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星結び  作者: 神崎 司
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星に願いを

 二作目です。恋愛成分多め。

 昔書いた夏の話なんですが、お蔵入りさせるのも惜しく・・・・・・。

 知り合いに自分の小説読ませられる人ってすごいですね。自分だったら恥ずかし過ぎます。


 その日少女は、母親と一緒に夜道を歩いていた。夜は好きだ。見たくないもの、見せたくないものを覆い隠してくれる。ふと空を見上げた彼女は、“それ”に気付いた。

「お母さん、緑のお星様だよ!」

 少女が指差した先の夜空には、一際輝く緑色の星があった。

「でも、あのお星様、段々大きくなるね・・・・・・?」



 二〇××年七月七日夜、日本上空に、地球上の天文台がどこも予測できなかった、緑色に光る流星が、多くの人々に目撃された。非常に大型であり、燃え尽きずに隕石となって落下した可能性が考えられたが、その地点は結局分からなかった。人々はそれを、少しの不思議さを伴って“大落星(だいらくせい)”と呼んだ。





 平凡な人生に、どれだけの意味があるだろう。

 鷲尾真也(わしお しんや)は、自室のベッドに寝そべったまま、携帯型ゲーム機を弄っていた。画面の中では、デフォルメされたキャラがフィールドを駆け巡っている。

 部屋の壁に備え付けられた本棚には、直木賞だか芥川賞だかを取ったようなベストセラー本が多く入っている。好きな作家はいないが、インターネットが苦手な彼にとって、本は数少ない娯楽だった。


 閉じられたドアの向こうから、母親が声を掛けてきた。

「真也、おじさんが亡くなったから、母さん達葬儀に行ってくるね」

 彼女が言っているのは、数日前から具合が悪かった遠方の親戚だ。

「・・・・・・一緒に行く?」

 返事の代わりに、ティッシュ箱をドアに投げつけた。だん、と鈍い音がする。行かないという意思表示だ。分かりやすい反抗期みたいで、胸が微かに傷んだが、声を出すのも億劫だった。

「分かったわ。数日は帰って来れないから、ご飯は適当に食べてちょうだい」

 ドアの外の気配が遠ざかっていった。


 ふとした瞬間に、フラッシュバックのように何度も思い出すのは、一年半前の冬のことだ。亡くなった白鳥雪絵(しらとり ゆきえ)というクラスメイトの葬儀に、クラスの全員が制服を着て出席していた。真也も見よう見まねで焼香した。棺の蓋は閉まっていた。

 葬儀場の外に出ると、みぞれ混じりの雪が降り始めていた。参列したクラスメイト達の数人はすすり泣いていた。自分にとっては喧しくて鬱陶しい人物だったのだが、他の生徒には多少の人望があったらしい。羨ましいことだ。

「はは、は」

 乾いた嗤いがせり上がってくる。真也は、自分の平凡な容姿と、取り柄のなさが心底嫌いだった。この、将来に希望の持てない狭苦しい社会で、何が出来るというのだ。

 結局人間は皆死ぬんだ。彼女は若い内に死んで、“特別”になった。


 真也がゲームを終えたのは、正午を過ぎた頃だった。リビングに入ると、誰もいない。空腹を自覚して冷蔵庫を開けると、中には僅かな野菜が入っているだけだった。

「これで一体どうしろと」

 独り呟いて、コンビニに弁当を買いに行くことに決めた。葬式に備えて食料を買い溜めしておくなどできるわけがないし、母親はレトルト食品などを好まないから、仕方ないことだった。

 部屋着として来ていた黒いTシャツの上にカーキ色のジャケットを羽織って、真也は屋外へと踏み出した。


 曇りの所為もあるのか、湿度の高い空気を吸い込みながら、俯いて歩く。まだ七月なのに、随分と暑い。ようやく辿り着いたコンビニは、家からは少し遠いが、知り合いに会わないのが気楽だった。少し涼むために、雑誌売り場で目に付いた漫画雑誌を取り上げる。ぱらぱらとページを捲っていると、自動ドアが開いて四人組の男女が入って来た。びくり、と肩が跳ね上がる。入って来た人物を横目で確認してから、真也は安堵の息を吐き出した。

