第二十八話 在りし日の―― リティ父side
Side リヴィオ・ファルメール公爵 (リティシア父)
リヴィオはこの世界へ誕生した時から恵まれていた。
王族として生まれた事に対しては、複雑な思いはあるにしても、恵まれているという事に間違いはない。
平民のようにその日生活していくのに困る事もないし、贅沢で豊かな生活を送れている事に否やはない。
だが、その豊かさの分、その地位には重たい責任が付き纏う。
王族としての責務を全うする為、高難度の教育と振る舞いをほんの幼子の時から叩き込まれ、護衛や使用人が幾人も付き、全てを管理された生活は酷く息苦しい。
兄は王族としての生活は性に合っているのか、たまに悪い顔をして兄に擦り寄る貴族達の周囲を探り目ぼしい悪事を見つけては罠に嵌めている。
それがとても楽しいのか活き活きとしているのだから、本当に性に合っているのだろう。
兄は幼い時から決められた婚約者がいて、既に決められた既定路線を外す事は許されない人生だ。
弟である自分に婚約者が居ないのは、兄のおかげである。
兄に「貴族令嬢と婚約したくない。政略結婚をするのが義務と分かっているけれど、したくない」と、ある時、本音を愚痴ってしまった為に、兄が「まだ早い」と止めてくれているのを知っていた。
まだ早いと言われるどころか、王族としては遅い方だ。
兄が手を回してくれなければ、無理矢理にでも結ばれそうな縁組はいくつもあった。優秀な兄が上手い具合に差配してくれて、今、呼吸が出来ている。
『羨ましいと思うなら、相手の境遇すべてを受け入れる覚悟を持って羨ましがれ。
表面上だけの気楽さだけを見て、羨ましいというのは本質を分かっていないものが語る戯言でしかない。』
兄に言われた言葉だ。
その言葉でぬるま湯のような心持ちで過ごしていた自分は冷や水を浴びたのだった。
そこから、今の妻である他国の王女に熱烈に恋をして。
今まで重く感じていた王族の身分が無ければ、この美しい愛しい相手を得るチャンスすらなかったのだと気付いて。
目立つ功績もない、ただの第二王子では得られない相手だと思い知らされた時、
血の滲むような努力をして功績を積んだのだ。
我が国の外交はリヴィオ王子が居れば向こう数十年先も滞りなく安泰だと言われるまでになった。
その間も熱烈な求愛を続け、やっとその美しい心を手に入れる事が出来たのだった。
第一王子が産まれたのを機に、臣下に下り公爵位を賜った。
ファルメール公爵と名乗り、愛しい妻を迎え、やがて天使が産まれた。
順風満帆、世界は幸福の色をしている。
それは、これから先もずっと――――
と思っていたのだが。
私の天使は娘である。
天使はとてつもない愛らしさで周囲を魅了してやまない。
私には甥が三人も居て、そのうちの一人が今日我が家に来た。
珍しい事もあるのだなと受け入れたが、馬車から降り立った甥は天使の傍へと足早に近づきあろう事か手の甲に接吻をしたのだ。
兄の「君のとこの天使、うちにくれる気はないか。」の発言が脳裏に浮かぶ。
とんでもない話だった。
天使はずっと私の元で大切に育て愛でるつもりなのだから。
苛立つ私にあの時の話は有耶無耶になったし、兄の表情はいつも私をからかう時のソレだった。
―――が、もしかして本気だったのか?
引き摺るようにして天使から引き離した我が甥を見下ろす。
そして、兄の私室でのシアを甘やかしていた態度。
幼い子供たちの可愛いおままごとのようだと思って微笑んで見守っていたが、
そういえば、第一王子であるこの甥は十歳ではなかったか。
シアとは三歳差、婚約者としておかしい年齢差ではない。
「リーンハルト」
甥をスンっとした無の表情で見下ろすリヴィオ。
「はい?」
引き摺られるように移動しているが、その速度は結構早足である。
それについて行きながらも息ひとつ上がっていないのは、王子としてそれなりに鍛錬をかかさず行っているからだ。
名を呼ばれ叔父を見上げたリーンハルト。
その叔父の無の顔を見て、また苦笑した。
「叔父上の天使を貰い受ける打診に来た訳ではないですよ。今回は」
「そうか。では、何の用で来た。」
「気まぐれ…って言ったら怒りますか?
ああ、嘘ですよ怒らないで下さい。
今…ですね、王城には私と年齢の近い令嬢達が、父親を伴って連日訪れているんです。それはもう驚く人数ですよ…色とりどりに着飾ってわらわらといるんですからね。自分こそがと自信に満ちた令嬢達には躊躇いがない。
少し休憩にと庭園でも歩けば、私の都合など関係なく囲まれて一歩も動けない程に密着してくるんです。
まだデビュタントをしてもいない年齢の子が、成人を迎えた令嬢のような化粧とキツイ香水を身に纏って…。
そういうものに私が魅力を感じると信じて。
吐き気を堪えてるとも知らないで。
私も王族として、次期皇太子として、婚約者をそろそろ決めないといけない年齢なのだと、分かってるのですけど…」
もごもごと口ごもるリーンハルトに、在りし日の自分を見たリヴィオ。
婚約者を持つことが嫌で兄に助けて貰った事がある。
義務と責任は分かっているが、心が拒否しているのだ。
分かっているのに苦しい。
その感情を良くしるリヴィオは甥の気持ちがよく分かった。
「よし、しばらくは我が公爵家を逃げ場所にしてもいいぞ。」
そうリーンハルトに告げた。
「えっ…!? いいのですか?」
叔父の発言に驚いてしまうのは当然のこと。
先程まで天使を奪う敵認定されつつあったのだ。
訪問理由を述べた途端に手のひらを返すように優しい声で提案されたのだから、
びっくりするのは仕方ない。
「お前が今抱えてる焦燥感は私もかつて感じたから分かっているよ。
兄上ほど割り切れず辛かったのだ。だからよく分かる。
兄上に言えない話は、何でも私に言ってくれていい。
私はお前のたった一人の叔父だからな。」
優しく宥めるように、リヴィオはリーンハルトに語り掛ける。
リーンハルトは、自分の言葉に出来ない苦しさを共感して貰い受け止めて貰った事にたまらなくなり、込み上げた感情を抑えるように唇を噛みしめ俯いた。
それに気付かぬようにしてリヴィオは肩を抱いてない方の手でリーンハルトの頭をくしゃくしゃ撫でた。
「さて、お腹は空いてるか? たくさん用意したのだから、たっぷり食べてくれ」
「……はい」
俯いたまま少し濡れた声でリーンハルトは返事をした。




