダイニングテーブルに招いた。
「あたしは早乙女美空っていうの。<さおとめ>じゃないからね。で、台所でフライパン持ってるのが犬塚夏樹、眼鏡掛けてるのが丑久保覚」
美空は指差しながら、ざっくりと名前を紹介した。
「あ、あと椅子を持って来ないと」
それだけ言って、美空はネームプレートの付いていない部屋に入っていった。
「出来たよ!」
夏樹が炒飯の入った皿を持ちながら、リビングにやってきた。カニカマと卵とレタスが入った炒飯だ。続いて覚がスープを持ってくる。
「人数増えたから炒飯にしたんだ」
「あー、気を使わせたなら悪い・・・・・・」
夏樹はにっこりと笑った。
「別に? それに俺、やってみたかったんだ。知らない人を家に呼んで、一緒にご飯を食べるって奴」
「で、あんたはギフテッドについてどれぐらい知ってるの?」
美空は炒飯を食べながら、唐突に切り出した。
「・・・・・・子供の時に不思議な力に目覚めた、ぐらいにしか」
「美空、あんまりその話は」
花奈が割って入る。
「知ってて損なことはないでしょ。でね、不思議な力っていっても、危険度で五段階に分けられてるの。
ランクEはたいしたことない能力、
ランクDは人に影響を与えうる能力、
ランクCは人に危害を加えうる能力、
ランクBは人を殺しうる能力、
そして公然の秘密だけど、ランクAは能力で人を殺したことがある奴よ」
ひく、と真也は息を飲んだ。
「でも、ランクBがランクAになった話は聞かないのよね。それでこれは噂なんだけど、ランクBが人を殺すと、施設の職員に殺され」
「美空!!」
花奈が大声で叫んで、台詞を中断させた。
「ごめんね、真也君。私達って配属とか結構動かされてるから、人の出入りが激しいの。いつの間にか知ってる子がいなくなったりするから、そういう噂が立つだけ。怖がらなくていいよ」
「それに、あたし達の知ってるランクAっていうのは悪人じゃなくて、人に触ったらうっかりジンジャーマンクッキーにして戻せなかったとか、そういうのよ」
「・・・・・・」
人がクッキーになるのは、全くもって普通じゃないだろう。真也の背筋に残った、ひんやりとした感覚は、しばらく消えそうになかった。
食事の後、美空がルーズリーフを持って来た。
「使えるものはなんでも使う主義だから。あんたにもがっつり手伝ってもらうからね」
そう言って、さらさらと紙面に線を書き出す。
「名前なんだっけ」
「鷲尾真也」
「鷲って、鳥の鷲? なんでそんな画数の多い漢字使おうと思ったの?」
「俺に訊くなよ!」
「まあ、下の名前でいいよね。あたし達もそっちのが慣れてるし」
美空は名前を書き込んで、表を完成させた。
7月8日 花奈・真也
7月9日 美空・真也
7月10日 覚・夏樹
7月11日 夏樹・花奈
7月12日 覚・美空
7月13日 美空・花奈
「これで全員の予定が合う筈だけど」
ぐるりと一同を見回して、美空は頷いた。
「面倒な話はこれぐらいにしときましょ。後は臨機応変に。・・・・・・それに今日は、待ちに待った大イベントがあるからね」
それに応えて、夏樹が戸棚から何かを取り出す。
「さあ、花火よ!」
「・・・・・・へ?」
スーパーマーケットでも売っている、ぺらぺらな袋に入った花火を見て、真也はぽかんとした。
話を聞けば、彼らはほとんど花火をしたことが無く、定期テストが終わったら是非やろうと計画していたそうだ。このご時世にそんな人がいるのか・・・・・・と真也は思った。
「小さい頃のことってあんまり覚えてないものね。えっと、必要な物は、水の入ったバケツと、蝋燭に着火するもの、あと・・・・・・」
美空が袋の裏面を読み込んでいる。
「着火するものって何? コンロで点ければいいの?」
「ちょっと待て。この家、マッチとかライターはないのか?」
「そういえば、ないね」
駄目だこいつら。真也は覚悟を決めた。
「俺が、教えるから」
真也は、花火のやり方について話し始めた。
「蝋燭を立てる台と、風除けを作った方がいい。蝋燭の下を炙って柔らかくすると、台に立ちやすくなる」
真也の指示の下、四人が動き出すと、すぐに準備が終わった。蝋燭は夏樹の能力で点火することになった。
五人で近くの公園に向かう。立て札にある花火に関する事項を確認して、夏樹は蝋燭に火を点けた。
「ひらひらした紙が付いてる奴は、これを千切って――」
真也がお手本に一本始めると、歓声が上がった。
「凄い凄い!」
「結構、煙出るんだ」
「音も大きいわね」
「・・・・・・」
感想はバラバラだったが、皆花火に釘付けだった。
真也が燃え尽きた花火をバケツに入れると、四人もそれぞれ花火に火を付けた。
「これ、緑色だね。みんな色が違うの? どうして?」
「・・・・・・金属の炎色反応を使ってるとか、なんとか」
「ああ、ナトリウムは黄色、って奴だね」
「カリウムが紫ー」
「ストロンチウムが紅」
「え、なんでしりとりみたいに続けてるの」
「夏樹アウトー」
くすくすと残りの三人が笑っている。
花火のやり方は知らないのに、炎色反応は知っているギャップが、どうにも不思議だ。訝しんだ真也を見て、花奈が説明を始めた。
「私達ギフテッドは、小さい頃に家族から離されて施設に入れられたんだよ。だから、一般家庭でやるようなことは覚えてないか、あまりやったことないの。でも、中学校までの勉強は施設で出来たから、義務教育は終わってるの。今私達は高校受かったから、外で暮らしてるけど」
「ああ、成程」
納得した真也は花火レクチャーを続け、最後はお決まりの線香花火で締めくくった。
アパートに戻り、花火の始末が終わった頃には、夜もだいぶ更けていた。
「連絡先、聞いていい?」
美空がスマホを取り出した。
「いや、俺、ケータイ持ってない」
「そうなの。変わってるわね」
「何か訳があるの?」
花奈が会話に加わって来る。今となっては使わないから親に解約されたのだけれど、もう一つ思う所がある。
「・・・・・・繋がってないといけない感じが、嫌なんだ」
七月七日水曜日、曇り。その日真也は、新しい世界に出会った。
◆
「今日、委員会だから行ってくるね」
昼休みを告げるチャイムと共に、花奈が席を立って足取り軽く駆けていくのを、同じクラスの三人は見送った。
「・・・・・・どう思う?」
最初に切り出したのは覚だった。
「どうもこうも、別にいいんじゃないの?」
「見た目は普通だし、覗いた限りでは問題なさそうだったけど、だからってあいつがこれからも安全とは限らない」
「よしなよ、二人とも」
覚と美空の間の空気が剣呑になり、夏樹が割って入る。この三人だと、緩衝材になれるのは彼しかいなかった。
美空が言い放つ。
「花奈が能力者じゃない誰かを気に入るなんて、初めて見たもの。あたし達はこれから、普通の人間の中で生きてかなきゃいけないんだから、そういう人と仲良くなるのは間違ってないでしょ」
ギフテッドとして隔離されて過ごした時間は短くない。このクラスの中で、周りの生徒に馴染めず浮いているのは、四人とも自覚していた。