 男子は白いワイシャツにブルーグレーのスラックス、女子はブルーグレーのセーラー服を着ていた。それぞれ臙脂(えんじ)色のネクタイとリボンをしている。あれは確か、西高(にしこう)の制服だった。

 四人は真也を気にも留めず、店の奥へと進んでいく。

美空(みそら)、英語の長文で、最後の選択肢何にした?」

「4にした。3が引っ掛けよね」

「美空が言うなら、やっぱりそうだろうね」

「私これにしよ!」

「じゃあ俺はこっち」

 西高は定期試験中らしかった。道理で平日の昼にコンビニに来るわけだと、真也は納得した。

 四人は会計を済ませた後、会話しながら店を出て行った。揃ってアイスを買ったようだった。俺もそろそろ帰ろう、と真也は弁当の棚を品定めし始めた。



 コンビニを出た後、駐車場で彼に出会ったのは全くの偶然だった。

「よお、お前ら、制服なんて着て何やってんの?」

 彼らにとって旧知の仲の少年が、炎天下に立っていた。

「そっちこそ、制服も着ないで何やってるの?」

 眼鏡の少年が言い返す。棘のある返事に、タンクトップのシャツを着た長髪の少年は片眉を上げた。

(さとる)、ちょっと下がって」

 黒い短髪の少年が、二人を仲裁するように前に出る。

夏樹(なつき)も相変わらずだなぁ」

 肩ほどの長さに雑に伸びた髪を、後ろで一括りにした少年は笑った。その足元の影がぐにゃりと曲がり、立ち上がる。

「ちょっと遊んでやろうか!」

 影が伸びて槍のように尖り、四人へと勢いよく迫った。



 真也がコンビニのドアを出ようとすると、猛烈な熱風が吹き込んできた。夏というより、もはや火事の如き温度だ。近くのアスファルトが熱を持ち、膨張して微かに波打っている。

「なんだ!?」

 レジ打ちの老人も異変に気付き、慌てて駆け出してきた。

 コンビニの駐車場で、先程の四人と、見知らぬ少年が対峙していた。その周囲に直径30cm程の炎の輪がいくつも舞い、地面から伸び上がった黒い影と睨み合うように動いている。

「・・・・・・」

 炎の輪が一斉に長髪の少年の周りを取り囲み、互いに癒合し、大きな輪を形成する。

「お前の能力は、輪っかにするだけだろ。これでどうするんだ?」

 少年は嘲笑する。

「逃げられなければいいのよ」

 台詞と共に、焦げ茶色の長い髪の少女が、空から降ってきた。重力を利用して、華麗に脚蹴りを決める。

「夏樹ー、もう能力解いていいよー」

 少年と少女を取り囲んでいた炎の輪が消失した。焼け焦げたアスファルトに降り立った少女の背には、機械のような構造の一対の突起が生えており、そこから鳥の羽のように純白の板が何枚も伸びていた。

「熱い!」

 最も熱せられたアスファルトの上で、少女は跳ねた。靴を履いてすら地面に触れるのが嫌になったのか、そのまま羽を動かして飛び、少し離れた所にいた三人の下に戻ってきた。頭に蹴りが直撃した少年は、地面に倒れ伏していた。

 その光景を、真也は驚愕と共に見ていた。同時に、確信があった。彼らこそ、“大落星”の後に出現されたとされる能力者達――ギフテッドなのだと。

「こりゃ、通報せんとな」

 真也の隣にいたコンビニ店員も、事態を把握したようだった。

「おいお前ら、こっちに来い!」

 老人が叫ぶと、四人は素直に走り寄ってきた。 


 通報を受けて駆け付けたGPI(Gifted Probation Institution)の職員は、気の弱そうな四十代くらいの男性だった。四人からざっと話を聞くと、彼はコンビニ店員と話し始めた。

「ギフテッドの管理は、お宅らの管轄なんだろ?」

「ええ、はい、その通りでして・・・・・・」

 クーラーの効いた店内で、職員はコンビニ店員にぺこぺこと頭を下げた。その後ろには先程の四人組と、意識を取り戻した少年、そして職員が連れてきた別の少女が、ブスッとした表情で立っていた。

「店の前のアスファルト、どうしてくれるんだ。変形しちまって、あれじゃ舗装し直しだ。店長として言わせてもらうけどよ、費用払ってくれんのか」

「ええと・・・・・・予算が残っていれば可能です」

「てめぇ、舐めたこと言ってんじゃねぇ! 弁償しろ!」

「今は都合が付かないかもしれませんが、ちゃんとお支払いします」

 店長が一方的に捲し立てていたが、職員も煽るような物言いをしなければいいのに、と真也は思わないでもなかった。

「・・・・・・じゃあ、こうしよう。そいつらを一週間、罰として俺の店で働かせる。給料は出さない」

「今回の騒動の原因となった一人については、規定上引き取って処分を受けさせたいので、それ以外の四人なら・・・・・・」

 後ろにいた四人の顔が引き攣る。

「よし、交渉成立だ。俺ももう、ワンオペは疲れた」

 店長と職員は幾つかの事項を確認すると、連絡先を取り交わした。


「ほら、早く来い」

 職員がタンクトップの少年の腕を引っ張り、店の外へと歩いて行く。アスファルトの上に倒れた所為で、皮膚がやや赤くなっていた。その後を、職員と共に今来たばかりの少女が追った。腰まである長い髪の毛先がツンツンと跳ねていて、少し吊り目なのが印象的だった。

「お気の毒さま」

 四人にそう言い残して、彼女もドアの向こうに消えていった。


 残された四人の少年少女は、最早憤懣(ふんまん)やるかたないという表情をしていた。 

「おうお前ら、働く時間は授業後にしてやったんだ。とっととシフト決めろ。一日二人でいい」

 店長が呼び掛けると、彼らは顔を見合わせた。

 そこまできて真也は、自分が全くの部外者であることに気付いた。まだ弁当も持ったままだ。そそくさと退散しようとすると、意外なことに、後ろから服を掴まれた。

 振り返ると、一人の少女がいた。真也は初めて、彼女の顔をちゃんと見た。先程から彼女の髪の色にも気付いていたが、何となく意識の外から締め出していた。

「お兄さん、私達を助けてくれない・・・・・・?」

 胸まで伸びた、プラチナブロンドの緩くウェーブした髪に、同じ色の睫毛が揺れる。瞳は、紫がかった赤色だ。けれど、白色人種ではなく、アジア系の顔立ちだ。

 可愛い、と叫びそうになって、真也は寸前で食い止めた。つぶらな瞳と、愛らしい唇。一言で言うと、どストライクだった。

「私達、他にもバイトしてて、一週間こっちに来るの難しそうなの。だから、あなたにも手伝ってもらえないかなって」

花奈(かな)!」

 眼鏡の少年が咎めるように叫ぶ。

「・・・・・・いい、けど・・・・・・」

 茹だった頭はまともに思考できず、口から零れ出たのは了承の言葉だった。


 不意に、眼鏡の少年が、真也の肩を掴んだ。

「・・・・・・ちょっと待って」

 その両目が金色に光った。瞳が何かを読むように細かく動く。

「・・・・・・はあ、まあ、しょうがないか」

 少年は肩から手を放した。やれやれ、と首を振る。彼も何かしらの能力があるんだろうか、と真也は思った。



 これは俺が体験した、ある夏の話だ。

 あまりに非現実的で、でもひたむきで。

 その願いの行き付く先では、俺達はもう子供じゃいられない。



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